銀魂

□天女に恋したおまわりさん
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出稽古から柳生家に帰る途中で九兵衛は見知らぬ女性の軍団に囲まれた。
逆ナンパだったらしい。

むさくるしい男よりは綺麗な女の子の方が好きだけれど、女子の集団に囲まれて、しかも相手は明らかに自分を柳生九兵衛と知って下心ありで接近してきたのが分かったので、九兵衛は辟易して、適当にそれをあしらい、裏道から家に帰ることにした。

男でも女でも、『柳生』という名前に対する下心があるものは、九兵衛は苦手だ。

四天王から、裏柳生の襲撃などを受けたら大変だから人気のない道は歩かないようにと言い含められていたけど、あんな風に囲まれるくらいならと九兵衛は横道に入り、人通りのない道を足早に歩いていた。

そこで、見知った隊服姿の男が道端にしゃがみこんでいるのを見つけ、九兵衛はその男に
「土方くん、こんなところで一体何をしているんだ?」
と声をかけた。

その男…土方十四郎は、九兵衛に声を掛けられたことで大きく肩を震わせた。
そしてゆっくりと振り返った。

その顔は明らかにしまったというような顔をしていて、九兵衛は訝しく思い、
「どうしたんだ?」
と土方に近寄っていく。

そして気がついた。
土方が子犬を抱き上げていることに。
そして、道端には大量のマヨネーズがとぐろを巻いていた。

「…君は一体何をしているんだ?」

「うるせーな、別に俺はこんな毛玉、可愛いなんて思ってねーよ!
可哀想だから餌にマヨネーズをやろうなんて思ってねーよ!」

土方は凶悪な顔で九兵衛を睨むが、その言葉に九兵衛はこいつはバカなんじゃないだろうかと真剣に思った。

「そうか、君はその子犬を可愛いと思い、お腹を空かせていたら不憫だとマヨネーズを与えたんだな。
だけどそんな子犬に…いや、動物にマヨネーズを与えるのはあまりよくないと思うぞ。」
こんな頭が悪い男がよくも真選組の頭脳なんて言われているな…九兵衛は内心でそう思いながら土方に告げた。

「だからァァ!
俺はこんな毛玉可愛いなんて思ってねーよ!」

「わかった、わかった、それでその可愛い毛玉は捨てられていたのか?」

九兵衛はそういいながら土方の隣にしゃがみこんで、子犬を覗き込んだ。

「捨て犬らしいな。」
子犬の首には小さなプレートがついていた。
そこには子供がかいたような文字で拾ってくださいと書いてあった。
「こんな人気のないところに捨てても、誰かが拾ってくれるとは思えないのだが…。
そこまで思い至らなかったのだろうな。
抱かせてもらっていいか?」

九兵衛の言葉に、土方は素直に九兵衛に犬を渡した。

「くぅーん…」
犬は小さな鳴き声を上げて九兵衛を見る。

「ひとりぼっちは寂しいよな?
僕と一緒に来るか?」
九兵衛は優しげな瞳で子犬にそう言って、そっと抱きしめた。

土方はその様子に普段から開き気味な瞳孔をさらに開いた。
自分の知っている柳生九兵衛は男顔負けに強く、優しい女の子になりたかったと言って泣いていたのに未だに男として生きている、侍だ。
だけど今の九兵衛は優しげな目で犬を見て、そっと犬を抱きしめていた。
道着姿で腰に刀を差し、竹刀の入っているだろう袋を担いでいても、その表情は優しい女でしかない。

「くぅーん…」
犬はもう一度鳴いた。

「そうか、それじゃ僕と一緒に来い。
お前の名前はなんにしようか?」
九兵衛は抱きしめていた犬を自分の目線の高さまで持ち上げ、目を合わせて微笑んだ。

土方は自分でも頬にカッと血が上ったのが分かった。
なんだ、今のこの女の顔は…!
まるで菩薩みてーな顔してたぞ…!
そう思って、九兵衛の顔に釘付けになっていた土方の方を、急に九兵衛が振り返った。
「土方くん、君確か、トシとかよばれていたな、近藤くんに。」

九兵衛にいきなり聞かれて、土方は九兵衛を菩薩みたいだと思い、見とれていたことなど悟られないように普段の数倍そっけなく、
「ああ、俺の名前は十四郎だからな。」
と答えた。

「そうか、それじゃお前は土方くんに見つけてもらったから、土方くんから名前をもらってトシにしよう。
トシ、一緒に帰ろう。」
九兵衛はそう言って、子犬に頬ずりをした。
子犬が九兵衛の頬を舐める。

「やめろ、トシ!
こら、くすぐったいってば!」
九兵衛は笑い声を上げながら子犬を抱きしめた。

「可愛いな、トシは。」
九兵衛の言葉に土方の頬に血が上る。
自分でも、顔が真っ赤になっているだろうと思った。

「それじゃ土方くん、僕はこれで失礼するよ。
君、顔が赤いけど、風邪でもひいているんじゃないか?
病院に行くことを勧めるよ。
だけどその前に、そのとぐろを巻いてるマヨネーズは片付けておいた方がいい。」

自分を赤面させたのは九兵衛だと言うのに、九兵衛は土方にあっさりとそう言い放ち、犬を抱き上げたまま立ち上がった。

「それから土方くん。
君は毛玉なんかかわいくねーと言ったが、もしその毛玉に会いたかったらいつでも柳生家に来るといい。」

九兵衛の言葉に土方は思わず九兵衛を見上げていた。
自分はしゃがんだままで九兵衛は立っていたから自分が九兵衛を見上げる形になった。

「マヨネーズは動物にはよくないが、それでもトシに餌をやろうとした君の優しさはトシも分かっているよ。
もちろん、僕も。
だから、会いたくなったらいつでもくるといい。
待っているよ。」
九兵衛はそう言って微笑んだ。

慈愛にみちた笑顔は土方が今まで生きてきた人生の中で見たものの中でも一番美しく、もはや菩薩を超えている。

俺は今、天女と向かい合ってるんじゃねぇの?
土方は、本気でそう思った。
九兵衛の凛々しい道着姿も土方には美しい羽衣にしか見えなかった。

「それじゃ。」
九兵衛は土方に向って頭を下げ、きびきびとした足取りで歩いていく。

その後姿を土方は呆然と見つめていた。
揺れるポニーテールは太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。
髪の一本一本すらあんな輝いているんだ、やっぱりあいつ天女だったんだな。
土方はぼんやりとした頭で本気でそんなことを思っていた。


その日のうちに、土方はドッグフードの大袋を持って、天女に会いに行った。
天女は子犬と小猿を両手に抱え、土方を迎えてくれた。

次の日の土方は、やはりドッグフードの大袋と、小猿用に大量の果物を持って、天女に会いに行った。

天女は困ったような顔で
「土方くん、トシはまだ子犬だからそんなにたくさん餌を食べないし、じゅげむはモンキーフードと果物を半々くらいで食べさせているから、そんなに果物を持ってこられても食べきれないよ。」
と言うので、翌日は天女のために綺麗な髪飾りとお菓子を持っていった。


おまわりさんの目的は天女以外の人にはバレバレだった。

だけど、天女も実はおまわりさんが訪ねてくるのを楽しみにしてることを知っているのは子犬のトシと小猿のじゅげむだけだった。

天女に恋したおまわりさんの想いが報われる日は近い。


END

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