過去拍手

□貴方への手紙、貴女への花
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20才を迎えた柳生家の次期当主が真選組の副長と結婚するという話は江戸をにぎわせた。
成人を迎えたといえ、まだ若い柳生九兵衛がチンピラ警察とも呼ばれている真選組の、鬼と恐れられている副長と結婚するのだ。
しかもその鬼の副長が、真選組の仕事は辞めないとはいえ、柳生家に婿入りするのだ。
話題にならない方がおかしい。
その記事が載った大江戸新聞を高杉はそっとたたみの上に置くと三味線の撥を手に取る。
「結婚か…」
思わず呟いた時、
「晋助、居るでござるか?」
ふすまの外から万斉の声がした。
「なんだ。」
高杉の返事にふすまが開く。
「晋助に渡したいものがあって。」
そう言った万斉はたたみの上にある新聞に目をとめた。
「知ってたでござるか、九兵衛殿の結婚の事。」
「ああ。
めででぇことだ。
あいつは幸せになったんだ。」
高杉の言葉に万斉が白い飾り気のない封筒を差し出した。
「おせっかいは十分承知でござるが、それでもそうせざるをえなかったでござる。
九兵衛殿に会って来た。
その時に晋助へと預かってきたでござる。」
万斉の言葉に高杉が顔を上げた。
「晋助だって、本当は気がついていたのでござろう?
九兵衛殿の幸せはその手を離すことではなく、ずっとずっとつなぐことでござったこと。
それでも九兵衛殿は晋助のために晋助の望む幸せを手に入れた。
これくらいはしてもよいでござろう。」
万斉を睨んでいた高杉が息を吐いた。
万斉はそれを高杉が自分のおせっかいを肯定し、九兵衛からの手紙を読むということなのだと理解した。
「ここにおいておくでござる。」
万斉がそう言って新聞の上に手紙を置いた。
部屋を出て行こうとしてる万斉に高杉が声を掛ける。
「あいつは幸せそうだったか?」
九兵衛の結婚の事を知った時、晋助と九兵衛の関係を知っていた万斉としてはおせっかいとは知りつつも九兵衛に会いに行ってしまったのだ。
こっそり柳生家に忍び込んで、会うことが出来た九兵衛はあの頃よりずっとずっと綺麗になっていた。
そしてその部屋に、どんな技術を使ったのか九兵衛の19歳の誕生日に晋助が送ったキキョウの花がそのままの状態で飾ってあるのを見た。
晋助のために土方と結婚するのか?
本当はまだ晋助をすきなんじゃないか?
そう聞いた万斉に九兵衛は微笑んで
「晋助の事は一生忘れることはないけど、彼の事はきちんと好きだよ。」
と答えた。
その時思ったのだ。
九兵衛は土方に大切に愛されているのだと。
そして九兵衛も土方を愛しているのだと。
万斉はその時の本当に幸せそうな九兵衛の笑顔を思い出す。
「幸せそうだったでござるよ。
あの副長は、拙者が思っていた以上に九兵衛殿を大事にしているようでござる。」
万斉はそれだけ言って部屋を出て行った。
高杉はしばらくその白い封筒を見ていたが、壊れ物を扱うかのような手つきで封筒を持ち上げた。
しっかりと糊付けされた封筒を慎重に破って中の便箋を取り出す。
『親愛なる 高杉晋助様
前略 
お元気ですか?
僕は、今年の六月に結婚をすることが決まりました。
晋助に出会えたことは、奇跡だと思っています。
今もその気持ちは変わりません。
僕は全力で晋助を愛したし、晋助も同じだったと思っています。
だから、本当は何があっても晋助に手を離さないでいてほしかった。
僕の幸せのために…そう言って晋助は僕の手を離したけど、僕の一番の幸せは晋助のそばに居ることだった。
晋助のためなら全てを捨ててもよかった。
一緒にすごしたあの一ヶ月、僕は後悔したことなんかなかったよ。
それが一ヶ月じゃなく、何年もでも後悔しなかったと言い切れる。
でも晋助は僕の幸せを願って僕をこちらに返すことにしたんだよね。
だから僕は、全てを知った上でそれでも僕を受け入れてくれた土方くんとこれからの人生を歩んでいこうと決めました。
晋助に出会えたことは奇跡だった。
土方くんに出会えたことも、奇跡だった。
出会えた奇跡を軌跡に変えていけるのは土方くんだったけど、晋助に離された手をしっかりつないでくれたのも土方くんだったけど、僕が始めて愛した高杉晋助を一生忘れることはない。
ともに生きていくと決めたのは土方くんだったけど、僕に消えない傷をつけたのは晋助だ。
晋助とすごした一ヶ月は僕の十代の幸せの全てでした。
これからは土方くんと新しい幸せを作っていくことになるけど、僕は晋助を忘れたりしない。
だから、晋助もたまには僕を思い出してくれると嬉しいです。
そして、晋助の幸せを願っています。
かしこ 柳生九兵衛』
高杉の唇から笑いが漏れた。
「幸せを願うだと?
馬鹿が。
てめぇと一緒に居ること以外の幸せが俺にあるわけねぇだろうが。
それを手放した俺は、幸せになることなんかはなっから考えちゃいねー。
てめぇが幸せなら俺はそれでいいんだよ。」
高杉は三味線を弾き始める。
その音色を部屋の外で聞いていた万斉は口元をかすかに緩めた。
「随分と優しくあたたかい音色を奏でるようになったでござるな。」

プロデューサーのつんぽが後日、土方十四郎と柳生九兵衛の結婚式で歌うお通のために楽曲を書き下ろした。
その題名は『君の幸せが僕の幸せ』。
お通の曲にしては珍しいバラードで、お通の人気はもちろん、九兵衛の結婚式で歌われたこともあってこの曲は売れに売れた。
お通も土方も知らないことではあったが、九兵衛だけは知っていた。
つんぽが河上万斉であることを。
そして二人の結婚が報じられた後、無記名で九兵衛に送られてきた紫のチューリップとムーンダストカーネーションのアレンジメントの差出人のことを。
おそらくは天人の技術で季節の違う花をアレンジメントにしたのだろう。
いくらかかったのだろうか……そう思うと若干呆れつつも、わざわざ花を贈ってくれた晋助の気持ちを九兵衛は嬉しいと思った。
自分の気持ちは晋助に伝わってるはずだと、そう思う。
そして晋助の気持ちも自分に伝わっている。
紫のチューリップ、花言葉は『永遠の愛情』。
ムーンダストカーネーション、花言葉は『永遠の幸福』。

END

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