黒子のバスケ

変わらぬ想い
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二人がいるのは旧校舎の屋上。
いつだったか、青峰と黄瀬も一緒に夕日を眺めた場所だった。
今は、二人しかいないけど。

「大丈夫ですか、桃井さん。」
ぐずぐずと泣き続けるさつきに黒子はハンカチを差し出す。
だけどさつきはそれを受け取らなかった。

「テツくん、本当にごめんね。」
変わりに黒子に頭を下げる。

黒子はさつきにいきなり頭を下げられて、驚いていた。
彼女が自分に謝る理由が分からなかった。

むしろ、謝らなければいけないのは自分の方だ。
彼女はいつだって影の薄い自分を誰より先に見つけてくれた。
それがすごく、嬉しかった。
まっすぐに向けられる彼女からの好意も、とても嬉しかった。

それなのにそんな彼女に何も告げずにいきなり部活をやめ、卒業までずっと、意図的に彼女を避け続けた。
謝るべきは本当は自分なのに…。

「桃井さん、なんで桃井さんが謝るんですか?」
黒子はそう聞いていた。
どう考えても、さつきが謝る理由が分からない。

「テツくんに、私何もできなかった。
テツくんがみんなが変わっていくことを寂しく思って、帝光の理念をおかしいと思って、それなのに…私、分かってて何もできなかった。
ごめんね、ごめんね!」

だけどさつきが泣きながら言った言葉に黒子はハッとなる。
自分ばかりが辛いと思っていた。
変わっていく五人を、シックスマンとして一番近くで見なければいけなかった自分が一番辛いと思っていた。

だけど違う。
彼女もまた、彼ら五人と黒子自身の近くで、変わっていく彼らとバスケを嫌いになっていく自分を見ていたのだ。
辛い思いを抱えて、それでも最後まで目をそらさず。

なのにどうして、自分ばかりが辛いと思って彼女のことすら避けたのだろう?
彼女はそんな自分に泣きながら頭を下げているのに…。

「桃井さんお願いです、顔を上げて下さい。」
黒子はさつきの肩に触れる。
細い肩だった。
いつもいつも、明るい笑顔を絶やさず、時には厳しく部員を叱咤して、赤司にも堂々と意見して、帝光バスケの勝利に貢献してきた桃井さつき。

だけど、頼りになるマネージャーも、ただの女の子だった。
どうしてそのことに、気が付かなかったのだろう?
気が付いて上げられなかったんだろう?

「すみませんでした、桃井さん。」
黒子は心からさつきに謝罪した。

さつきが驚いたように顔を上げる。
「どうしてテツくんが謝るの?」

謝るべきことはたくさんある。
だけど一番悪いと思ったことだけを口にする。
「急に部活をやめて、お世話になった桃井さんに一言もお礼を言わないでいたことです。」

「そんなの、いいの。
でも、もし本当に私に悪いと思ってるのならお願いがあるの。」
さつきは涙で濡れた顔でじっと黒子を見つめた。
黒子は無言で先を促す。

「テツくん、バスケ、続けてね。
高校に行ってもバスケ続けてね。
テツくんが行く誠凛、去年できた新設校なのに一年目で決勝リーグに進出したの。
試合、見たよ。
チームとして、みんなすごくまとまってた。
あのチームでなら、誠凛でならきっと、ううん、絶対、テツくんの思ってるバスケができると思うから。
今の帝光や、変わったみんなとの勝てばいいっていうバスケじゃなくて、テツくんの思う、テツくんのしたいバスケができるはずだから。
だからお願い、謝るくらいならバスケをやめないで!」

わざわざ調べたのか…黒子はそう思った。
彼女ならやりかねない。

だけど、きっとそれは自分のため。
バスケを嫌いになって、帝光でのバスケをやめた自分のために、彼女は誠凛のことを調べ、自分にバスケをやめるなと頭を下げている。

「……今はよく分かりません。
バスケが好きかと聞かれたら、やはり好きじゃありません。
けど、きっと桃井さんがそう言うのなら、僕は誠凛でもバスケを続けると思います。」

黒子の言葉にさつきは笑った。
泣きながら笑った。

「テツくん、きっと誠凛でならいい仲間に恵まれるよ。
そしたらきっと、テツくんのバスケでみんなの目を覚ますこともできると思う。
そうしたらきっと、いつか、またみんなでバスケをしようね。」

こくりと頷くと、さつきは涙を拭ってもう一度黒子に笑いかけた。

「バイバイ、テツくん。
私ね、大ちゃんと同じ桐皇にいくけど、それでもずっと、テツくんのこと好きでいるから。
卒業、おめでとう!」
切なさで胸が締め付けられるほど綺麗な笑顔と、告白と、それでも自分じゃなく青峰を選んだという事実だけを残して、さつきは屋上から出て行った。

「僕もあなたが好きでした。
だけど、あなたは結局、青峰君を選びました。
僕じゃなく、青峰君を。
あなたが好きなのは、本当は僕じゃないでしょう?」

黒子の呟きは、早春の強い風で掻き消された。

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