銀魂

□貴女と、未来の夢をみる
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東城の運転する車で病院に着いてすぐに九兵衛は診察を受け、子宮口が7センチ開いているということで分娩室に入った。
それでも初産だから時間がかかるだろうと医者から言われていたが、拍子抜けするほどあっさりと九兵衛は男の子を生んだ。

九兵衛に付き添っていた北大路は出産時は痛みのあまりに錯乱する女性も多く、そのためにとんでもないことを口走ったり、逆に痛みに苦しむ妻を見て失神する夫もいると父親学級で習ってはいたが、九兵衛は痛そうにはしていても取り乱すこともなく、そして北大路も失神することもなかった。

だけどまれた九兵衛にそっくりな男の子を抱いたとき、北大路は怖くなった。

九兵衛は子供を無事に出産した。
土方十四郎を愛していると言ってはいたけれど、腹の子が大事だと言ってくれた九兵衛。
だからきっと、無理はしなかったのだと思う。
一度、切迫流産を経験してからは、九兵衛は腹の子のために絶対に無理はしなかった。

だけど、子供は生まれてしまえば九兵衛は身軽だ。
産後しばらくは安静が必要だろうけれど安静が終われば徐々に元の生活に戻るだろう。

そして北大路と祝言を挙げてからもずっと男として愛してると言っていた土方十四郎のことは忘れられないはずだ。

男の子…柳生流の跡取りを生み、九兵衛は柳生流を存続させると言う責務は果たした。
これで終わりとばかりに土方の元にいってしまったらどうしよう。
そう思い、怖くなった。

こわばった顔でわが子を見つめる北大路に九兵衛はかすかに微笑む。
北大路は生まれた我が子を抱いたはいいものの、父親になったと言う実感がわかないのだろうと思ったからだ。

腹の中で子供を育て、その動きを感じている母親と違って父親はその存在を常に感じているわけじゃない。
それに幼い子供でも人形を渡せば大半の女の子はそれをかわいがるが、男の子のほとんどは人形などかわいがらないと言う。
それが女の子には生まれながらに母性が備わり、男の子には父性は備わっていないということだと聞いたことがある。
そんなものだろうと九兵衛は思っていた。

一方の北大路は九兵衛は微笑んでいるのを見て、これで土方の元にいけるとほっとしての笑顔なのではないかと思った。
思ったら怖くなり、思わず九兵衛に声をかけていた。

「若…」

「子供が生まれたのに若と呼ぶのはおかしいだろう?
父親が母親を若と呼んでは子も混乱するだろう?
斎、僕は北大路をこれからはそう呼ぶから、北大路も九兵衛と呼んでくれ。」

だけど自分の呼びかけに返された返事に北大路は目を丸くする。
今、この人はなんといったのだろう?

目を丸くしたまま九兵衛を凝視している北大路に九兵衛が言う。
「斎さん、子供の名前はどうするのだ?」

「良也…はどうですか?
ずっと考えていたのです。
最良の人生を歩むなり…で良也。」

「ああ、いい名前だと思う。
それから北…斎さん、敬語もやめろ。
子供のためだ。
物心ついた時、両親が他人行儀だったら、戸惑うようになるだろう。
それなら今のうちから気をつけようと思ったんだ。」

驚きつつも答えた北大路に九兵衛は微笑んで『北大路』ではなく、『斎さん』と呼んだ。
結婚してからもずっと、若と北大路と呼び合ってた。

北大路には九兵衛に対する罪悪感があった。
その時は死んでもいいと思いながら抵抗する九兵衛を抱いたけれど、九兵衛が土方を愛しているのはわかっていたからこうなったことに罪悪感があって。
それでも九兵衛を愛してるから手放せなかった。

そばにいたかったし、九兵衛が自分のそばにいてくれるだけで幸せだと思っていたから。
だけどいつかはこの幸せは壊れるのかもしれないと思っていた。
いつか九兵衛は土方の元に行くんじゃないか、そう思っていた九兵衛が自分を下の名前で呼び、九兵衛と呼ぶようにと言ってくれた。

「北…斎さん……?」
九兵衛の顔をじっと見ていた北大路は九兵衛の顔がいぶかしげにしかめられたことで我に返る。

「我が子の誕生がそんなにうれしいのか…?」
九兵衛の手が北大路に向かって伸びる。
その手が自分の頬に触れたことで北大路は初めて自分が涙を流していたことに気がついた。

「切迫早産とかありました…あったから、無事に生まれてほっとした…」
北大路はそれだけ言うと子供を抱きなおす。

「名前、良也でどうです…どうだろうか?」

「いいと思う。」
九兵衛が笑った。

その笑顔に、北大路は思う。
自分は今、本当に幸せだと。
この幸せを手にするのは本当は土方だったのだと思う。
だけど土方ではなく、自分が手にしてしまった。
申し訳ないと思う。
あの、鬼の副長にも、九兵衛にも。

だからこそ、自分も幸せになって九兵衛を幸せにしよう。

北大路はそう心に決めて
「お前の名前は良也だ。
父上も母上もお前を愛している。
生まれてくれてありがとう。」
と生まれたばかりのわが子に頬摺りしてから、結婚してから初めてのキスを九兵衛の頬に落とした。

九兵衛とこの子と自分とで幸せな家庭を持つ。
そんな夢を見るくらいはいいと思う。

その夢がもしかしたらいつかはさめるのだとしても。

END
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