黒子のバスケ

姫と暴君と腹黒主将
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バスケ部の練習のため、寮の自室から部室に向おうとしていた今吉は、
「本当に困ります。」
と聞き覚えのある声を耳にして足を止めた。

授業を終えた今吉はバッシュの紐が切れていたことを思い出し、寮に紐を取りに行った。
寮を出て校舎に向う途中で、その声を耳にしたのだ。

声がしたグラウンドは主に野球部が使用してるはずだ。
そのグラウンドの片隅に目をやる。
そして思った通り、グラウンドの片隅で野球部員に囲まれていたのは桃井さつきだった。
桃井さつきは今吉が主将を務めているバスケ部のマネージャーだ。

だけど彼女はただのマネージャーじゃない。
情報収集とそこから予測されるデータは、桐皇学園高校バスケ部の戦力の一つだ。
そして扱いづらい青峰大輝の幼馴染で、彼にずけずけとモノを言えるのも彼女だけだ。
すなわち、バスケ部にとってはなくてはならない存在なわけで。
しかも、容姿端麗で高校一年生とは思えないのスタイルの持ち主でもあるから、IHの後、月バスに『強豪高校を裏から支える人たち』という特集に美人マネージャーとしてでかでかと掲載されたばかりだ。
そのせいでバスケ部の体育館には男子生徒の見学者が殺到している。

もともと、彼女の容姿は人目をひくので、彼女目当てに入部した人も少なからずいるのは知っている。
それでもまぁ、そういう不順な目的でも練習を真面目にやってチームを勝利に導けるような選手になれば、いいと今吉は思っている。

だけど、たださつきを見学にきただけの男子生徒や、彼女を自分のところのマネージャーにスカウトしようとしてる他の部活の人間には頭にきていた。
そういう人間を裏から何人黙らせてきたか…なのに最近は野球部が彼女に執心していると聞いている。
部員達には気をつけてさつきのことを見ているようにと言っているが、そういう警戒網をくぐって野球部はなぜか彼女をグラウンドに誘い出すことに成功したようだった。


今吉はため息をつくと、グランドに向って歩き出す。

「なんで私が野球部のマネージャーにならなければいけないんですか?
青峰くんに迷惑をかけられたからって言いますけど、なんで私が青峰くんのしたことの責任を取らなきゃいけないのか、よく分かりません。
本当に困ります。」

「何やっとんの、桃井。
もう部活始まるで。」

「今吉先輩!
私も早く部活行きたいんですけど、青峰くんがなんだか野球部に迷惑かけたとかでそのクレームを言われてて。」

今吉の登場にホッとしたような顔をした後、本当に困ったように眉を下げるさつきの顔は妙に扇情的で、さらに男を煽ることなんか、本人は分かってないんだろう。
ここまでの容姿でいながら、これまでそういう意味で危ない目に合うことがなかったのは、青峰という守護神が居たからだろうが。

そんなことを思いながら今吉はさつきを自身の後ろに庇うようにした。
これならさつきからは見えないだろう。
あまり彼女を怖がらせたくない。
今吉はさつきを囲んでいた野球部員達を睨みつけた。

でも声はあくまで優しく部員達に言う。

「すまんの〜。
青峰の不始末はバスケ部主将のワシの責任や。
クレームならワシが聞くで。」

今吉の気迫に野球部員は青ざめた。
さつきを囲んでいたのは野球部の1・2年生だったが、バスケ部主将で三年生の今吉のことは知っていたらしい、

「すいません…。」
と小さい声で謝った。

「すいませんはこっちの方や。
青峰がなんかしたんやろ?」

今吉は声は優しいまま、相変わらず部員達を睨みつける。

「いえ、もう…大丈夫です。」

「でも自分ら、青峰に迷惑かけられたから桃井に野球部のマネージャーやれ言うとったみたいやないか。
けどなぁ、責任とるのは桃井やのうてワシや。
なんやったらワシが野球部マネージャーしたろうか?」

「本当にすみませんでした…。」

「せやったらもう、桃井を野球部のマネージャーになんか誘ったらあかんよ。
桃井はバスケ部のマネージャーや。」

今吉の細い目が最大限に見開かれる。
背筋を凍らせるようなその目に野球部員たちはもう一度深く頭を下げた。

「まぁ、分かったんならええわ。
せやったら桃井、部活行こか。」
今吉は瞬時に顔を切り替え、優しい先輩の顔になるとさつきの頭をポンと軽く叩いてその肩に自分を手を置いて歩き出す。

グランドを出たところでさつきは今吉に頭を下げた。

「本当にありがとうございました、助けてもらって。
どうしようかと思ってたんです。」

「桃井がのうなったら、ワシらも困るんやわ。
しかし桃井はほんまにもてるんやなァ。
彼氏とか作らんの?」

さつきの謝罪に今吉は笑顔で言う。

「彼氏…ですか?」

さつきは今吉を眉間に皺をよせて見上げた。
だけどそれがなんだか妙に色っぽい。
眉間にしわを寄せた表情が色っぽい高校一年生なんて、そうはいないだろう。

自分を見上げる大きな目はさっきまで男に囲まれた恐怖からか潤んでいるし、腹黒いと称される自分でさえ、勘違いをしそうになる。

「彼氏とかおったら、そうそう変な目には合わんとちゃうの?
桃井はフリーやから、男が変な夢みてしまうんやわ。」
だけどそれを押し隠すだけの余裕も、今吉にはある。

「変な夢…ですか?」

さつきの方は今吉の言ってる事が分からないといった様子で小首をかしげている。
その様子がまた愛くるしくて、いつもこんな可愛い生き物と青峰は一緒におるんかと思うと、腹黒い今吉の腹の内にさらにどろっとしたものがこみ上げてくる気がする。

「そうや。
もしかしたら自分でも付き合えるんちゃうんかとか、そんなん思ってまうんや。
せやから彼氏おった方がええと思うで。
なんやったら、ワシがなったろか?」

今吉は笑った。
その手をさつきの頬に伸ばす。
そのまま優しく頬をなでるけど、さつきはくすぐったそうにするだけだった。
今吉はさつきの頬を撫でながら親指だけを伸ばしてさつきの唇を親指でそっと撫でる。
さすがに唇に触れられたさつきは怪訝そうな顔で今吉を見上げるけど、拒みもしないその顔は今吉には扇情的にしか見えなかった。

こんなことされても拒まんなんて、どんだけ危なっかしいんや、ジブン。

そうは思いつつも、さつきの顔から目をそらせなくて…というより、その顔に引き寄せられるように自分の顔をさつきに近づけようとした時、いきなり今吉の視界からさつきが消えた。

さっき自分が野球部の部員にしたように、今度は青峰がさつきを自分の背後に庇い、今吉の前に立っていた。

「さつき、監督が呼んでる。
来週の練習試合の相手のDVDが手に入ったから見て欲しいらしいぜ、早く行けよ。」
青峰の言葉にさつきは
「え、なんでもっと早く呼びに来てくれなかったの?
もう、ひどい青峰くん!
あと、今日の帰り、忘れてないよね?
ちゃんと買い物付き合ってよ?
今吉先輩、助けてくれて本当にありがとうございました!」
と青峰の背中を軽くたたき、今吉には丁寧に頭を下げて走っていく。

さつきの足音が聞こえなくなったところで青峰が口を開いた。

「なにやってんだよ、今吉サン。」

青峰は今吉をにらんでいた。
ヒーロー参上ってワケかい。

「桃井が野球部に絡まれてたから助けたっただけや。
青峰なんか野球部に迷惑かけたんか?
そのせいで桃井が絡まれてたんや、お前の暴君は板についてるけど、ほどほどにしぃや。」

今吉はわざと大げさに首を振って歩き出そうとする。
その腕を青峰が掴んだ。

「いくらアンタでもさつきに手ぇ出したらキレっぞ。」

高校一年生とは思えない迫力で自分を睨む青峰に今吉は笑みを浮かべていた。

「お前、桃井の恋人ちゃうやろ?
幼馴染やろ?
幼馴染程度に、なんでそんなこと言われなあかんねん。」

「あ?
幼馴染なんてもんじゃねーよ。
オレの隣はさつきのもんだし、さつきの隣はオレのもんだ。
ちっせぇ頃からそれはかわんねーし、これからもかわんねー!」

青峰は自分が言いたいことだけ言うと、今吉に背を向けて歩いていく。

「青峰ー、今日は部活ちゃんと出ろよー。」
今吉はその背中に声をかけたけど、青峰は振り向かない。

遠くなっていく背中を見ながら今吉の顔に笑みが浮かぶ。

「あかんなー、青峰。
ワシ、人にだめや言われることほどやりたなるんや。
火ぃついてしもーた。」

だいたい、あんな綺麗なおひいさん、暴君にはもったいないやろ?
ほんまもんのヒーローちゅーのは、暴君やったらあかんのや。
腹黒の方がまだマシやからな。
そんでまぁ腹黒のワシでもあんな綺麗なおひいさんは大事にするわ。
安心しぃ、青峰。

今吉の頭の中で、どうやってさつきを手に入れるかの姦計が巡り始めていた。

END


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