黒子のバスケ

薄羽蜉蝣・陸
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それに対して必死でさつきがもがいていた時、急に自分の上から花宮が消えた。

そして、抱き起こされる。

「健ちゃん……」
目の前にいたのは福井だった。

「大丈夫か?」
福井はさつきにそう聞くと、福井に突き飛ばされて転がったのか、起き上がろうとしている花宮を睨み付けた。

「お前、上様になんてことしてんだ!
大奥総取締がやることとは思えない!
今後、大奥総取締・花宮真は上様との二人きりでの会話を禁じる。
必ず、老中の誰かをつけるからな!」

さつきの紅が乱れているのを見て、そしてさつきの着物が着崩れているのをみて、福井は怒りのままにそう宣言していた。

花宮は大奥総取締とは言え、その権限が及ぶのは大奥内でだけだ。
でも筆頭老中の福井は、大奥にも、表のことにも権限がある。
怒りに震える福井を、花宮はみてふっと笑った。

「お前はいいよな。
だって、さつきの気持ちを独占して、愛様までもうけたじゃねぇか、そんでその娘をオレと大輝に育てさせてるくせに。」

浮かべている笑みはどこか自嘲的で、一瞬だけ福井は詰まる。
今までそう思ったことはなかったけれど、花宮がさつきを男として好きなのだと理解した。

一方、さつきは愛が福井との間に生まれた娘だということを花宮が知っていることに驚く。
「なんで……?」

さつきのつぶやきを拾ったのか、
「愛様が水疱になった時、心配で深夜に部屋に様子を見に行こうとして、二人が話しているのを聞いた。」
と花宮はまた嗤う。

「ああ、そうだよ。
愛はオレの娘だよ。
この世でたった一人しかいない、オレが愛してる女が産んでくれた娘だよ。
その娘をどれだけ自分で育てたかったか、お前に分かるのかよ!!
オレが父親だって、そう言えないオレの気持ちがお前に分かるのかよ!!」

福井が花宮を睨み付けた。
育てさせてるくせに、という言葉を不快に思ったんだなとさつきは思う。

さつきの妊娠を知った時、福井は喜んでくれた。
「側室でいい、奥に入る。」
と言ってくれたのだ。

それを止めたのは今吉だった。

「筆頭老中が側室になって奥入りとか、あほなこと言うたらあかん。
気持ちはわかるけどな、将軍の政務支えるんがお前の役目やろ。
側室は誰でもなれるけど、筆頭老中は誰でもできるもんやないで。
お前にはお前にしかできない方法で、さつきを支えることができるやろ。
それは側室になったらできない事やで。」

その言葉で、福井は奥入りをとどまった。

そして、今吉はさつきと二人だけでも話をしてくれた。

「さつき。
御台様も側室の方々も、みんなお前を愛してるんやで。
将軍としてやない、女としてさつきを愛してるんや。
せやから大奥は平和なんや。
文貴様がなんで奥ですくすくそだっていってるんやと思う?
みんなお前を愛してるから、お前の子供を大事にできるからや。
昔は奥で側室同士の争いで子供が命を落とすなんて、よくあることやった。
今の代でそれがないのは、みんながお前を愛してるからや。
三代将軍の時や、四代将軍の時でさえ、長幼の序を初代将軍が掲げたにもかかわらず、跡目争いは起こったんやで。
それで、さつきのお父上、先々代の将軍様は、朝廷より正室を迎えるようにという当時の大奥総取締の意見を聞かず、自分の惚れてた女性、お前のお母上を御台として迎え、側室を取らんかった。
むつきも、側室を取る気はなかったんや。
桃井家は代々、京の公家のおひいさんを正室として迎えなあかんが、お子はなしてはならん。
そうなると必然的に側室とらなあかんやろ。
せやから、むつきも正室を公家から迎える気はなかったんや。
あいつは国をよくすることで手一杯で惚れた女いうのはおらへんかったから、正室を公家のおひいさん以外のどこから迎えるか、一緒に考えとった時にあんなことになってもうて……
けどな、跡目争いいうんはそんなに気ぃを使わんとあかんのや、幼い子の命が簡単に奪われてまうからな。
しかし、今、奥ではみんなが文貴様を跡取りや思うとるし、それに異をとなえるもんもない。
やけど、表では黄瀬家がさつきが身ごもった時、生まれた子が男子ならその子を次の将軍にしようと動いてたやろ。
せやから、四人とも御台様の養子にしたんやろ。
お子様の父や母が違うと、そういう争いはどうしたって起こるもんや。
それが今代で起こらへんのは、四人とも御台様の養子になったからやない。
それは表の世界へのアピールでしかないんや。
みんながお前を愛してるから、大奥では争いが起こらないんや。
それが、筆頭老中が側室になって奥入りでもしてみ。
あいつはさつきと相思相愛や、ってみんなが思って今の均衡は崩れるで。
そもそも、御台様の奥入りは御台様を守るっていう事情があってのものやし、他の側室はみんな、お前を愛してここにきたんや。
お前に愛されてなくても、お前のために自分の人生を桃井家に捧げてるんやで。
そんな側室のため、せめてお前は他の男を愛してるなんてことを奥の人らに悟らせたらあかん。」

だから諦めたのだ、福井の奥入りを。
そして、愛の父親が福井であるということを公にすることはやめ、今吉の子ということにした。

確かに今吉の言う通り、福井のことを悟らせないことが自分のために大奥に入ってくれた側室達、そして子供ができないと分っていて肩身が狭いだろうに御台所として大奥で子供達のために色々してくれる青峰に対する思いやりだと思う。

それでも、福井への気持ちは消えない。
そして、福井も同じだと思う、だから花宮の言葉を不快に感じたのだろう。

「じゃあ聞くけどな!
好きな女を、他の男に抱かせなきゃいけないオレの気持ちがお前に分るのかよ!」

福井に花宮が怒鳴り返す。

「分るに決まってるだろ!
文貴様や藤也様、藤乃様が誰の子供だと思ってんだ!!
さつきとお前が選んできた側室の間にできたお子様だろうが!」

それに福井がさらに怒鳴り返す。

「ちょっと、二人とも落ち着いて!
誰か来たら困るから!」

二人の怒鳴り合いをさつきは慌てて止めた。
さつきの言葉に二人は黙る。

「将軍職を文貴に譲ったって、もう好きなように生きていける訳じゃないんだよ、私。
まこちゃんを好きになることはないけど、健介さんと生きていける訳でもないんだよ。
将軍になった時に、そういうの全部、諦めなきゃいけなかったんだよ。」

さつきはうつむいてため息をついた。
重いため息だった。

しばらくののち、顔を上げたさつきはもう、将軍の顔をしていた。

「花宮、愛の父親の事は黙っているように。
福井、今後、そなたが愛の父親であることは他言無用。
ふたりとも守れないようなら役目を解く。
心する様に。
余は国と結婚した。
余が愛し、大事にすべきはこの国と、この国の民である。」

公の場でしかしない一人称で自分を呼んださつきの決意を感じて、花宮も福井も黙るしかなくなった。

「福井、なにゆえ大奥へ?」

黙り込んだ福井にさつきが聞く。

「文貴様へ、来週よりの政務見習いのための指南に参りました。
それが終わりました時に、上様が花宮様のお部屋へいると聞きまして、ご挨拶に参りました。」

「合い分かった。
花宮、子供達の件、よろしく頼む。
中奥へ戻る。
花宮も福井も、少し頭を冷やせ。」

将軍になってから何年も経ったことで身についた、威厳のある顔と態度でさつきはそう言い、二人を一瞥すると懐紙で口元を拭い、着物をさっとなおし、花宮の部屋を出て行った。

「「昔はあんな顔をすることなかったのに。」」
ふっと口から出た言葉は、二人とも同じで。
二人はしばらくの間、にらみ合っていたけれど、やがて顔を緩めた。

「子供産んでもらっても、どんなに愛してても、さつきはオレのものにはならねーんだ。
遠いんだよ、あいつは。」

「それでも、お前は愛されてるだろうが。」

「お前、愛してても愛されてても、なんにもできない状態がどんだけ苦しいか、想像もできねぇわけ?」

「愛されてるだけでいいじゃねぇか。
オレが何年、さつきに片恋してきたと思ってんだよ。」

「知るか。
それでもお前は、さつきが何より大事にしてる子供たちを四人も任されてるじゃねーか。」

「結局さつきは、オレたちの誰のことも、一緒に生きてく相手には選ばねーんだな。」

花宮の言葉に福井は唇をかみしめて頷いた。

どんなに愛してても、愛されても、一緒には生きていけない。
そのことが、切なかった。

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