黒子のバスケ

薄羽蜉蝣・参
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そんなある日の明け方に、上様が産気づかれた、との一報が大奥にもたらされた。
緑間とその部屋子たち、それに花宮はあわてて中奥へと急ぐ。

さつきの出産する部屋には、基本的は医者と産婆以外の立ち入りは禁止されており、側用人の今吉をはじめ、筆頭老中の福井、老中の伊月、森山、氷室がすでに部屋の前に控えていた。

「今吉、上様は?!」
花宮は今吉に聞く。

息を弾ませ、必死の形相の花宮に今吉は花宮でもこんなに余裕がなくなることがあるのかと思いながら
「初めてにしてはお産の進みは遅くはないと産婆は言うてたで。
ただ、すぐに生まれるゆうもんでもないようや。」
と答える。

部屋の中からは時折、さつきの苦しそうなうめき声が聞こえる。
「人間一人産み落とすなんて、政務よりよほど大変やろな。
それでもワシらは待つしかできへんのやな。」
今吉のつぶやきが、全員の総意だった。



それから二時間待ったけれども、さつきの苦しむ声が聞こえるだけで、中の様子は分からない。

焦れたのか、ついに緑間が立ち上がり、部屋のふすまに手をかけた。

「緑間様、それはいけません。」
花宮があわてて止める。

「なぜなのだよ?!
オレは子供の父親だし、元は医者だ。
上様のそばにいても問題はないはずだ!」
いつもは冷静な緑間が珍しく大きな声をだす。

「出産にあたり、医者と産婆以外は部屋には入ってはならぬ、それが上様のご意向だからです。」
それに対して氷室が答える。

「でも…」

「緑間様、上様を心配しているのは、緑間様だけではありません。
それでも、上様のご意向である以上、私たちは待つしかできないのです。」
伊月が立ち上がり、緑間の手を掴む。

「お座りください、緑間様。」
森山がそう告げたとき、ひときわ大きなさつきの声が聞こえた後、産声が上がった。


「生まれた!!!
さつきは無事なのか?!」

福井が立ち上がる。
上様をさつきと呼んだことに、誰もが気が付かないほど、全員がふすまに視線を向けている。

そしてすぐに中から産婆が産着にくるまれた子供を抱いて出てきた。
「若君にございます。
母子ともにお健やかでいらっしゃいます。」

ホッとした緑間がよろけたのを慌てて花宮が支える。

その様子を見ていた福井は、ふと頬が冷たいことに気が付いて顔に手を当て、自分が泣いていたことに気が付く。
それが上様が無事だったことを安堵する涙だったのか、出産で苦しんでた好きな女に何もしてやれない自分のふがいなさに対する涙だったのか、福井には分からなかった。

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