銀魂
□恋人は人気タレント
2ページ/3ページ
「十四郎、なんなんだ、この台本!!」
九兵衛はオフィスのテーブルの上に台本を叩き付けた。
「このドラマは恋愛ドラマです。
ラブシーンがあるのは当然でしょう。」
俺は台本を拾って九兵衛に差し出した。
「こんな…ベッドシーンがあるなんて!!
いやだぞ、絶対に僕はやだ!
第一、いつになったらオフがもらえるんだ!
丸々一日オフなんて特撮終わってからは一度もないぞ!
いくら主演じゃないとはいえ、レギュラーでもう3クールもドラマにでてるのに、今度は主演でベッドシーンだと?!
ふざけるのもたいがいにしろよ!」
九兵衛は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「九兵衛落ち着け、これは仕事だ。
社長命令だ。
社長の命令に逆らえないだろう?」
俺がそう告げると、九兵衛の目は潤む。
「僕が、ベッドシーンなんか演じてもお前は平気なんだな。」
俺はその言葉に深いため息を吐く。
「平気なわけねぇだろうが。
でも仕方ねぇだろう。」
「そうか、もういい。」
九兵衛はそういうとそっぽを向く。
そこにオフィスのドアが開いて近藤さんと、その近藤さんがスカウトしてきた、うちの事務所の新人の沖田総悟が入ってきた。
沖田総悟は新人だというのに物怖じしない。
今だって、業界の誰もが喜んでサインをねだる九兵衛を前にしてもフーセンガムを膨らませて
「おはよーっす。」
とか適当な挨拶をしている。
「おはようございます。
近藤くんも、おひさしぶりです。
元気そうだね。
初めまして、沖田くん。
僕が今回のドラマで君の相手役をつとめることになる柳生九兵衛です。」
九兵衛はそう言って沖田総悟に頭を下げた。
九兵衛の方が総悟より先輩だから本来頭を下げるのは総悟の方なのだが、九兵衛は自分より年下でも芸暦が短い相手でも礼節を忘れない。
こういう性格だからこそ九兵衛は芸能界でも上からも下からも好かれているわけだが。
「総悟、何その態度、ちゃんと挨拶をしなさい!
それにしても久しぶりだね、九ちゃん。
すっごい活躍だね。
今回のドラマでは総悟をよろしくね。
総悟、新人だからさ、色々教えてやってね〜。」
ニコニコ笑ってそういう近藤さん。
九兵衛ははいとか答えてる。
「で、九ちゃん、俺たちは平安時代からの運命の恋人役ってわけでさァ。
だから撮影始まるまでに出来るだけ一緒にいてなれておいた方がいいと思うんだよねィ。
今日から俺のことを恋人と思ってくれていいですぜィ。」
新人の総悟は頭を抑えつけて九兵衛に向かって礼をさせようとしてた近藤さんの手を振り払ってあっさりとそう言ってのけた。
俺も近藤さんも驚きのあまり唖然としてしまい、声も出ない。
九兵衛も目を点にしている。
が、すぐに本当におかしそうに笑い始めた。
「面白い人だな、君は!
君みたいな人が相手役なら、面白い仕事になりそうだ。」
そう言って本当に楽しげに笑う九兵衛にほっとしたと同時に俺はやはり気分が沈んでいく。
このドラマは平安時代、九兵衛演じる斎宮を務めた内親王と、総悟演じるその臣下の男が恋に落ちるところから始まる。
斎宮ってのは、一度選ばれると生涯独身か、天皇の後宮にはいるかのどっちかの生き方しか出来なかったらしい。
だから恋をした二人は引き裂かれ、内親王は失意のうちに病に倒れる。
そして彼女がもう長くないと聞いて彼女に会うために寝所にこっそり忍びこんできた臣下の男に
「生まれ変わっても、必ずあなたを愛します。
だからその時は私を見つけてくださいね。」
と言い残して亡くなる。
臣下の男も気落ちしたのかすぐに彼女の後を追うように亡くなり、舞台は現代へ。
九兵衛は現代でも大会社の社長の一人娘、総悟の方は親から継いだ町工場を細々と経営している。
ひょんなことから二人は出会い、恋に落ちる。
が、九兵衛には婚約者がいた…。
そういう、なんていうかある意味王道な生まれ変わりものドラマだ。
まだ最後まで台本が出来てないので今後は分からないが、第一話で平安時代の二人が閨を共にするシーンがある。
あんなに嫌がっていたのに、総悟を気に入ったのかそれ以上は不満を言わなくなった九兵衛を見て俺はため息をついた。
なんなんだ、あんなに嫌がってたくせに。
口にも顔に出さずに心の中でだけ、俺はそう思っていた。