銀魂

□山崎退の憂鬱
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副長である土方十四郎直々の命を受けて調べていたことの報告を終えた山崎は、その流れでなんとなく土方と一緒に屯所の食堂で食事を取ることになった。

と言っても土方は朝、恋人である柳生九兵衛から届けられた九兵衛手作りの弁当を食堂に持ち込んで、山崎は普通に食堂で食事を選んで、一緒に食べている。
食べながら内心で
『弁当あるんだから食堂に来ないで自分の部屋で食えばいいんじゃないだろうか?』
と思うが、切腹を申し付けられてはたまらないので口には出さない。
さすが副長直属の監察を長年しているだけの事はある。
だから山崎は土方とたわいない話をしていた。

それをさえぎったのは、
「副長、今日も弁当っすか?」
「いいな、マジ羨ましいっす。」
「柳生の若様、セレブなのに毎朝、副長のために弁当届けにきてくれるなんて、副長にベタぼれなんすね〜。」
と言いながら、自分達の向かいに座った三人の若い隊士だった。

「ああ、まぁな。」
土方はさらっと認めながら、弁当を口に運ぶ。
「柳生の若様、デートの最中に副長が緊急の仕事で呼び出されても文句も言わずに、行ってらっしゃい、気をつけてって言ってくれるって聞きましたよ。」
「まぁ、文句なんか言われたことねぇな。」
土方は箸を置いてお茶を口にする。

「ちょ、マジっすか?!
すげぇなぁ。
副長、ちょっと相談乗ってくださいよ!
俺の彼女なんか、非番で会ってる日に急な事件が入って呼び出されると超キレて、一週間はメールも電話もシカトするんすよ〜!
どうすりゃ、柳生の若様みたいに仕事に理解のある彼女になってくれるんすかね?」

「そんな理解のない女はお前の方から捨ててやりゃぁいいんじゃねぇの?
俺もあいつがそんな女だったら、さっさと別れてたな。」

土方の言葉に山崎は口に入っていたものを思わず噴出しそうになるのを必死で抑えた。

山崎は知っている。

以前、攘夷浪士が立てこもり事件を起こした時、土方は非番で九兵衛と会っていたけど、すぐに土方にも連絡が行って召集がかかった。
その時、山崎はちょうど警邏に出ていたので、パトカーで土方を迎えに行ったのだ。

土方と九兵衛は裏路地にある小間物屋にいると言っていたので、山崎は大通りにパトカーを止めて小間物屋の前までは歩いていくことにした。

小間物屋まで歩いていく途中に、
「真選組の副長がそんなことでどうする?」
という九兵衛の声が聞こえ、山崎は一体何の話だろうと思って、思わず気配を消して声のした方を伺った。
「そういうけど、せっかく会えたのに…。
非番なのに呼び出しってふざけんなってお前だって思うだろ?!」
そこには九兵衛と土方がいて、土方は九兵衛にそう訴えていた。

「僕は自分の恋人が真選組の副長であること、そして真選組の仕事の内容も、きちんと理解している。
仕事だから仕方ない。
ふざけんななどとは思わない。
僕も幕府に仕える身だ、同じように幕府に仕えている君を誇りに思っている。」
きっぱりと言い切る九兵衛に
「お前は俺に久しぶりに会えたのに、仕事で会えなくなって寂しいとか思わないのかよ?!」
と土方は食い下がっていた。

あの副長が、攘夷浪士に鬼と恐れられてるあの副長が、今までは非番であろうと事件が起こったと連絡をすればすぐに駆けつけてきた副長が、仕事に行きたくないといって自分より年下の恋人に諌められているのだ。
山崎はあごが落ちそうになるほど驚いていた。

「まぁ、8時過ぎても事件が解決しそうになかったら、その時は差し入れに行くから。
だからほら、しっかりしてくれ。
僕は仕事をしている君も大好きだ、かっこいいから。」
九兵衛は土方より年下なのに、そう言って土方をノセている。

結局山崎は土方の携帯に電話をかけ、小間物屋の場所が分からないふりして時間を稼ぎ、その間に土方に鬼の副長に戻ってもらうことにして、あの土方の姿は見なかったことにした。

ちなみにその日、事件はスピード解決して土方は再び非番を満喫したようだった。

それで
『あいつがそんな女だったら、さっさと別れた』
なんてよく言えたなぁ…と山崎は思うけど、口には出さない。

「さっすが副長!
やっぱ、それくらい強気じゃないと、ダメなんすね〜。」
「むしろ、それくらい強気でも平気なほど柳生の若様に惚れられてる副長って、マジかっこいいっす!
その弁当も、毎日作ってわざわざ届けてくれるんスよね?」
「ああ。」
「そういや、副長のためにわざわざマヨネーズ味のおかずを作ってくれてるってききましたけど、ホントっすか?!」

土方のマヨネーズ好きは周りを不快にさせるほどの破壊力がある。
九兵衛と付き合うまでは食堂で食事に大量のマヨネーズをかけて、隊士の気分を悪くしていた土方だが、九兵衛と付き合いだしてから、九兵衛が弁当を届けるようになったので、マヨネーズを食事にかけまくることはなくなった。

ちなみに、弁当が届けられるようになった経緯も山崎は知っている。

土方は九兵衛に惚れて、猛アタックをして九兵衛を口説き落とした。
隊士たちにはそう見えないように振舞ってはいるが、実際は土方の方が九兵衛に惚れている。
だから、土方は九兵衛の前で食事をとる時はマヨネーズを自重していた。

しかし、なぜかは分からないけど、柳生四天王の一人が土方のマヨネーズ好きを知っていて、それを聞いた九兵衛が土方に
「君はデザートにもマヨネーズをかけると聞いたけど、かけないのか?」
と質問したそうだ。

土方はそれでも九兵衛に引かれたくなくて頑なに九兵衛の前では食事にマヨネーズをかけず、その反動で屯所での食事にはさらにマヨネーズを大量にかけるようになったので、それを見てるだけで気分ではなく体調を悪くする隊士が続出…。

それでこっそりと近藤が九兵衛に頼んで、九兵衛がマヨネーズ味のおかずのお弁当を届けてくれるようになったのだ。
毎朝届けてくれる弁当はちゃんとマヨ味のおかずの作り方を調べて、九兵衛が自分で作っているから、九兵衛の方も土方を好きなのは確かだと思うけど…。
それなのに、
「まぁ、それくらいの気遣いができる女じゃなかったら、別れてただろうな。」
とか隊士に言ってる土方に山崎はやはり噴出しそうになるのをこらえるしかなかった。

その時、食堂に
「副長、屯所に柳生の若様がいらしてます。
なんでも将軍様に謁見する用事があったそうですが、それが思ったより早く終わったので顔を出したとの事でした。」
と、門番をしていた隊士が顔をだして土方に告げた。

「そうか、分かった。
俺の部屋で待ってるように言っとけ。」
と言いつつも、土方の手はすでに食べかけの弁当箱のふたを閉めて、箸も箸箱にしまって立ち上がっていた。
そして、
「ったく…。
俺は仕事中なんだよ。」
とか言いつつ、弁当箱を抱え、足早に食堂を出て行った。

その背中を見送っていた隊士たちは、やがてぼそりと呟いた。
「なぁ、もしかして、副長ってクールに見せてるけど、実はかなり柳生の若様に惚れてんじゃねぇの?」
「ああ、普段は相当急ぎの仕事じゃない限り、食事を中断することなんかねぇもんなぁ…。」
「確かに…。
メシにかけたマヨネーズが熱で分離するだろうとか何とか言って、食事を中断させたら切腹だとか言ったこともあったよな?」
「ああ、あった。」

そんな事をこそこそと話してる隊士たちに
「いやまぁ、でも、九兵衛さんも副長に相当惚れてるから毎朝弁当作ったり、会いに来るんだろうからさ…。」
と山崎は言いながらため息をつく。

ちなみに、九兵衛が今日屯所に訪ねてきたのも、ここ最近忙しいらしく、弁当を届けに来てくれる時以外会う時間のない九兵衛に、土方がぶつぶつ言うので、九兵衛の方がなんとか都合をつけて会いに来た事を、山崎は知っている。

本当にね、攘夷浪士に鬼の副長と恐れられてる男が、たった一人のしかも年下の女の子にこんなに惚れこんじゃって、彼女の前では性格変わってるのに体面を気にしてそれを隊士たちに悟らせないように言い繕う俺の身にもなってくれよ、俺なんか恋人いないのに…。

近藤からフォロ方十四フォ郎などと呼ばれている土方十四郎であるが、その影でフォロ方のフォローに苦労してる部下がいることに気が付いているのだろうか…。
なんて山崎は憂鬱になりつつも、九兵衛が
「いつも土方くんの世話をしてくれて本当にありがとう。
それから迷惑もかけて本当にすまない。」
なんて言って誰にも分からないように差し入れしてくれる高級なお菓子の事を思い出して、少しだけ気分が浮上したのだった。

END

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