黒子のバスケ

薄羽蜉蝣・伍
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「愛様、まりを舐めてはなりません。」
花宮は小さなまりを抱え、口に入れようとしてる将軍家の第4子、愛に笑顔で手を伸ばす。

2歳になった愛は、なにもかもがさつきにそっくりだ。
髪色も、見た目も、瞳の色も。

緑間の髪色と瞳の色で口元と鼻の形がさつきに似た文貴、目元はさつき似だが髪色も瞳の色も鼻も口元も黄瀬似の藤也と藤乃と違い、愛はさつきのミニチュアみたいで今吉の存在など1ミリも感じられない。
出生の経緯が経緯だけに生まれた当初は大奥の人々もどう接していいか戸惑っていたが、さつきそっくりな愛にみんなすぐに他の子どもたちと同様、愛情を注ぐようになった。

ただ、表向きは緑間の第二子ということになっているが、実際は違うため、誰が養育するかという話になった時、青峰とその部屋子が養育することになった。
しかし、青峰は御台所だが大奥に入った経緯と妊娠能力がないこともあり、部屋子は他の側室たちより人数が1人少なく、諏佐佳典、若松孝介、桜井良の3人しかいないため、花宮も養育に加わることになった。
それで今も花宮が愛と遊んでいた。

「なんか意外だな、長い付き合いだけどお前がそんな子供好きとは思わなかったわ。」
その姿をみていた青峰が桜井から布を受け取り、それを花宮に渡す。
「上様のお子様はどの子も大切だからな。
4人、誰一人かけることなく育ててみせる。」
「あー、そういや、そろそろ藤也と藤乃、七五三じゃね?」
「ああ、衣装やなんかはもう準備を始めている。」

花宮は愛からまり受け取りそれを布で拭いてから諏佐に渡すと、愛を膝に乗せて体を揺らす。
するとすぐに愛はうとうとし始めた。

「眠かったんだな。
良、布団敷いてやって。」
「はい。
寝顔が上様そっくりですね。」
愛の寝顔を見て桜井は笑顔で布団を敷き始めた。
それを諏佐と若松も手伝う。


「失礼致します。」
そこに声がかかった。
「あ?
なんだ?」
青峰の返事に部屋の外から声をかけて来た人が入ってきた。
筆頭老中・福井健介の使いだ。
1ヶ月に10日は来るから、顔を覚えてしまった。

「御台様、花宮様におかれましてはご健勝そうで何よりでございます。
こちら、筆頭老中の福井様から御台様と花宮様と御台様の部屋子の方々に薄氷の差し入れでございます。
それからこちら、愛様に千代紙と着物でございます。」
入ってきた福井の使いは、掲げていたふたつの箱を青峰の前に置く。
ひとつの箱にはお菓子の薄氷が入っていた。
もうひとつの箱には、二人静の地色に南天と小鳥の絵羽模様の着物と美しい千代紙がたくさん入っていた。
すぐ着られなくなる子供の着物に絵羽模様のものを贈ってくるというのが、福井の愛への気持ちを感じる。

「ありがとう存じます。
いつも愛様へのお心遣い、感謝しております。」
花宮がそれを受け取ると、福井の使いは退室した。

福井は文貴のことも、藤也のことも藤乃のことも可愛がっている。
やはり色々と贈り物をしているが、愛への贈り物の頻度は高すぎるような気がする。
まぁ愛だけは側室たちの子ではなく、中奥の今吉の子なので気を使うのは仕方ないのかもしれないが、それにしても多すぎないか?
本当の父である今吉より頻度が多いくらいだ。
花宮は最近、そこが気にかかるようになった。

その時だった。
「あれ、今日はふーくんもふっくんもふっちゃんもいないの?」
顔を出したのはさつきだった。
「上様!」
青峰の部屋子3人が慌てて頭を下げる。
それに続いて青峰と花宮も頭を下げるが、
「いーよ、そんな、顔上げてー。
政務終わってないからそんな時間ないから、ここに来ればみんないるかなと思って来たんだけど愛ちゃんしかいないんだね。
愛ちゃんも、寝てるし。」
さつきは笑顔で愛の寝てる布団のそばに座り込む。

「文貴と藤也と藤乃は3人1緒に習字の手習いとか言ってたな。」
青峰がさつきの隣に座る。
「そっか、3歳になったら色々手習い始めるもんね…
愛ちゃんもすぐ、お兄ちゃんたちと仲良く手習い出来るよー」
さつきは笑顔で愛に話しかける。

「そうだな。
それにしても、愛はさつきにそっくりだな。
さつきのガキん頃みてー。」
青峰は愛の頬に触れようとして、愛が寝てるせいか、さつきの頬に触れた。
「大ちゃんがそう言うならそうなのかなー?
どう思う、まこちゃん?」
さつきが青峰の頬をつつき返しながら花宮に聞く。
「そっくりだよ、さつきに。」

幼なじみだった3人のやり取りを若松達は見ていた。
若松、諏佐、桜井はもともと青峰家に仕えていた。
だから花宮と上様と青峰が幼なじみなことも、青峰の父の自害も、青峰の奥入りも、さつきが青峰を親愛以上の情では見られないことも知っている。

夜の大奥への上様のお渡りは今までと変わらないが、もうすでに4人の子に恵まれたから…と青峰とも側室たちとも同衾の回数はものすごく減っている。
部屋に来てもただ寝るだけになっているのだ。
まだ歳若い男性だ、好きな女性が隣で寝てるのに何も出来ないというのは辛いと思うが、迫ってお渡りがなくなる方がもっと辛いから我慢しているのだろう。
少なくとも青峰はそうだ。

「さつきはオレたちの誰のことも愛しちゃいねーんだ。
あいつは国と結婚したんだな。」
と、つい先日、上様と一緒にただ寝ただけの翌朝、青峰が呟いたのを3人は知っている。
青峰がずっとさつきのことを想っているのを知ってるだけに、3人は複雑な気持ちだった。

国と結婚した、青峰はそう言ったが、本来ならさつきが将軍になることなど無かっただろう。
さつきの父は名君と呼ばれるような人だったが、さつきの兄だって生きていればそれを凌ぐ程の名君になっていたと思う。
さつきの兄は他人を思いやる優しい人だった。
父が存命してるころから世継ぎとして、時には父にも進言して政策を打ち出したり、父に変わって視察をしたり、天皇への挨拶に行ったりもしていた。

桃井家の三兄弟はみんな見た目も麗しく、武家の子供たちらしく武芸に秀でていたのに武家の子とは思えないほど立ち振る舞いが優雅だったが、特に兄のむつきは生まれながらに匂い立つ気品のようなものがあって、公家からの人気も高かった。
そして妹のさつきと弟のみつきの幸せをなによりも願っていた。

弟のみつきは兄を支えるためか、幼い頃から勉学に手を抜くことなく、たった15歳だったのに外国の言葉も使いこなせた。
それなのに兄を立て、でしゃばることもなく、兄を支えることを当たり前のものとして受け入れていた。

そんな兄と弟がいたのだ。
まさか自分が国を背負うことになるとは思ってもいなかっただろう。
さつき本人も、周りの人々も。
背負うものが大きすぎる。
それは分かる。
青峰のため、心を砕いていてくれるのも分かる。
生まれた子供全員を青峰の養子にしたのは、子を産めない青峰の大奥での立場を慮ってのことだともわかってる。
それでも青峰が本当に求めてるのはそんなことではない。
ただ、青峰はさつきに愛されたいだけだ。
しかし、さつきの立場が、それを許してくれないのも分かる。
わかるけど、青峰とさつきのやり取りを見てると青峰の気持ちがわかるだけに複雑だ。

「それじゃ、私そろそろ戻るわ。」
愛の頬に優しく触れ、さっきは立ち上がる。

「文貴達には会ってかないのか?」
青峰も立ち上がる。
「手習いの邪魔しちゃ悪いから。」
そう答えたさつきが、着物に目を留めた。

「これは?」
「福井さんから、愛にって。」
「そうなの…」
青峰の答えに目を伏せるさつき。
桜井はなんとなくだけど、上様が筆頭老中である福井健介に想いを寄せていることも感じている。

「しかし、すごいよな。
すぐに着られなくなる子供の着物なのに絵羽模様だぜ。」
「健介さん子供好きだもんね。
ふっちゃんにも藤の花の刺繍が綺麗な着物作ってあげてたよ。
今、その着物がふっちゃんの1番のお気に入りなんだって。
そればっか着たがるって征くんが困ってたなー。」
さつきは笑って
「じゃあ戻るね。」
と足早に部屋を出ていった。


「あー、あの着物、あれも福井さんからの贈り物なのかー。
確かに藤乃、あの着物よく着てるよな、あの人、着物好きなんだな。」
青峰の言葉に桜井は
(福井様が本当に着物を贈りたい相手は、たぶん、上様です。)
と思うが、口には出さない。
一方の花宮の方はそのやり取りを見ながら、何か思案してるような顔をしていた。

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