黒子のバスケ

Dearest
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緑間は時計を見上げる。
そろそろ時間だ。

シューティングを止めた緑間を見て高尾が
「自主練終わり?」
と声をかけてきた。

「終わりなのだよ。
今日は約束がある。」
緑間はボールを片付けると部室に戻っていく。
着替えをしながら思い出す。


さつきに背中を支えてもらって残った部員の中には、マネージャーとしての優しさを自分だけは特別だと勘違いし、さつきに告白してくるものが多かった。

緑間とさつきが付き合っていることは周知の事実だったのに、それでもめげない根性をいっそバスケに生かせ、緑間は何度もそう思いながらいつもと同じように体育館裏の目立たない場所に佇んでいた。
だから自分からは相手が見えないし、相手からも自分は見えないだろう。
だけど、さつきを呼び出した男の声だけは聞こえる。

「すみません、昼休みなのに呼び出して。」
そう思うのなら呼び出すな。
緑間は心の中でだけそう思う。

さっき、さつきと昼食を一緒に食堂で食べている時、さつきに
「ご飯食べたら体育館裏に行って来るね。
一軍の一年生の子に呼び出されてるの。
告白ならちゃんと断ってくるから。」
と言われたのだ。

「断るくらいなら行かなければいいのだよ。
来てくれなければ普通は振られたのだと分かるだろう。」

そう言ったら逆に諭された。

「ミドリン、どんな人であれ、告白する時は勇気がいるんだよ。
ミドリン、女の子に呼び出されても無視してるけど、すっごい勇気を振り絞って呼び出してるんだから、ちゃんと行ってあげなきゃだめだよ。」

緑間は女の子に呼び出されても、それには絶対に応じない。
恋人がいると分かっている人にそれでも告白をしようなんて、緑間には愚の骨頂としか思えないからだ。
自分のさつきに対する気持ちは、ちょっと誰かに告白されたくらいで揺らぐものではない。
意味のない告白で貴重な時間を取られるのは緑間にとって不愉快でしかないのだけど、さつきは相手の気持ちを考えろと言う。

そして相手の気持ちを考えているさつきは、きちんと呼び出しに応じる。

だけど心配だから、緑間はいつも呼び出されるさつきにこっそりと付いて行っている。

今日さつきを呼び出したのは、先日紫原にぼろくそに言われ、泣きながら体育館を飛び出した一年生だった。

追いかけていったさつきと共に帰ってきて、赤司に練習中に勝手に飛び出したことを詫び、その後は真剣に練習に参加していた。

そんな一年を見ていた緑間に赤司が苦笑しながら
「桃井はマネージャーとしてはこの上なく優秀だが、恋人としては優秀とは言いがたいな。」
と言ってきた。
本当にその通りだ。
だけどそれでも自分は彼女を好きなのだから仕方ない。

「桃井先輩が副主将と付き合ってることは知ってます。
それでも僕は桃井先輩が好きです。」

物思いに耽っていた緑間は、一年生の声に我に返る。
副主将と付き合ってることは知ってますだと?
なら告白なんかするな。
緑間は心からそう思う。

「そうなの。
私、緑間くんと付き合ってるの。
ありがとう、でもごめんなさい。」

さつきの断る時の言葉はいつもごめんなさいだ。
そう言われると男の方は
「こっちこそ、彼氏がいるのに変なこと言ってすみませんでした。」
と謝ってそれで終わる。
緑間もこれで終わった…そう思った。

だけど今日の一年生はそれでは引き下がらなかった。

「それなら、なんであの時、僕に優しくしてくれたんですか?
どうして僕のことを放っておいてくれなかったんですか?!」

一年はそんなことを言い始めたのだ。
緑間は眉間に深く皺を寄せる。
勝手にさつきを好きになっておいて、拒まれたら逆切れか。
どこまで幼稚なのだよ。
イラッとした緑間がそちらの方に向って歩き出そうとした時。

「あなたはバスケ部員で私はマネージャー。
そして私の好きな人は部活の副主将。
だから私はあなたを放っておけなかったの。
彼のために。
私はマネージャーとしても恋人としても彼のためにできることをしたいだけ。
本当に彼を…緑間副主将を好きだから。」

さつきがきっぱりと言い切る声に緑間は足を止める。

「好きだからって…あんな変人、どこがいいんですか?!」
一年の叫びに緑間は再び頭に来た。
お前に変人呼ばわりされる覚えはないのだよ?!

「変人…周りからは確かにそう見えるかもね。
マイルール多すぎるし。
いつも変な小物持ってるし、おは朝で蟹座と牡牛座の相性が悪いと恋人なのにオレに近寄るなとか言うし。
だけど、それも全部、人事を尽くして天命を待つ…ってよりも、天命に選んでもらうための努力なの。
副主将はね、厳しい人だけど、誰よりも自分に一番厳しいの。
そういう努力を淡々と行えること、私は尊敬してるし、すごいと思う。
そういう彼の全てが好きなの。」

だけどさつきは穏やかな声で一年に語りかける。
そしてその言葉に緑間の顔に血が上っていく。
自分でも頬が熱をもつのが分かる。

「すみませんでした。」
一年は涙声でさつきに謝罪した。

色々な意味の込められたその謝罪にさつきはわずかに微笑む。
「バスケ頑張ってね。
頑張れるものがあるってすごいことだよ。
そうやって頑張ってればすぐにあなたを好きだって言ってくれる人が出てくると思うよ。
私なんかよりももっと素敵な子。」

お前よりも素敵な女子なんているわけがないだろう、緑間はそう思いながらさつきに向って歩き出す。
さつきは校舎に戻ろうとしたところで緑間に出くわして驚いたけど、すぐに笑みを浮かべてその長身に向って走り出して、抱きついた。
いきなり抱きつかれたことに緑間は驚いたけど、簡単にさつきを抱きとめて、抱きしめる。

「心配で来てくれたんだ?」
「自分の恋人を心配しない男などろくな男じゃないのだよ。
オレはそんなろくでなしではない。」
「うん、分かってる。
ミドリン、大好き!」
「オレもなのだよ。」
「ミドリン、今日は珍しく素直だね。」
「珍しくは余計だ。」
緑間はそう言いながらさつきを抱きしめる腕に力を込めた。

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