銀魂

□ウイニングボール
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「土方先輩、アイシングです。
ひじ、しっかり冷やしてください。」
練習が終わったあと、エースで二年の土方に近寄ってそのひじにアイシングを当てるマネージャーの柳生九兵衛を総悟は苦々しい気持ちで見つめていた。

ここ銀魂高校の野球部は最近目覚しい活躍を見せている。
それは、このエースで二年の土方の活躍によるところが大きいだろう。

もちろん、野球は点を入れなければ勝てない。
土方の相棒、キャッチャーでスラッガーでもある近藤が点を入れてくれるからこそ、土方が相手高をそれより低い点数に抑えれば勝てるわけだ。

でも、それは字にすること簡単そうだけど、実際は難しい。

しかし、土方はそれをやってのけるだけの実力がある。
だから当然、土方の待遇はよくなるわけで、マネージャーの九兵衛は野球部のマネージャー何だか土方の個人マネージャーなんだかよく分からないことがある。

大体、野球部には何人かマネージャーがいて、二年の志村妙や猿飛あやめが土方の世話を焼いてやればいいのに、志村妙や猿飛あやめは土方を九兵衛に押し付けるのだ。

それが土方の指示だと知っているだけに総悟は気に食わない。
土方は九兵衛の事を気に入ってるのだ。

三年が引退したあと、一年でありながらレギュラーでショート守ってる俺だって、土方ほどじゃねェけどかなりすげェはずなんだけど…エースの指示だから九兵衛は土方に付きっ切りだ。
忌々しいヤローだ、と思いながら総悟は九兵衛と土方をこっそりと見ていた。
九兵衛は土方の隣に座って土方のひじを冷やしている。
土方が九兵衛に何かいったらしく、九兵衛が微笑む。
その顔をみて土方も笑った。

「おい、サド。
お前また九ちゃん見てるアルか?
お前が九ちゃん見るなんて百年早いネ。
九ちゃんが腐るから見るんじゃねーヨ!」
いつの間にか総悟の隣には同じ一年でマネージャーの癖に選手の面倒なんか全然見ない、なのに誰より態度のでかい神楽がいた。

「腐るわけねーだろィ。
それよりてめェ、少し仕事しろィ。
九ちゃんばっかり仕事してんじゃねェか。」
「しょうがないネ。
マヨ先輩、九ちゃん以外のマネージャーは力強すぎて恐ろしいって近寄らせないからネ。」
「だったら少し九ちゃん見習いやがれ。
九ちゃん以外のマネージャーは男よりこえェじゃねェか。」

思わずそう愚痴ってしまったら
「それ、姐御に言ってもいいアルか?」
と神楽がニヤニヤ笑いを浮かべた。

途端に、整ったあの容姿からは想像も付かないような妙の怒りっぷりを思い出して、総悟は黙り込んだ。
あの人は怒らせるとすごく怖い。
近藤が、何度保健室送りにされたかは分からないくらいだ。

「てめーはあっち行きやがれ。」
総悟は神楽にそう言って立ち上がる。
のどが渇いたので麦茶を飲もうと思ったのだ。
でもウォータージャグは土方の近くにある。
土方と九兵衛が仲よさそうに話してるとこはみたくねぇな。
見たくないけど、のどは渇いた。

仕方ない、ぬるくてまずいけど水のみ場の水道で水を飲もうか、そう思って歩き出したとき、
「沖田くん!」
急に名前を呼ばれて、総悟は驚いて振り返る。
自分を呼んだ声が九兵衛のものだと分かったからだ。

自分が九兵衛の声を聞き間違えるわけがない。
だって九兵衛の事が好きなんだから。
そう思いながら総悟は振り返る。

九兵衛は隣にいる土方に何か言うと、立ち上がった。
その手に小さなポーチがある。

土方が自分を睨み、他の人は興味津々と言った視線を送ってくるのを感じながら、そんなことにはまったく気が付いてないだろう九兵衛が差し出したポーチを総悟は受け取った。
「沖田くん、一昨日、練習のあとははちみつレモンがくいたくなるなぁって言ってたでしょ?
だから作ってきた。
よかったら、食べて。
このポーチ保冷バッグだし、保冷剤もたくさん入ってるからまだ冷たいと思う。」

そういや、一昨日、ふっとそんなことを言ったかもしれない。
けど、その場の気分で言っただけで、総悟自身も忘れていたことだった。
なのにそんな自分の一言を覚えていてわざわざはちみつレモンを作ってきてくれたのか…。

「ありがとう。」
総悟にしては珍しく、素直にお礼を言ったら
「ショートのポジションは大変だと思うけど頑張ってね。」
九兵衛が総悟を見上げて笑った。
その笑顔はすっごく可愛くて総悟の時間が止まった。
周りの景色はすべて消えて九兵衛だけが見えている、そんな感じだった。

思わず九兵衛を抱きしめそうになった時、
「柳生〜!
俺も腹減った。」
という土方の声で我に返る。

「はい、土方先輩にはちゃんとお弁当作ってきました。」
九兵衛はそう答えて、総悟にもう一度微笑みかけると土方の所に戻っていく。

……あのヤロー、九ちゃんに弁当まで作らせてるのか。

総悟は思わず土方を睨んでいた。
土方も総悟を睨んでいたので、二人の視線がぶつかり合う。

エースだかなんだか知らねーけど、負ける気はしない。
さりげなく言ったたった一言を九兵衛は覚えててくれた。
そうしてエースの土方でなく、自分のためにはちみつレモンを作ってきてくれたんだから、まったく脈なしってわけじゃないだろう。

明日からはもっと練習を頑張って土方じゃなく自分の力で九兵衛を甲子園に連れて行ってやろう、総悟はそう心に決めていた。

ウイニングボールは土方にやる気はない。
必ず自分が手に入れてみせる。

END

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