銀魂

□君の手を
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今、目の前で自分の傷の手当をしてくれている、道着姿の女性が本当の母親だとは知らず、だけどそれでも本能でなにか感じるものがあるのか?
柳生勝護はぐずぐずと泣きながら、その女性…将軍家御台所であるお愛の方こと柳生九兵衛に
「もう稽古なんかやだよぉ…」
と泣き付いているのを土方はじっと見ていた。

九兵衛が、まだ生まれたばかりの長松君を柳生家に残し、一年の予定の里帰りを数日で切り上げて帰ってしまってから、四年が経っていた。
九兵衛は双子の息子に勝護と優護いう諱をつけていた。
これから両親や兄弟と離れて、柳生流という剣術の名門を継がねばならない、厳しい運命が待ってる長松には負けることがないように、そしてどんなものからも自身の誇りを護り通せるようにと勝護、徳松には優しくてやはり自身の誇りを護り通せるようにと優護。

徳松君の方はまだ優護と呼ばれることはないが、長松君のほうはもう勝護と呼ばれている。
柳生流の嫡男だ、将軍家で母に養育されている徳松とは置かれている立場が違う。
同じ兄弟なのに…。

だけどそんな勝護に九兵衛は自分の身分をかくして月に三回ほど会いに来ていた。
その時だけは竹千代君も徳松君も連れず、将軍家に嫁ぐ前と同じように、長い髪を高い位置で一つに括った、凛々しい道着姿で、真選組の数人だけを護衛につけて、お忍びで。
母と名乗れず、柳生流の門下生の一人として勝護と接しなければいけないとわかってはいても、名乗れないわが子に会いに来る。

「手当てが終わりましたよ。
もう、痛くはないでしょう?」
九兵衛は泣き言を言ってる勝護を抱きしめる。

「お姉ちゃん、なんで僕はこんなに厳しい稽古をしなくちゃいけないの?
僕は好きで柳生家に生まれたんじゃないのに…。
父上も母上も死んじゃって、おじいさまとひいじいさまに育てられるような家に、僕は生まれたくて生まれたんじゃないのに…。」
勝護は九兵衛の笑顔に気が緩んだのか、小さな手で九兵衛の道着を握って泣き始めた。
勝護は父も母も勝護が赤ん坊の頃に亡くなってしまったと輿矩と敏木斎に言われてそれを信じている。
そして九兵衛を、柳生流の門下の道場のうちの一つの跡取りで、親戚に当たる女性であると教えられている。
だから、こんな風に甘えられるのだろう。

九兵衛の後ろに控えていた東城がその様子を見て涙を拭っている。
九兵衛の目にも光るものがあるのを、土方は確かに見た。

けれど九兵衛は勝護に見えないように唇を噛み締めた後、
「勝護様、人にはそれぞれ背負った宿命というものがあります。
それはみんながみんな、望むようにはなっていないものなんですよ。
僕も昔は、なんでこんな厳しい剣の稽古をしなきゃならないんだろうと思っていました。
僕の家も剣術をやっている家でしたから、やはり幼い頃から稽古をしなければならなくて…。
その上、僕は女だったので、男として育てられました。
僕も自分で望んだことじゃなかったけど…。
でもこの世にそんなことはたくさんあります。
それでも、そんなものには負けない人になって欲しい、僕は勝護様にはそうあってほしいと願っています。」
九兵衛の手が優しく勝護の頭を撫でる。

「お姉ちゃんはそうやって剣の稽古を小さい頃からずっとしてきて、今は強いの?」
勝護は九兵衛に抱きついたままでそう聞いた。
「どうでしょう?」
「お姉ちゃんの剣が見てみたい。」
勝護の言葉に九兵衛はかすかに笑った。
「そうですか、それでは勝護様の仰せの通りに。
相手はいかが致しますか?」
「東城!」
勝護は九兵衛に抱きついたまま、東城の名前を呼んだ。
「東城は柳生四天王の筆頭なんだ。
おじい様より強いんじゃないかってひいおじい様が言ってたよ。」

その言葉に九兵衛は顔を緩ませる。
自分が将軍家に嫁いだからそういうお付き合いで忙しく、パパ上は剣の稽古なんかしていないんだろう、そう思った。
「それでは、東城さんと手合わせしてきます。
勝護様、僕は東城さんに必ず勝ちます。
だから、しっかりとその目に僕の剣を焼き付けて下さい。
そして、自分の宿命から逃げないで下さい。」
九兵衛は竹刀なんか似合わないたおやかな白い手で勝護の頭を撫でると、立ち上がった。

俺も、こいつの姿を脳裏に焼き付けておこう。
土方はそう思いながらずっと九兵衛を見つめていた。


城に戻る途中のパトカーの車中。
パトカーを運転するのは山崎。

土方は九兵衛と一緒に後部座席に座っていた。
本来なら御台所と同じ座席に座るなどありえない事だが、土方と九兵衛の関係を知らない将軍は、土方は二度も九兵衛の命をを救ってくれたと恩人だと思っている。
だからこのお忍びでの柳生家への里帰り、将軍は土方に片時も九兵衛から離れるなと命じていた。
それで九兵衛と一緒に並んで座っていた。

「お前、全然腕が衰えてないな。
今だに城でも稽古してるのか?」
土方は先ほどの九兵衛と東城の手合わせを思いだしながら聞いていた。

九兵衛は強かった。
東城は手を抜いているようには見えなかった。
だけど九兵衛はあっという間に東城から一本とった。
それを見て勝護は驚いたあと笑い、
「僕も頑張る!」
と言い、九兵衛は勝護の笑顔に満足げに微笑んでいた。

「大奥は基本的に男子禁制だから、なにかあった時のためにと、希望者と一緒に稽古をしているんだ。
まだ何も分からないはずの子々(ねね)も、面白そうにその様子を見ているよ。」

九兵衛は二年前に、長女を出産した。
幼名を子々姫と名づけられた姫君は、初めての女の子ということで、大事に大事にされているのを土方も知っている。
だけど、いずれこの姫君も政略結婚の道具になることも土方には予想が付いていた。

将軍家の姫君は、恋をしてその人と結婚することなど望めないのだ。
将軍家に嫁いだ九兵衛がそうだったように。

あの結婚が、九兵衛の運命を変えた。
自分の運命も。
だけど、変わらないものもある。
自分の九兵衛に対する想いだ。
それだけは絶対に変わらない。
そして、九兵衛の自分に対する想いも変わらないのだと信じたい。

「君の方は、相変わらず忙しいみたいだね。
この間も攘夷浪士を一斉検挙したってうわさで聞いたよ。」
九兵衛の言葉に土方は
「ああ、まぁな。」
とだけ答えた。

「怪我とかにはくれぐれも気をつけてくれ。
君には元気でいて欲しいんだ。
生きてて欲しいんだよ、これからこうして会うことができなくなったとしても…。」
山崎は土方と九兵衛の会話を聞こえないふりをする。
鬼の副長がずっとずっと今も想い続けている女性だ。
他の人の子を産んでも、その子も含めて守りたいと思っている女性と、ほんのつかの間の二人きりで話ができる時間なのだから。

九兵衛は、隣に座る土方の大きな手にそっと触れる。
剣だこがある、大きな手だ。
自分の手とは全然違う。
「君はこの大きな手で、色々なものを守っているんだな。」
「ああ。
でも、俺が何よりも守りたいと思うのはお前だけだ。
今までも、これからもずっと。
俺は絶対に戦いの中で死んだりしねぇ。
お前を守りてぇからな。
今までもこれからもずっと、俺が愛する女もお前だけだから。」
「ありがとう。
僕も愛してる。
君を愛してる。」

九兵衛は土方の大きな手をそっと自分の頬に押し当てる。
剣だこの固い感触と、温かい手のぬくもりに九兵衛はやっぱりこの手を、この人を、世界で一番愛してる…心からそう思った。

END

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