黒子のバスケ

エリートヤンキー・桃井さつき
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三年の先輩たちに
「さつきさん、放課後、一緒にカラオケ行きませんか?!」
と誘われたがそれを断り、さつきは一人で街を歩いていた。
お気に入りの入浴剤を買うためだ。

さつきはこの間、父の会社の会議用の資料を分析して綺麗にまとめてあげた。
それが会社でいい評価をもらったとのことで、さつきに感謝した父から特別におこずかいをもらっていた。

もう、バスケでは使うことのなくなった情報収集や分析、解析の能力だけど、こういう使い方もある。
そのことと、財布の中身が多いさつきは今日はバブルバスも買っちゃおうかな?と機嫌よく歩いていたが、
「よぉ、桃井さつき。」
と声をかけられていやそうな顔をして振り向く。

そこには霧崎第一のバスケ部監督兼主将の花宮真がいた。
「機嫌よさそうじゃねーか。」

「花宮さんの顔を見るまではね。」

「確かに、さっきまでと顔つきが違うな。」
花宮は面白そうに笑ってさつきの顔を覗き込む。

「何か用ですか?」
一歩下がってさつきは花宮を睨む。

「何度もスカウトしたのになんで正邦なんか行ったんだ。
うちに転校してこい。」

花宮は急にまじめな顔になる。

「するわけないでしょ、入学したばかりなのに。」
さつきは肩をすくめた。

「お前は霧崎に必要なんだ。
確かにお前のデータはキセキには必要とされなくなったかもしれねーが、オレには…」
言いかけた花宮の口をさつきは手のひらで乱暴に塞いだ。

「うるさいですよ。
黙ってください。」

自分を睨むさつきの手を引き離し、花宮はため息をついた。
「そんなにバスケが嫌いか?」

「バスケにもっとも不誠実と言われた悪童・花宮真がそんなこと言うなんて意外。」
さつきは花宮に向かって舌を出してみせる。

「ふはっ、バァーカ!
お前、何にも分かってねーんだな。
オレは確かにバスケに不誠実だし、悪童だけどな。
バスケが嫌いなわけじゃねぇ。
嫌いだったらあそこまでして勝ちに行くかよ、バァーカ。」

「え?!」
花宮の言葉にさつきは目を丸くした。

さつきはバスケットボールが嫌いだ。
幼馴染から笑顔を奪い、みんなの絆を奪った。
さつきの生活の全てといっても過言ではなかったバスケは、みんなの能力が開花したことで、みんなから仲間という絆を奪い、黒子を傷つけ、全中の決勝戦の対戦相手だった明洸中バスケ部のメンバーを傷つけた。

そして、いつからか誰も手に取ることのなくなった自分のまとめたデータは自分の心も傷つけた。
自分は選手じゃないけど、コートの外からでもみんなと一緒に戦っていると思っていた。
けどみんなの能力が開花してからは、自分のデータは役に立たなかった。

なぜなら、彼らは『自分の力しか信じていない』から。
『仲間のことは信じない』のだ。
だからパスだって出さない。
そんな風にみんなを変えたバスケが嫌いになった。

さつきにも高校バスケ部からの誘いが来なかったわけじゃない。
今目の前にいる花宮がいる霧崎第一高校、青峰が進学した桐皇学園、黄瀬と緑間と赤司が顧問に進言したらしい海常、秀徳、洛山と指定校推薦を枠を使ってうちに入学しないか、そういってくれた高校バスケ部はあったけれどさつきは全て断った。
キセキの世代のいる高校になんか行きたくはなかった。

そもそも、もうバスケに関わる気はなかった。
だから正邦に進学した。
北の王者と呼ばれる正邦にしたのは、もとから強いバスケ部ならしつこく自分を勧誘に来ないだろうと思ったからだ。
強いからこそ、入部をいやがる人をそれでもしつこく勧誘はしないだろうと思い、正邦にした。
思った通りで正邦のバスケ部からは勧誘はない。

なのに、霧崎第一の花宮はしつこい。
もともと、さつきはバスケを冒涜してるとも思える行為をしている人を好まない。
だからこそ、全中でのキセキの世代の暴挙に失望した。
そして、悪童である花宮には嫌悪感すら抱いている。

どちらのことも思ってる。
『バスケが好きならこんなことできるはずがない。』

なのに花宮はバスケが嫌いではないいう。
驚いてるさつきに花宮はため息をついた。
「嫌いじゃねーから勝ちてーんじゃねぇか。」

「勝つために何してもいいなんて、そんなのいいとは思えないけど。」
さつきは大げさに首を振って花宮に背を向けたけど、腕を花宮につかまれた。

「オレだって今のままじゃよくねーことは分かってんだよ。
だからお前をスカウトしたんだ。
お前がいれば霧崎第一は変わる、そう思ったからスカウトしたんだ。
今からでも遅くないから霧崎第一に…」

「せっかく正邦にいんだから霧崎に行かなくてもいいだろう。」
急に花宮の手が自分の腕から離れてさつきはびっくりする。

さつきの腕をつかんでた花宮の手を大柄な男…正邦高校バスケ部主将・岩村努がつかんでいた。

「なんだよ、離せ!!」
花宮は岩村の手を振り払う。

「はじめまして。
正邦高校バスケ部主将の岩村だ。」
そんな花宮をまるっと無視して岩村はさつきに視線を向けた。

「はい、存じてます。
それでは、さようなら。」
さつきは浅く頭を下げると二人に背を向けてものすごい速さで走り出す。

その勢いに二人はぽかんとしてさつきを見送るしかなかった。


「なんなの、ホント。
めんどくさい。
なんでいきなり岩村さん出てくるの…」
二人からはだいぶ離れただろうと思ったところでさつきは走るのをやめ、息を弾ませながら文句をいう。

その時、さつきの肩に誰かがぶつかってきた。
「あ、すみません。」

さつきは実はケンカは強い。
幼い頃から見た目がかわいらしかったことで変質者に狙われることも多々あり、心配した両親が空手を習わせてくれたのもある。
そもそも暴君・青峰大輝の幼馴染なのだから、幼い頃から青峰に巻き込まれる形で男の子や上級生とケンカをするのはしょっちゅうだったのもある。

けれど、普段はそんなそぶりはまったく見せない。
猫をかぶることで、わずらわしいことを避けるという処世術を身につけているからだ。

だから肩がぶつかった今、明らかに相手の方がぶつかって来たはずだが謝っておいた。
それが相手を図に乗らせたのだろう。

「あー、肩の骨、折れたかもー!!」
大げさに言われ、初めて相手を見たら、見るからに不良っぽい男の二人連れだった。

「失礼ですよ、私、ぶつかっただけで人の肩の骨折るほど強くないです。」

「でも実際、ヒロ君いたがってんじゃーん。」
「おー、痛い痛い!
すげーいて!!
だから、オレ達と付き合ってよ。
そしたら慰謝料請求しないであげるからさー。」

男たちの態度に呆れてため息をついたさつきに男たちがむっとした顔をしていたが、
「あのね、あたたたち馬鹿なの?」
思わず口をついて出た言葉に男たちは怒り、
「くそアマ!!」
「なめんじゃねぇぞ!」
と言いながら殴りかかってきた。

「男二人がかりで女に殴りかかるって卑怯じゃない?」
と言いつつも、さつきは一人の男の足を払って転ばせ、もう一人の男の腕をつかむと男の勢いを利用してそのまま一回転させ、地面にたたきつけた。

地面にたたきつけられた男はうなり、転んだ男は呆然としてさつきを見ている。

「なんで謝ってあげてるうちにやめとかなかったの?」
さつきは笑顔で呆然と座り込んで自分を見ている転ばせた男の顔を蹴り飛ばした。
「ぶふっ!」
男は後方にひっくり返り、悶絶している。

さつきが次に地面にたたきつけられうめいてる男を蹴り上げようと足を振り上げた時
「そこまでにしてやれよ。
どう考えたってあんたの方が強いだろ。
キセキのピンク。」
と声をかけられた。

「キセキのピンクってその呼び名はないだろう、宮地。
失礼だ、謝れ。
彼女の名前は桃井さつき。
帝光バスケ部の元マネージャー、非常に優秀な諜報部員だぞ。」

「大坪さん、たぶん知った上でのピンク呼びっすよ、宮地さんは。」

「うっせーな高尾、桃井までは覚えてたけど下の名前は忘れてたし。」

振り返ったさつきは顔をしかめた。

「秀徳の大坪さん、お久しぶりです。
私がスカウト断った以来だから、本当にお久しぶりですね。」
けれどすぐに貼り付けたような笑みを浮かべ、さつきはそこに立っていた秀徳高校バスケ部主将の大坪泰介、宮地清志、高尾一成に頭を下げる。

「そちらのお二人ははじめましてですね、宮地さん、高尾くん。
それでは失礼しまーす。」

その場を去ろうとしたさつきだけど、
「待ってくれ、緑間のことで困ってるんだ!」
と大坪が言うので足を止めた。

「マジほんとあいつ、緑間、薬殺してーんだけど!!
なんなんだよあいつ!!」
間髪いれずに叫ぶ宮地にさつきは唖然とする。

「いやねー、真ちゃん、今日、ラッキーアイテムのさくらんぼ柄のシュシュってのが手に入らないとか言ってゴネてんの。
桃井がいれば、きっと持っていたのにとか言うからさー、オレ達が正邦の桃井さんとこにシュシュ借りに言ってくるから練習しろって言って、正邦行く途中で桃井ちゃんに出くわしたわけ。」
高尾が笑いながら詳しい説明をしてくれる。

「桃井ちゃんってずいぶんなれなれしいのね、高尾くん。
これあげるから早く帰ったら。」

さつきはバッグからお気に入りでいつも持ち歩いていたさくらんぼ柄のシュシュを出して高尾に渡すとそのまま歩いて行こうとする。

「待てよ。
お前さ、なにやってんの?
お前、なんでバスケやんねーで男蹴り飛ばしてんの?」
そんなさつきの肩に手をかけたのは宮地だった。

「そんなの、あなたに関係ないと思いますけど。」
さつきは作り笑いを浮かべて後ろに下がり、宮地の手を肩からはずす。

「ふざけんなよ、凡人がどんなに努力したって天才にはおよばねぇんだよ。」
宮地が一歩踏み出してさつきの肩にもう一度手をかける。

「なんですか、それ。
ミドリンのこと言ってるんですか?
だったらミドリンはちゃんと努力してる人だから天才とか凡人とか関係ないでしょ。
毎日練習まじめにやってるでしょう、人事を尽くして天命を待つ人だもの。」

さつきは宮地の手を振り払うが宮地は今度はさつきの両肩をつかんだ。
「ちがう、オレが言ってんのはお前のことだよ!
お前だってキセキの世代だろ。
あんなデータ、努力したからってそうそう作れるもんじゃねぇ。
お前だってオレからしたら凡人じゃねぇし。
なのに、その能力も生かさず、こんなとこで男に蹴り入れてるなんて、許せねぇんだよ。」

自分をじっと見つめてる宮地の目に嘘はなさそうだった。
この人は本気で私のことを凡人じゃないと思ってるんだ…
私は天才じゃない。
だから、何もできなくてとてもつらかったのに…

さつきは宮地を睨みつけていた。
「なにも分からないくせに、知った風なこと言わないで!
私のデータなんか、覚醒したみんなには必要なかったもの!
それでも私は毎回、試合ごとにちゃんとデータを作成したけど、誰一人、私の作ったデータなんか見てなかった!
だからもう、バスケはみたくもないの!
いやな思い出しかないんだもの!」

「オレだって、帝光とあたった時の試合なんかいやな思い出でしかねーし。
けど、それでもオレ、バスケをあきらめらんなかった。
誰が望んでくれたわけでもなかったけど、オレはバスケをあきらめなかった。
桃井ちゃんはさ、ちょっと疲れてるだけだよ。
その気持ちは分からなくもない。
けどさ。
きっと、少なくとも、あいつは。
緑間は桃井ちゃんがバスケに戻ってくるの待ってるよ。
だって真ちゃん言ってたし。
『確かに、桃井には悪いことをしたと思うのだよ。
あの頃のオレは確かに驕っていた。
データなどなくても勝てる、そう思っていたけれども、今になってあのデータがいかに大切なものか分かるのだよ。
そして桃井がどれだけバスケが好きだったのか、今なら分かるのだよ。
だから、今はバスケに関わらなかったとしても、それがずっと続くとはおもっていないのだよ。
あの頃、きっと、桃井はオレ達を待っていてくれたのだと思う。
だから、今はオレが桃井を待つ番なのだよ。』
って。
桃井ちゃんはすごいよね、だってバスケから遠ざかってもバスケに復帰することを待っててくれる人がいるって。」

宮地を睨む自分をうらやましそうに見ている高尾にさつきは呆れたように言っていた。

「いまさら何を…
私、絶対に忘れない。
電光掲示板に1を並べるために自殺点なんてとんでもないこと、全中でやったみんなのこと、許せないもの。
あれが原因で心を折られてバスケをやめた人もいるんだよ!
勝つって言うのは、同時に負けたチームの思いをも背負うことじゃないの?!
それをあんなことして、私はみんなを許せないし、みんなを変えてしまったバスケも嫌いなの!」

「だったら、君が自分で、また、みんなを変えて上げればいいんじゃないか。
正邦は北の王者だ。
そんな学校に通ってるんだ。
その気になれば、できるだろう。」

大坪のやさしいまなざしには一瞬だけ気を緩めそうになったけれども、地面転がった不良がうめいたことでさつきは自分を取り戻す。

「そのシュシュはいらないのでミドリンに上げるって言っといてください。
返しになんてこないでって言ってくださいね、顔も見たくないからって。」

さつきは言うが早いが、さっさと走り出していた。

「足、はえーな。」
宮地が思わずこぼすほど、さつきの足は速かった。

「すんげー頑なっすね。
桃井ちゃん。」
高尾は手の中のシュシュに視線を落とす。
顔も見たくないから返さなくていいって言ってたよなんて緑間にいえるわけがない。


「高尾。
本当にバスケが嫌いなら、彼女はここまで怒らない。」
珍しく落ち込んでるような高尾に大坪が声をかけた。

「そうだな。
好きだから失望が大きかっただけで、本当にバスケをしたくないと思ってたらあんなに怒んねーだろ。
好きの反対は嫌いじゃねぇ、無関心だ。
キセキのマネ、バスケにもキセキの世代にもオレらにも、無関心じゃなかった。
さ、戻るか。
シュシュも手に入ったことだしな。」

宮地の言葉に、二人はうなずいて、秀徳に戻るために歩き始めた。

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