銀魂

□花魁道中・捌
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簡単に負かすことができるだろうと思ったけど、九兵衛は強かった。

襦袢姿といえ、動きやすさは真選組隊服姿の自分の方が上だったはずなのに、彼女はとにかく早かった。
最終的には伊東が九兵衛の腕を障子紙で叩いたことで勝ったけど、多分、勝ったのではなく『勝たされた』のだと思う。

「あなたは本当に面白い女性だ。」
それは伊東の素直な感想だった。
江戸一番の花魁と謳われて、芸も教養も何もかも右に出るものがいない、そう噂されている花魁が剣までこんなに強いなんて思わなかった。

そんな伊東の頬を九兵衛が両手で挟みこんだ。
さっきまで自分と向かい合って打ち合ってた時の凛々しさは今はどこにもない。
慈愛に満ちた顔で自分をじっと見つめ、九兵衛は言った。

「伊藤様は本当に一生懸命、努力したんでありんしょう。
向かいあっただけで伊藤様がどれだけ努力をしてきたか、分かったでありんす。
きっと伊藤様なら剣だけではなく、全てにおいて全力で努力したんでありんしょう。
その結果の、真選組参謀でおざんしょう。
すごいでありんす。
土方様は確かに、伊藤様をよくは思っておりんせん。
けど、それは嫌いやからではありんせん。
伊藤様、好きの反対は無関心でありんす。
嫌いではありんせん。
土方様が伊藤様をよう思ってないのは、伊藤様の実力を認めてるからでありんす。
伊藤様を認めてるから、伊藤様を嫌っているんでありんしょう。
あなたを認めてくれる方はちゃんといるでありんす。
それに近藤様は確かに馬鹿正直で情に流されやすく、上に立つには向かない人かもしれんせん。
けれど、どんな人も受け入れるその度量の広さ。
なかなかできることじゃありんせん。
伊藤様を認めてくれる人がいて、いつでも伊藤様を受け入れてくれるお人もいる。
わっちも伊藤様は頑張って頑張って、自力で今の地位を手に入れたすごい方だと思ってるでおざんす。
あなたの『本当に』欲しいものは、ちゃんとここにあるでおざんす。」

九兵衛はそういうと伊東のメガネを外した。
「大切なものは目に見えないんだそうでおざんすよ。
だから、目じゃなく、心で見てみたらどうでおざんしょ?」

なんなんだ、この女…!
なんで僕が渇望してるものがこんな簡単に分かるんだ?!

伊東は目頭が熱くなった気がして反射的に手で目元を覆おうとした。
けど九兵衛がその手をやんわりと押さえ込んだ。

「そうやって押さえ込まんと、一度全部吐き出してしまいなんし。
もう二度と会うこともない遊女になら、全部吐き出してもいいでおざんしょ。」

九兵衛の言葉に伊東は目を見開く。
なんなんだ、この女。
本当になんでこんなことがいえるんだ?
実親でさえ、こんなこと言ってくれたことないのに…。
呆然と九兵衛を見ている伊東の顔に九兵衛の顔が近づいてくる。

「頑張ったね。
よくここまで頑張ってきたね、一人で。
でももう、鴨太郎は一人じゃないよ。」
九兵衛は伊東の頬をそっと撫でた。

なんだ、この女は?
さっきまであんなに凛々しい姿で自分と向かいあって障子紙を振ってたのに、なんでこんな優しい顔で、聖母みたいな顔で僕の一番欲しかった言葉をいとも簡単にいえるんだ?!

生まれてから今までずっと、誰も僕を認めてくれなかった。
どんなに努力しても。
どんなに頑張っても。
それをこの女、こんな簡単に…。

伊東は呆然と九兵衛を見つめることしかできなかった。
九兵衛は伊東の髪にそっと触れ、今度は頭を撫でた。

この人は自己顕示欲が強い人だ。
九兵衛は打ち合っててそう思った。
自己顕示欲が強いということは、すなわち誰かに認めてもらいたいということだ。
それから、伊東からは孤独さも感じた。
孤高を装っているけど、本当は誰より孤独を恐れてる…なんとなくだけどそんな感じがした。

池田屋に売られてきてからの自分も孤独だった。
九兵衛は13才で池田屋に売られて引込禿になったけど、本来の引込禿はもっと幼くして売られてきた子の中から7・8才くらいの時に楼主が見込みをつける。
池田屋では、大体15才くらいで新造出しをするから、引込禿にするには13才の自分は年をとりすぎていた。
それなのに引込禿なんて特別扱いだったから、回りも自分を遠巻きに見てる…そんな感じだった。

だから、伊東の孤独に対する恐れが分かる気がした。

十四郎と再会してからは孤独だとは思わなくなったけど、この人は寂しすぎて自分の殻に閉じこもってるような気がした。
それが変な方向に行ってクーデターなんて起こされたら…土方にそういう苦労はして欲しくない。
それに伊東に自分を重ねてしまったのもある。

九兵衛はそのまま伊東の頭をそっと抱いた。
伊東は思わず九兵衛の背中に腕を回していた。
誰かに抱きしめられるのがこんなにあたたかく、心地よいものだとは思わなかった。
母に抱かれたことなど一度もなかったから知らなかった。

「あったかい…」
思わず呟いた言葉に九兵衛が
「そうでおざんすか。」
と言ってもっと強く自分を抱いてくれた。

「近藤君や土方君や沖田君があなたのもとに通いつめるのが分かった気がする。
僕は双子だったんだ。
双子の弟で兄がいるんだけど、兄は病弱で両親は兄にかかりきりだった。
僕は次男だったから、勉強ができても、剣術が上手くても、両親は『次男の出来がよくても意味はない』と言っていた。
僕は両親に自分を見て欲しくて頑張ったけど、どんなに頑張っても両親は僕を見てくれなかった。
それどころか、周りに疎まれるだけだった。
僕はただ、両親に…誰かに認めて欲しかっただけなのに…。」

「もう今は、あなたを認めてくれる人も受け入れてくれる人もいるでおざんしょう。」
九兵衛はそう言ってにっこりと笑った。

その笑顔を見た瞬間『彼女が欲しい』と思った。
いきなり強くこみ上げてきた衝動に突き動かされるように、伊東は九兵衛を抱き上げた。

そのまま寝具まで運んでそこに九兵衛を下ろす。

「伊藤様?」

「あなたが欲しい。」

直球な言葉に九兵衛はわずかに笑みを浮かべて返事をする代わりに伊東の唇に自分の唇を重ねて吸った。
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