銀魂

□玉の緒よ
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宇宙に行くまでは九兵衛と部屋にいた高杉だけれど、あの出来事…九兵衛を抱きながら万斉を呼びつけてそれを見せた…の翌々日には宇宙に発ち、それと入れ変わりに万斉は部屋を訪ねてきた。

もう、来てくれないかもしれない。
そんな不安が心にあったから、九兵衛は万斉が部屋を訪ねてきてくれたことが本当に、純粋に嬉しかった。

「少し、やせたでござるな。」
と言いながら自分を抱きしめてくれて、その後チョコレートを渡してくれた万斉に、心の底からホッとした。

九兵衛はあの事については何も言わなかったし、万斉も言わなかった。
だけど、あんなことがあった後だから、どうしたって会いにきてくれた万斉に、好きだとは言えなかった。
あんなことがあっても自分の所に訪ねてきてくれる万斉に、自分を抱きしめてくれる万斉に、自分の体のことを心配してくれる万斉に、好きだと言えなくなっていた。
自分なんかが彼を好きでいていいのだろうか、そんな風に思うようになっていた。

それでも、万斉の存在だけが支えなのは変わらない。
だからいつも同じように三味線を万斉から習っていた九兵衛は
「九兵衛殿。」
と呼ばれて手を止めた。

「なんだ?」
九兵衛は万斉をみる。
万斉の表情は優しいものだった。

「明後日、晋助が戻ってくるそうでござる。
今回で春雨との交渉のほとんどが終わり、あとは晋助じゃなくても平気だということで、拙者が明後日から春雨に行く事になったでござる。
期限は三日ほどでござるが、晋助ももう今までの様にちょくちょく出かけることはおそらくないでござろう。
だからなかなか会うこともできなくなると思うでござる。」

万斉の言葉に九兵衛の手から三味線が落ちた。
万斉はそれを拾うと大切そうに脇に置き、ベッドに座っていた九兵衛の隣に座って九兵衛を抱きしめた。

「だから…これを。」

万斉が九兵衛の左手を取ると、薬指に指輪をはめた。
キラキラ光る石は、ダイヤモンドの様に九兵衛には見えた。

「万斉殿…」
「形に残るものは晋助に分かってしまうと困るからと、今まで渡すのを控えていたでござる。
だけど、今度はいつここにこれるか分からない状態で、九兵衛殿に拙者の事を忘れられないためにも、これを拙者だと思って持っていて欲しいでござる。」
万斉はそう言って九兵衛の唇にキスを落とした。

「前にも言ったが、拙者はどんな九兵衛殿も好きでござるぞ。
だから、それを持っていて欲しいでござる。
今日一日ははめていて、そして明日、その熱帯魚の水槽に敷き詰められている砂利に隠すでござるよ。」
この部屋には、高杉が春雨に行く前日に運び込まれた、熱帯魚の水槽がある。
九兵衛をここから出すわけに行かないが、熱帯魚の世話でもしていれば気がまぎれるだろう、高杉はそう言って水槽を運び込んだ。
その水槽に敷き詰められた砂利に指輪が隠せると万斉は思ったのだ。

九兵衛は万斉の言葉に頷いた。
頷いた九兵衛を見て万斉は微かに笑うと自分の首元を探る。
何をしてるんだろう、そう思って万斉を見ていた九兵衛は、万斉の首からかけられたチェーンに同じデザインの指輪が下がっているのを見て、万斉と同じように微かに笑った。
「拙者も同じものを持っている。
これならお互いを思い出すことができるでござるよ。
そして、これは拙者の誓いでもござる。
いつか、二人でここを出よう。」

九兵衛は万斉の言葉に万斉に抱きついていた。
「あんな所を見ても、万斉殿は僕をそんな風に思ってくれるのか?」

「じゃなかったら、最初から晋助が異常に執着している九兵衛殿を好きになったりはしないでござるよ。」

息ができないほど強く抱きしめられて、だけどその力の強さがそのまま万斉の思いの強さなんじゃないか…九兵衛はそう思った。

剣の稽古をする事もなくなって、楽器をいじるくらいしかしていない九兵衛の体は随分と筋肉が落ちたのを自分でも自覚している。
それでも、九兵衛は万斉の背中に回した腕に力を込めた。
自分の万斉に対する想いの強さが万斉に伝わるようにと願って。

だけど、すぐに万斉の懐で携帯が鳴って、二人は離れる。

「はい。」
「万斉様、来客です。
春雨から、晋助様の使いだとおっしゃる方がいらしてます。」
電話の向こうで告げられた言葉に万斉はため息を堪えて返事をする。
「分かった、すぐにいくでござる。」

電話を切った万斉は九兵衛の唇にキスを落とす。

「今日はもう、多分ここにはこれないでござる。
もしかしたら、明日も。
そのまま春雨に行く事になるかもしれないでござる。」
「無事にここに戻ってきてくれ。
万斉殿…」
九兵衛はそう言うことしか出来なかった。

次はいつ、万斉に会えるか分からない。
高杉があんなことをしたのは自分と万斉の関係を勘繰っているからだろうし、もしかしたら自分と万斉を引き離すために、高杉はもう出かけずにここにずっといるかもしれない。
高杉がここにいれば、万斉はここにくる事は出来ないのだから。

それでも、万斉が無事で生きていてくれたら、それでいい。
九兵衛は、そう思っている。

高杉とあんなことをしている自分の姿を万斉に見せる事になった自分が言っていい言葉だとは思えない。
だけど、それでも伝えたい。
次はいつ会えるか分からない大事な人に、大事な気持ちを。

「無事でさえいてくれたらそれでいい。
僕は万斉殿を愛してるから。
だから、夢だけはずっと見てるから。
いつかここを、万斉殿と二人で出て行く夢を。
愛してる。」

「拙者も愛してるでござるよ。」
万斉は九兵衛にもう一度キスをする。

その時、また万斉の携帯が鳴った。
「だから今…分かったでござる。」

部下から自分を急かすための電話かと思ったが、告げられたのは高杉が予定より早いが帰ってきたということだった。

「九兵衛殿、予定より早いが、晋助も帰ってきたそうでござる。
早くその指輪を隠すでござるよ。
それじゃ、また。」

万斉は九兵衛の髪を掬い上げ、そこに口付けると部屋を後にする。
その間際に思わず呟いていた。


「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする。」


無事でいて欲しい、九兵衛は自分にそう言った。
二人でここをでる夢を見ている、そうも言った。
だけど、それでも思わずにはいられない。


玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

この恋を忍ぶ事にいつか耐えられなくなるくらいなら、いっそ今、消えてしまいたい


いつかこの恋を忍ぶ事に耐えられなくなる日が来たら、それはきっと、彼女との永遠の別れを意味するから。
だったら、そうなる前に消えてしまえたら…。
できるなら、二人で一緒に。
そんなこと叶わないけれど。

万斉は自分が自嘲的な笑みを浮かべている事も気が付かず、そして九兵衛の悲しげな瞳にも気が付かずに、その部屋のドアを閉めた。
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