銀魂

□幸せのイロVer.万斉
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「晋助、お客様がいらしてる。」

九兵衛に声を掛けられ、高杉は他の道場に移る子供のために書いていた推薦状から顔を上げた。

「誰だ、生徒の親か?」


高杉と九兵衛が柳生家に帰った時に輿矩から一年以内にはこちらに戻って来れないだろうかと言われて、高杉はそれに頷いた。

京都の道場に未練がないわけじゃない。

だけど、三年以上も音信普通だった自分を輿矩は受け入れてくれるのだ。
それに桂や銀時に会って懐かしさを感じないわけでもなかった。

だから、京都の道場はたたむことにして、それを子供達とその親に告げなければならなかったし、子供達の次の道場が決まるまでは責任を持って面倒を見たいと思い、高杉は九兵衛と陽一と共に京都に戻ってきていた。

そして道場をたたみ、江戸に戻る時遂げた時に驚いたのは、親達の中に自分達が高杉晋助と柳生九兵衛で、おそらく駆け落ちしてきたんだろうと分かっている人が居たということだ。
それでも自分達を受け入れてくれていた事に、高杉も九兵衛も感謝してもしきれなかった。

「帰れることになってよかったね。」
「認めてもらえてよかったね。」
親達はそう言ってくれたのだ。

だから高杉も九兵衛も、次に通う道場のことなどでできるだけ親達の相談に乗っている。
他の道場に移る人には推薦状を書いている。

そして一部の親から、道場をたたまずに柳生家から高杉先生の代わりに他の誰かを派遣してもらえないかという声もあり、それについては、輿矩に相談しているところだった。
だからそういう件で子供の親が訪ねてきたのかと高杉は思ったのだ。

「違う。
万斉殿が訪ねてきた。
仕事で京都に来たから寄ったんだそうだ。
今、居間で陽一の相手をしてくれている。」

九兵衛の言葉に高杉は

「分かった。
あと少しでこれが書き終わるからそうしたらすぐに行く。」
と答える。

「僕は陽一を万斉殿にまかせきりには出来ないから戻る。」

そう言って出て行った九兵衛の背中を見送り、高杉は推薦状に視線を戻した。


柳生家に行った時に桂や銀時には会ったけれど、万斉には会ってこなかった。
自分で組織した鬼兵隊を率いてクーデターを起こしながら、その最中に九兵衛とどこかに消えてしまい、鬼兵隊のbQだった万斉には負担をかけたと思う。

だけど万斉は新政府の参議にまでなった。
それがどんな苦労を要したか、想像はつく。
なのに万斉に謝罪すらしていない。

会いにくかったのもあった。
だけど会いに来てくれたのだから、きちんと謝罪をしなければいけないだろう。

九兵衛はいつも言っている。
「悪いことをしたらごめんなさい。
いいことをしてもらったらありがとう。
親がそれを率先して言えないでどうする?
それで陽一と生徒達を育てられると思うのか?」
と。
万斉に負担をかけたのは事実だ、きちんと謝罪しなければ。

そして鬼兵隊のbQだったにも関わらず参議になった万斉のこともねぎらわなければ。


高杉は推薦状を書き終えると、居間に向う。

ふすまを開けようとした高杉は手を止めた。

「本当にすみませんでした。」
九兵衛の声が聞こえたからだ。

「九兵衛殿…頭を上げるでござる。」
万斉の声も聞こえる。

「本当にすまなかった。
鬼兵隊の高杉晋助を僕はあの時、強引に連れ出してしまった。
晋助が消えた後の万斉殿の苦労に思い至ることもせずに…。
本当に申し訳ない。」

「別にそんなもの、苦労でも何でもござらぬ。
攘夷活動は拙者の意思で拙者自身が行ったこと。
そこに晋助がいるかいないかは関係ない。
それになんとなく、晋助は鬼兵隊より大事なものを見つけたのだろうと、あのクーデターを起こす前から思っていたでござる。
拙者にはまだそんなものは見つかっていないでござる。
だから、あのクーデターの後、参議にもなった。
けれど、晋助はそれより大事なものを見つけ、自分の手でそれを選び、守っていくことを決めただけのこと。
九兵衛殿が謝ることではないでござる。」

万斉の言葉に高杉はふすまをあけることが出来なかった。

「万斉殿…」

「拙者はまだ、そういうものに出会ってないでござるが、それでも愛する女との間に生まれた子供はさぞ可愛いでござろうな。
他人の子でもこんなに可愛い。」
万斉はそう言って陽一を抱き上げたのだろうか、陽一が
「にぃに!
しゅごい!
たかい!」
と笑いながら言ってるのが聞こえる。

恨まれても仕方ないと思っていた。
あんなクーデターを計画して実行し、その途中で消えてしまった自分は、万斉に恨まれていても仕方ないと思っていた。
思っていたのに…。


高杉はふすまを開ける。

そこには上座に座って陽一を抱き上げて笑っている万斉と、そんな万斉と陽一を笑みを浮かべてみている九兵衛が居た。

「久しぶりでござるな、晋助。」

陽一を抱き上げ、笑顔で自分にそう言ってきた万斉に高杉も

「ああ。
久しぶりだな。」

と答えていた。


つもる話もあるだろう、そう言って九兵衛は高杉と万斉を二人きりにしてくれた。
夕食だけは四人で一緒で食べたけれど、酒とつまみを出してくれた後、
「客間に布団は敷いてあるし、風呂もいつでも入れるし、新しい浴衣も出してあるから、泊まっていっても大丈夫。」
と言って、九兵衛は陽一と一緒に寝室に行ってしまった。

高杉は万斉と昔話が弾んで、気がつけば日付は変わっていた。

「急ぎじゃないなら泊まっていけばいいじゃねェか。
九兵衛もそのつもりで準備してる。」

そう言った高杉に万斉は笑った。

「そうさせてもらうでござる。
それにしても…晋助は変わったでござるな。
随分と穏やかな音色を奏でるようになったでござる。」

「ああ、あいつらのお陰で穏やかに暮らしてるからな。」

「晋助はきっと、ずっと大事なものを作るのが怖かったのでござろう。
大事なものができて、それをまた失うことがきっと怖かったのでござろうな。
だけど、大事なものは作ろうと思ってできるものではなく、できてしまうものなのでござるよ。
そして大事なものができたら、晋助の中をのた打ち回る獣もいなくなったでござろう?
晋助はもしかしたらずっと、ずっとそういう存在を求めていたのかもしれぬな。」

万斉の言葉が胸に響く。
そうかもしれない。
松陽先生をこの世界が奪っていった時、この世界を許してはいけないと思った。
世界を壊す…そう思ったのは、また大事なものができてそれを失う前に、全てを壊してしまえば大事なものなんかできないと思ったからかもしれない。

だけど自分には、また大事なものができてしまった。
そうしたら自分の中の獣はのた打ち回るのをやめた。

もしかしたら自分の中をのた打ち回っていた獣は大事なものが欲しい、誰かを愛したい、そういう自分の渇望だったのかもしれない。

「九兵衛殿が一緒なら、幸せでござろう。
真っ黒い闇も、怖くはないでござろう?」

万斉の言葉に高杉は

「ああ。
明けねぇ闇はねェんだとあいつが俺に教えてくれた。」
と頷いた。

そういえばそうだ。
ずっとずっと自分は黒い闇の中にいるような気がしていた。
松陽先生が奪われてからずっと、そこでもがいていた。
全てを許せなくて。

だけど、今は闇は怖くない。
闇もいつかは明けるものだと、九兵衛が教えてくれた。
光が射すのだと教えてくれた、九兵衛が。
そう思ったら、闇は怖くない。

「いつか、拙者もそういうものに出会えるだろうか。」

「ああ、大丈夫だ。
俺でさえ、出会えたんだからな。」

高杉に言葉に万斉が笑った。

あんなに過激なことをしていた自分を昔の仲間…桂や銀時はまだ受け入れてくれた。

そして、あんな過激なクーデターを起こしながら途中で消えた自分を、万斉は笑って受け入れてくれた。

絶望したからといって希望がないということはない、そう知ることができた。
明けない闇はない。
だから暗闇も怖くない。
そう自分に思わせてくれた九兵衛と陽一が、愛しくて仕方ない。

「江戸に戻ってくるのを待ってるでござるよ。
拙者、晋助がどんな顔で先生をしているのか、今からそれを見るのを楽しみにしてるでござる。」

「万斉、俺をからかうんじゃねェ。」
家の外には黒い闇が広がっている。
だけどそれすらも美しい…そう思うのはそれを教えてくれた人がいるからだ。

だから、自分はこれから先、もう二度と。
迷うことはないだろう。


結局、高杉との話が弾んで布団に入ったのは深夜三時近かった。

晋助は代わった、万斉は肌触りのいい、新品の浴衣に着替えて布団に潜り込んでからそう思う。

あれが鬼兵隊の高杉晋助だと、誰が信じるだろうか?
鬼兵隊だった頃の晋助は常に全てを憎んでいた。
世界を憎んでいた。
自身を蝕むその黒い感情すら受け入れて、自分の大事なものを奪った世界を憎んでいた。

その禍々しいほどの黒い感情が今はすっかり抜けている。

明けない闇はないとあいつが教えてくれた、そんな事まで言ってしまうのだ。
黒かった晋助の禍々しい感情が消えて、あんな風に穏やかになるなんて。

人の愛情というものはすごい、と万斉は思う。
この家には、きっと愛が満ちているんだろう、そう思うと自分まで幸せな気分になる。
黒い闇も、愛で満たされれば明るく見えるのだ。

だからいつか自分もそういう人に出会えたらいいと思う。

そして晋助にはずっとずっと幸せでいて欲しい、そう思う。
それが、鬼兵隊のbQとして攘夷活動をしてきた自分でも幸せになれるのだという希望だから。

END

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