黒子のバスケ
□いつも君と
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海常高校の主将・笠松は地区予選の抽選会に出席した後、のどが渇いて大手チェーンのコーヒーショップに入った。
海常にはマネージャーがいない。
IH常連である海常のバスケ部のマネージャーは仕事もきつく、生半可な気持ちじゃ務まらない。
笠松の一つ上の先輩の代では、それでもバスケが純粋に好きで仕事をこなしている女子マネがいたが、三年の引退と共にその人も引退した。
その頃、海常に黄瀬涼太が入学することが決まったら、バスケ部の女子マネージャーの希望者が殺到した。
だけど、目当てが黄瀬涼太でしかないことに気が付いていた笠松は監督と話し合い、少なくとも今年一年は女子マネは一切入部させないことに決めた。
部員はみんな、勝つためにバスケをしている。
一つでも一歩でも上へ前へ、そんなバスケをしている自分たちのマネージャーが黄瀬目当てなんて冗談じゃない。
だから海常に女子マネはいない。
いないから、抽選会には主将みずから出席する。
自分と監督で女子マネは要らないと決めたのだから、それは当たり前だと笠松は思っている。
注文したキャラメルマキアートを受け取り、笠松は空いてる二人がけの席に座った。
携帯を取り出して弄っていた笠松は顔を上げた。
そんなにうるさくはなかった店内が急にうるさくなったからだ。
いつの間にか、男子五人・女子4人の集団が入店していて、そいつらがうるさかったらしい。
笠松はため息をつく。
不特定多数の人間が来店する場所で、うるさいのがイヤだと思う自分がいけないのは分かってはいるが、それでもやっぱりうるさいのは勘弁して欲しい。
その時、その集団の男子がひときわ大きな声を上げ、
「桃井ちゃん、こっちだよ!」
と叫んだので、笠松は再び顔を上げる。
桃井…その名前に覚えがあったからだ。
黄瀬から何度も何度も聞かされた名前だ。
帝光時代の優秀なマネージャー。
容姿端麗でスタイルもよく、それなのに情報収集・データ分析に優れ、参謀的な役目を担っていたのに、雑務も手際よくこなす非の打ち所のないマネージャーだったと。
『海常に桃っち連れてくればよかった、っつか連れて来たかったっス。
あんなにバスケが好きでバスケに選手と同等の姿勢で向き合って、なのに選手をサポートしてくれるマネージャー、他にいるわけないっス。』
それが、黄瀬の口癖だった。
その子の名前が桃井さつきだったはずだ。
顔を上げると、そこにはひときわ目立つ容姿の、ピンク色の髪をした女の子がいた。
別に話をしたわけでもないのに、笠松は自分の顔に血が上っていくのが分かる。
女子に慣れていない笠松にとって、本当に容姿が端麗で、スタイル…とくに胸が大きくて、女の子らしすぎるくらい女の子らしい彼女はもう見るだけで緊張する存在だ。
でも、そういえばあの子は周りがみんな私服なのに、一人だけ制服だったな…。
笠松はそんな事に気が付いたが、まぁ自分には関係ないかと再び携帯に視線を落とした。
しかし、自分のすぐ近くで
「ちょっとどういうこと?
大事な相談があるって言うから、抽選会のあと、監督と主将に断ってわざわざ学校に寄らないでここに来たのに。
こういうことなら帰るから。
地区予選近いし、本当なら練習サボるわけにいかないんだよ?」
とさつきが友達に訴える声が聞こえてきて、笠松は再び顔を上げた。
どうやら彼女が自分を呼び出した友達らしき女の子を引っ張ってきて、この合コンもどきはどういうことなのか問い詰めているらしかった。
東京も今日は抽選会があったのか、それなのに彼女は友達からの呼び出しに学校に戻ることもせずに神奈川まで来たのか、いい子だなとぼんやり思った。
「ごめんね、騙すみたいになって。
でも最近、私と彼、あまり上手くいってないの。
その彼から、彼の友達がどうしてもさつきと会ってみたいって言うから紹介してって言われて、断れなかったの!
お願い、帰らないで!
そんな事されたら、私、彼に振られちゃうかもしれないよ…」
それに比べて、さつきの友達らしき子の方は随分と自分勝手なようだ。
だけどさつきはため息をつくと、
「本当にちょっとだけだからね…」
と返事をした。
随分とお人よしな子らしい。
オレなら怒ってさっさと帰るのに、笠松はそう思ったけど、黄瀬がさつきをとにかくいい子だ、優しい子だと言ってたのを思い出し、そういう子なら仕方ないのかもなと再び携帯に視線を落とす。
第一、こっちは黄瀬から聞いて彼女のことを知っているけど、彼女からしたら笠松のことなんて知ってるわけがないから、関わることでもないし。