銀魂

□たった一つの、愛情表現
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「片栗虎、余はキャバクラ遊びなどもう興味はない。
早く愛と竹千代が待っている城に帰りたいぞ。」
土方は自身の運転するパトカーの後部座席で松平に訴える上様の声を聞きながら、松平の言ってた言葉を思い出す。

妊娠中だった九兵衛は、出産中に意識を失ったりしたが何とか無事に男子を出産した。
世継ぎの誕生だ。

産後の肥立ちはあまりよくなかった九兵衛だが、半年も経つころにはすっかり回復し、今では元気にしているそうだ。
そのため、その子は幼名を『竹千代』と名づけられ、乳母ではなく、九兵衛自身が養育しているという。

そして上様は寵愛するお愛の方が世継ぎを産んだことで、政務の時以外は奥のお愛の方の部屋に入りびたりで、余りに入り浸りすぎて御台の方が息が詰まってしまうのではないかと松平が気を聞かせて、上様をキャバクラに連れ出すことにしたんだそうだ。

その警護は当然、真選組に回ってくるわけだが、そういう理由なら仕方ないと土方は思う。
九兵衛は自分と付き合ってる時からベタベタと一緒にいるだけの関係を好む女じゃなかった。

「そういえば近藤、真選組からの祝いの品、礼がまだだったな。
ありがたく使わせてもらっている。
愛も喜んでいた。
ありがとう。」
九兵衛が無事に出産した時、真選組からもお祝いと称しておくるみなどを献上した。
上様の言葉に助手席にいた近藤が
「そんな、上様からそのようなお言葉、恐れ多いです。
こちらこそありがとうございます。
そんなに喜んで頂けてこちらも嬉しいです。」
と答える。

「最近、将ちゃんがありがとうとすまんを覚えたんだよ。
御台がさ、子の養育のためには親もきちんとありがとうとごめんなさいがいえなければダメですとか言ってさ。
いやほんと、御台はしっかりしてる。」
「愛といると、余は色々なことを知ることが出来る。
世継ぎにまで恵まれ、余は幸せだ。
だから早く城に帰りたいのだが。」

将軍の言葉にその幸せは俺のものだったのかもしれないんだよな、と土方は思う。
けれどもそれはもう手の届かなくなったものだ。
だから代わりに、江戸と九兵衛にかかる全てのものを守る、それが自分のすべきことだと思っている。

黙ったまま運転していた土方は目的のキャバクラが見えてきたので車を止めた。
「上様、着きました。
まずは周りの安全を確認しますので、少々お待ち下さい。」

土方は自分が真っ先に降りると、不審者がいないかどうか、先にここで警備の布陣をしいていた隊士たちに確認をした。
特に異常はなく、土方は車のドアを開ける。
「上様、どうぞ。
異常はございません。」
「ありがとう、土方。」
上様が車を降りる。

先に車を降りていた松平が先頭を歩き、上様、上様の後ろを近藤、その後ろを土方が歩いていた。
「上様、お待ちしておりました。」
キャバクラのドアの前にいた隊士が上様に向かって頭を下げた。

「トシは中に入るの?」
近藤が土方を振り返る。
「とっつあんと近藤さんがいるんだから俺が中に一緒に入る必要もないだろ。
俺は外の警備の指揮を取る。」
「そうか、トシが外の警備の指揮を取ってくれるなら安心だしな。」

近藤が頷いた時、上様が振り返った。
「土方、そなたトシと呼ばれているのか?」
いきなりの質問に面食らったが土方ははいと答えた。

「そうか。
名はなんと申すのだ?」
「十四の太郎で十四郎です。」
「十四郎か、それでトシか。
竹千代と同じだ。
竹千代もトシと呼ばれている。」

上様の言葉に土方はもちろん、近藤も驚く。
竹千代という名前からトシという愛称はどうしたって浮かばない。
なのにどうしてトシになるんだろう、そう思ったのだ。

「竹ちゃんなぁ、諱は茂利って言うんだよ。
徳川茂茂の茂に勝利の利で茂利。
んで、シゲだと将ちゃんと被るからトシって呼んでんだ。
ちなみに茂利って名前は御台がつけたんだよ。
まぁ字なんかは元服した時につけることになってるが、真名でもある諱は自分が付けたいって御台が言ってな。
いい名前だろ?」
松平が、土方に笑いかけた。
自分と九兵衛との関係を知っている上で、それでも土方にその事を教えてくれた。
土方もその意味が分からないほどバカじゃない。

「いい名前だと俺も思います。
これからの成長が楽しみですね。」
そう言った土方に上様が微かに笑う。
「ああ。
今もトシは日々成長してる。
その成長を見るのが楽しみだ。
片栗虎、やはり余は城に帰りたい。
帰って愛とトシと一緒に過ごしたいぞ。」
「そんじゃ一時間だけ遊んだら帰るってことで。
たまには母子水入らずで過ごさせてやる時間も作ってやんねーと。
御台は死にかけながら竹ちゃんを産んだんだからな。」
松平の言葉に上様はそれ以上は何も言わずに黙ってキャバクラの中に入っていく。

その後姿を見送って土方は思う。
大奥護衛の任など特例でそうそうあることじゃないから、あの時のように九兵衛と二人きりで話をし、この手に抱きしめることなんかもうできることじゃない。
だけど、それでも自分と九兵衛は今も、繋がっている。
それが分かっているからそばに九兵衛がいなくても俺は幸せだ。

「しっかり警護しろよ!
上様に怪我なんかさせるんじゃねぇぞ!」
土方は鬼の副長の顔になると、警護に当たっている隊士たちに言った。
九兵衛にかかるすべてのものを守る。
それが土方が九兵衛にしてやれる、たった一つの愛情表現だから。

END

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