黒子のバスケ

薄羽蜉蝣・肆
1ページ/4ページ

さつきが黄瀬の子に当たる男子と女子の双子を産んだのは、深夜だった。
「上様が産気づいた」
との知らせを受け、黄瀬と花宮が大奥から中奥に駆けつけた時には子供の産声が響いていた程の、安産だった。

しかし、出産後の上様が
「双子の育児は大変でしょう?
藤也はきーちゃんが、藤乃は征くんが面倒みるようにしてほしい。
それとは別に、これを機に、文貴も含めて、私の3人の子は養育はしなくても、大ちゃん…御台の養子という形をとるから。」
と花宮に告げた。

黄瀬は双子の息子と娘にさつきが花の名前であること、またさつきには五月の意味もあることから、5月に見頃を迎える藤の花からとって、娘には藤乃、息子には藤也と名付けた。
2人の子供は黄瀬と部屋子と共に中奥で養育されると思っていた花宮は、藤乃の方を赤司に育てさせるように、との言葉に
「赤司様は摂家の赤司家の方です。
朝廷が力を持たぬよう、お子も成すことはないようにしているのに、なぜ藤乃様の養育を赤司様におまかせになるのですか?
なにより、お子様全員を御台様の養子にというのはどういうことですか?!」
と言っていた。

「私は、争いを起こすために子供をうんだんじゃないわ。
父親が違うとしても、3人とも私が苦しい思いをしながら産んだ子なの。
その子達を、守りたいの。
私が知らないとでも思ってるの?
文貴よりも、御家門の黄瀬家の血を引く藤也を世継ぎにって動きがあることを。
3人が仲良くしたくても、周りの大人がそれを許してくれないなんてこと、あってはならないの。
お兄ちゃんと、みつきと、3人で仲良く暮らしてたあの日々が、今の私を支えてる。
だから、3人にも仲良くして欲しい。
そのためにも全員大ちゃんの養子って形をとるわ。
それなら争いも起こらないでしょう?
藤乃を征くんに任せるのは、子はなしてはいけないけど大事にしなければ行けない赤司家の方に、ほかの側室の子の養育を任せることで大事にしてるという対外的なアピールをするためよ。
とはいえ、藤也を任せるのはいらない憶測を呼ぶことになるから、藤乃の方を任せるわ。
でも女の子なら、行儀見習いのため征くんに養育をお願いした、で周囲を納得させることは出来るでしょ。
京の摂家の赤司家の方だけあって、立ち振る舞いが上品だもの。
女の子の養育は充分任せられると思うの。
そして、藤乃のことは、わたし、政略結婚なんかさせる気ないから、藤乃が政治の道具にされることもないわ。
だから征くんが養育しても問題ない、その意思表示でもあるの。
中奥はそれで納得してるわ。」
出産したばかりで床についてはいたけれど、さつきは強い目で花宮を見ていた。

「上様…いつからそんなことをお考えだったのですか?」
花宮はすでに表の世界での根回しも済んでることに驚くことしか出来ない。
それに、決まってから伝えられたのも心外だった。
一言くらい、自分に相談してくれても良かったのではないかとも思う。

「子供を御台の養子にという提案も、姫君なら征くんに養育をというのも、老中たちからの提案だったの。
私が、今回、もし、男の子が産まれたら黄瀬家の血を引く若君の方を世継ぎにって動きがあることに気がついて色々考えてた時に翔ちゃん通して、辰也さんと由孝さんと俊さんと健介さんが、こうしたらどうですか?って提案してくれて、翔ちゃんもそれがいいって言ってくれたから。
藤也がどんな子に育っていくかはまだ分からないけど、文貴は武道よりは学問の方が好きな子でしょう?
武家の子が武道より学問好きなんて、御典医の孫だからだなんて蔑むような意見も聞いたことあるし。
そういうの知って、みんな色々考えてくれてたんだと思う。」

だけど、さつきの言葉を聞いて、花宮は愕然とした。
そういう声があることは知ってはいたが、大奥では御台の青峰を始め、側室達もさつきの心が自分にないのをわかっていてそれでもさつきを愛してる人ばかりなので、さつきを悲しませたくはないと政治的な動きは見られない。
御台の青峰を側室達はたて、さつきの長男である文貴をみんなが可愛がっている。
昔のような権力争いなどない。
優先されるべきは青峰だし、世継ぎは文貴である、それが大奥の人間の認識だ。

それで、この世は平和なのだと花宮は思っていた。
そのため、花宮は大奥の倹約の方に力を入れていた。
財政のことしか考えていなかった。
いつの間に自分はこんなにも表の世界に、政治に疎くなっていたのだろう…?

「奥が平和なのは、まこちゃんがそれだけ頑張ってくれてるからだよね。
ありがとう。
奥で、大ちゃんが軽んじられることもなく、みどりんやその部屋子たちが注意することも無く文貴が安心して暮らせるのも、まこちゃんのおかげだもんね。
感謝してる。
だから、奥はこのままの和平が続くように、まこちゃんには辛いこともお願いしちゃうことになるけど、養子の件と、藤乃の養育の件、よろしくお願いします。」
愕然としてる自分に気がついたのか、さつきが柔らかい顔をした。

自分は、さつきを支えたくて、だれより深い絆で結ばれたくて、大奥総取締になったはずなのに。
「オレは、大奥の平和さに慣れ、表の世界の政治的な動きに疎くなっていた…
藤也様が世継ぎになれば、黄瀬家は御家門の中でも抜きん出ることになる。
その事に留意しておくべきだった、今回の提案は、本来なら老中達ではなく、オレがするべきことだったのに…気が付かなかったとは…」
自分の不甲斐なさに花宮は俯いた。

「そんなことないよ、私、まこちゃんには感謝してるよ。
3代目将軍の御台様と側室の激しい権力争いは私も聞いたことあったし、暗殺なんじゃないか、なんて言われるような幼子の急逝もあったったっていうのも聞いたことあるもん。
でも、文貴はすくすく育ってる。
大奥が穏やかなのは、まこちゃんが総取締として頑張ってくれてるからだって思ってるよ、ありがとう。」
俯いてしまった花宮の手を握り、さつきは笑った。
その笑顔を、これからもずっと守りたい。
だから、そのために。

「お子様方の件、早急に対処致します。
この花宮におまかせ下さいませ。」
さつきの手を強く握り、花宮はさつきを見つめた。
愛してる。
オレは、お前を愛してるから、そのために3人の子には争うことなく、仲良く成長していけるように、最大限の努力を約束する。
花宮はさつきの手を握り返した。
強く。





「イヤっス!!」
花宮の目の前で黄瀬は叫ぶ。
寝ていた双子が目を覚まして泣くほどの大きな声だった。
それでも黄瀬は
「藤乃はオレの子っス!
オレと上様の!
なのになんで赤司っちに養育まかせなきゃいけないんスか!!
しかも青峰っちの養子にするって!!
オレの子なのに!!」
と叫ぶのをやめない。

「黄瀬、おちつけ、藤乃様と藤也様が泣いてる。」
藤乃をあやしてる笠松が黄瀬を制する。
部屋子とはいえ、笠松は黄瀬家の重臣の息子で黄瀬が幼い頃から黄瀬の傍で黄瀬に仕えてきた。
黄瀬が最も信頼し、兄のように慕ってる人物だ。
その人に言われ、黄瀬は顔を手で覆って深呼吸する。

「黄瀬様。」
そんな黄瀬を見ながら、花宮は口を開く。

黄瀬が顔を上げる。

普段の様子からは考えられないような、険しい顔だけれど花宮は気にしない。
「桃井家では、将軍は継承の順番が明確に決まっております。
これは、初代将軍が争いの火種をなくすためにお決めになったことにございます。
今、この大奥で、次期将軍は文貴さまです。
しかし、ご尊父の緑間様は代々御殿医の家柄であり、御家門の黄瀬様の方が、家柄は格上です。
その状況で、御次男である藤也様がどんな陰謀に巻き込まれるか、想像をしてみてください。
上様のお望みは、ご兄弟が仲良く暮らしていくことにございます。
これは、上様ご自身が、兄上である先代将軍、そして弟君であられますみつき様と幼少を過ごしたことに起因しております。
上様はおっしゃっていました。
父も母も兄上もみつきも亡くなってしまったけれど、楽しかったあの日々が自分を支えていると。
そんな上様に、お世継ぎのことで心労をおかけしたくはございません。
黄瀬様も、それはお望みではないでしょう?
此度の件、ご承知くださいませ。」

「緑間っちはなんて?」

長い沈黙の後、黄瀬は花宮に聞いた。

「承知した、と申しておりました。
また、御代様と赤司様も上様のご意向であればそれに従う、と。」

黄瀬は両手で顔を覆った後、
「返事は、明日じゃダメッスか?」
と聞く。

「承知いたしました。」
花宮は頷く。

「では、これで失礼いたします。
上様は産後の体調は良好であり、予定通りに政務に戻れるだろうとのことです。
奥にはまだしばらくお渡りはございませんが、お元気ですのでご安心くださいませ。」

「文貴っちが赤ちゃんの時は、中奥で上様が養育してたっスよね?
藤也と藤乃はどうなるんスか?」
黄瀬はずっと疑問に思っていたことを聞く。
藤也と藤乃は生まれて3日間はさつきのそばでさつきから母乳を与えられていた。
が、さつきは双子を満足させられるほどは母乳が出ないというのと、双子の出産は思いのほか、母体への影響があり、さつき自身にも休養が必要とのことで、藤也と藤乃は今は大奥の黄瀬の部屋で育てらている。
中奥からは、さつきのものと乳母からの母乳が定期的に届けられ、2人にはそれを飲ませているが、体調がよいのなら、そろそろ中奥でさつきが養育してもいいのではないか、と思う。

「文貴様は最初のお子様でありましたから、上様にも余裕が御座いましたが、藤也様と藤乃様は双子であられること、また、赤子であるお2人が母上のそばにいられるのに、まだ幼い文貴さまが母上のそばに居られないことで不満を持つかもしれないことを考えると、藤也様と藤乃様は、大奥での養育が妥当であると、花宮は考えております。
おそらくは、今吉様も同じ考えであられるはずです。」

しかし、それもないと言う。
黄瀬は落胆した。
「藤也と藤乃は控えだからどうでもいいってことっスかね。」

黄瀬の部屋子達も、じっと花宮を見すえている。
家柄で言ったら、摂家の赤司家には及ばないが、黒子家と紫原家と同格なはずだ、黄瀬家は。
その上、子は双子だ。
将軍継承権、2位と3位の子供だ。
それなのに、長男の文貴との扱いの差がありすぎるのではないか。

「どうでも良いとも、控えとも思っておりません。
上様の体調が1番大事であるということです。
黄瀬様は、上様に無理をさせて何かあっても良いとお思いですか?
我が子をご自分で養育できない上様のお気持ちは、お考えにはなれませんか?」

そんな黄瀬に花宮は内心でイラついていた。
父親本人が、文貴様と我が子の境遇を比べていたら元も子もないだろと。

文貴は最初の子で、さつきに余裕があった。
そして中奥も大奥も、手探りでよりよい養育をしようとした。
その結果を藤也と藤乃の養育に生かそうとしてるのに、父親が我が子は控えなのかとか言っている。
これでは、さつきの危惧した兄弟間の軋轢が起こってもおかしくはない。
子供は全て、青峰の養子にという老中達の意見は最もだったと思う。
そしてそれは、自分がさつきに提案したかったとも思う。

「すいませんっス…」
黄瀬は、さつきが本当は自分で養育したいと思ってるということを聞けただけで充分だった。




「ふざけるな、文貴様より、藤也の方が将軍にふさわしいだろ!
黄瀬が我が子2人を青峰の養子にすると決めた時、黄瀬の父親は怒った。

「だから、そういうことに子供たちを巻き込みたくないから、御台様の養子にするんっスよ。」

怒る父を見て、黄瀬は内心で反省しつつ、そう答え、文貴とともに黄瀬の双子も青峰の養子になった。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ