黒子のバスケ


2ページ/2ページ

いくら体育館に冷房が入っているとはいえ、男子高校生が走り回れば体育館内の熱気はあがる。
しかも季節は夏だ。
IHが終わり、WCに向け、練習にも熱が入っている。

部員たちの様子を見ていたさつきは、笠松に近寄っていった。
「笠松先輩、そろそろ休憩を。」

「分かった。」
笠松はさつきに頷いて休憩を告げる。

さつきはすぐに部員たちにスポーツドリンクとタオルを配った後、笠松のもとに行く。

女子が苦手なはずの笠松だが、常勝・帝光の参謀である桃井さつきのことは知っていて、認識としては女子ではなく、バスケ部参謀だったのと、桃井さつき自身が人懐っこい性格ですぐに打ち解けることができたのもあり、桃井さつきと『だけ』は普通に話ができるようになった。
ただ、残念なことに桃井さつき以外の女子とは未だに話ができないけれど。

「笠松先輩、この後、ミニゲームしますよね?
その時に中村先輩のディフェンスにきーちゃんがどこまで対応できるか、確認したいんです。」
「分かった、次は一年対二年でミニゲームやらせることにする。
黄瀬と中村をマンツーマンでやらせてみる。」
「お願いします。
それから青峰くんのオフェンスに対抗するには、こっちの攻撃力を上げることももちろんなんですけど、ディフェンスの強化も大事です。
それに桐皇の今吉さんは心理戦に長けてます。
攻撃にしろ、守備にしろ、パターンを見破られても今吉さんが追いつけないくらいのスピードを身につけるか、相手にこちらの手の内を徹底的に見せない精神力が必要になってきます。
そのためにチームとしての基礎体力の強化も図ってほしいです。」
笠松は汗を拭きながらさつきと真剣に話し込んでいる。
「お前がそうしろというならそうする。
ただ、全員が同じ基礎メニューをこなすのでいいのか、ちがうのか、その辺をどう思う?」
「部員を大雑把に3グループに分けてます。
それぞれのグループに必要な基礎メニューは組んであります。」


スポーツドリンクを飲みながら笠松とさつきのやり取りを見ていた小堀が首を振った。
「桃井はほんとにすごいな。」

「はい、そう思います。」
小堀の呟きに答えたのは中村だ。
海常のマネージャーは桃井さつき以外は男子がやっているが、彼女は男子に混じって力仕事もちゃんとする。
周りがやらなくていいといっても
「私もマネージャーです。
これはマネージャーの仕事ですから。」
と甘えない。
なのに参謀としての情報収集も怠らない。

その上かわいい。
女子として、ほぼ完璧なルックスだ。
なのに桃井さつきが丸ごとレモンのはちみつ漬けを持ってきた時は、部員たちは完璧に見えた彼女に料理が苦手という欠点があることを知り、むしろ親しみを覚えたものだ。
当然、彼女に想いを寄せる部員は後を絶たず、今もスポーツドリンクを飲んだり汗を拭いたりしながら、桃井さつきをちらちらと見ている部員はそこそこいるが…


小堀は桃井さつきに近づいていく森山に気がついて、かすかに笑みを浮かべた。
笠松と真剣に話し込んでいるさつきの背後に回って森山は、そのまま甘えるようにさつきに抱きついた。

「森山先輩、暑いです…」
さつきは困ったように言うが、森山を振り払おうとはしない。
抱きつかせたままだ。

そのせいか、最初のうちはさつきに抱きつくたび、森山をシバいていた笠松も今では何もしない。

「さつきを充電しないと練習にならないからな。」
「はいはい、分かりました。」
さつきは薄く笑って笠松とまた練習について話し始める。
森山に抱きつかせたままで。

「それならオレも桃っち充電しようかな!」
三人を見ていた黄瀬はそんなことを言いながら立ち上がったが、そのとたん、あの残念なイケメンがさつきには分からないように、しかし明確な殺意のようなものをこめて黄瀬をにらみつけた。

「……………」
黄瀬は黙って座りなおす。

「黄瀬、お前、毎回毎回同じこと繰り返してないでいい加減、あきらめれば?」
小堀が黄瀬の肩をポンとたたくと、黄瀬は涙目で小堀を見た。
「けど、帝光時代は桃っちはいつも黒子っちと青峰っちと一緒にいて、やっと、海常でやっと桃っちと二人だけになれて、これからは桃っちの隣は俺のものだって思ってのに…」

「仕方ない。
森山は、出会って一目で桃井に恋をしてしまったんだから。」

「大丈夫、森山先輩あんなんだけど、桃井を好きな気持ちは本物だから泣かせるようなことはしないって。」
中村も涙目の黄瀬に、使ってない新しいタオルを渡してやる。



森山とさつきの初対面の日、二番目に体育館についたのは小堀だった。
体育館の前で手を握り合ってる美少女と残念なイケメンに小堀は驚きつつ、声をかけた。
「何をしてんだ?」

「恋。」

そして、森山からの即答に手にしていたスポーツバッグを落とした。

美少女のほうは森山の恋という言葉に顔を真っ赤にして
「恋って…恋って…」
とか、わけの分からないことを言っているし、というか、そもそもこの美少女、誰?
「君は、森山にナンパされたの?
それでここまで付いて来ちゃったの?」
黒いスカートに水色のシャツ、グリーンのパーカーを羽織ってる、海常の制服を着ているわけじゃないさつきに小堀は聞く。
それしか、思いつけなかった。
まぁ、森山ならそれくらいはやりかねないし。

「いえ、ちがうんです。
はじめまして、四月から海常高校に通うことになる桃井さつきです。
バスケ部のマネージャーをやらせてもらうことになります。
それで今日は見学に来たんです。」

「ああ、それは中学の制服か。
はじめまして、オレは…」
その誤解が解け、自己紹介しようとした小堀は
「小堀、うるさい、邪魔すんな。
オレはこの子と恋をしているといっているだろ!」
と森山に睨まれ、一瞬たじろぐ。

「森山さん、恋はこれからでもできるから、とりあえず、離してください。」
が、さつきがそういうと森山はさつきには蕩けそうな笑顔を向け、その手を離した。

ああ、森山の病気が始まった。
小堀はそう思った。
そして、こうも思った。
こんなかわいい子なら、いままでモテて来ただろう。
もしかしたら、彼氏だっているかもしれない。
森山とこの子がどうこうなることはないだろう。

ところが桃井さつきには彼氏はいなくて、想い人はいるとのことだったが、彼氏はいないと知った森山が暴走を止めることはなく…。
毎日毎日彼女への賛辞を送り、愛の言葉を囁き、送り迎えまでかって出た森山に最初は戸惑い、断っていた桃井さつきはそれでも諦めない森山にほだされたのか、最近は森山のスキンシップも受け入れ、何も言わなくなっていた。
付き合い始めるのに時間はかからないだろう、おそらく。


「恋をしてるなんて、まじめな顔して言えるんだ。
森山はすごいな。
だから、報われてほしいよな。」
小堀はそうつぶやいて、森山と森山に抱きつかれているさつきを見る。

笠松との話が終わったのか、さつきが森山の腕に触れる。
「離して、私ものど渇いちゃったよ。」
森山は名残惜しそうではあったが、さつきを離した。
自分のスポーツドリンクを飲もうとしたさつきだが、
「由孝くん、ちゃんと汗拭いてね。
拭き残してるよ、風邪引くよ。」
と森山が肩からかけたタオルを手に取り、森山のおでこにそのタオルを当てた。

森山先輩と森山を呼んでいるはずのさつきが、『由孝くん』と呼んだことにもびっくりした。
黄瀬はそれに気がついて、森山とさつきをガン見している。
その目がさらに涙で潤んでることに気がつき、小堀は黄瀬の肩をたたいてあげた。

「あれ、もう付き合ってるんですね、たぶん。
部に影響を与えたくないとかそんな理由で、おそらくは桃井の方が隠したがってるだけで。」
つぶやく中村の視線の先では、森山がさつきを笑顔で抱きしめ、さつきも森山の背中にうでを回していた。

END

前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ