進撃の巨人

□Echo again
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女形の巨人の正体と思わしき人物と、その捕獲作戦をエルヴィンたちから聞いた後、リヴァイは自室に戻るために重い足を引きずるようにして城内を歩いていた。

今回の壁外調査、損害ばかりが大きくて得られたものは何もなかった。
それでも今まで、どんな時だってリヴァイは顔をあげて壁外から戻ってきて、壁内を顔を上げ、まっすぐに前だけをみて歩いてきた。
それが志半ばで亡くなっていった部下達へのリヴァイなりの敬意と弔いだった。

毎回毎回、壁内に戻ると野次馬から心無い言葉を言われる。

だけど、それでも部下達は未来への希望を信じて戦い、その命を散らしていった。
そこで俯いてしまったら野次馬の心無い言葉を認めることになる。
死んでいった部下達は野次馬が言うような『巨人の餌』になったわけじゃない。
未来を信じて、希望を信じて、巨人の絶滅を願って死んでいった。
それは無駄死にじゃない、絶対に。
そう思うから、リヴァイは胸を張って、顔を上げて、前だけ向いて歩く。

そんな自分の気持ちをリヴァイは直属の部下に話したことはなかった。
だけどそれでもリヴァイの気持ちを、想いを、リヴァイの直属の部下は理解してくれていたようで、彼女も壁外から壁内に帰って来る時、必ず顔を上げて前を向いて歩いていた。
まだ若い女が、人の…仲間の死を目の前で見て、自分も死ぬかもしれない恐怖を味わって、それでも前を向いて歩いていた。

ペトラはいつだって、強くあろうとした。
「人類最強の部下が弱かったら笑い話にもなりません。」

ペトラがそう言うから、ペトラが誇れる上司であるために、ペトラが誇れる人類最強の兵士でいるために、自身の感情は完全に押さえ込み、巨人全滅に自分のすべてをかけると決めた。


今日だってペトラを失ったというのにその遺体を回収するより先に、エレンを口に含んだ女形の巨人と女形の巨人からエレンを取り戻そうとしたミカサを追っていった。
せっかく遺体を回収したのに、その遺体を生きてる兵士を守るために捨てさせた。
痛みなんか感じていない。
自分の感情は完璧に押さえ込めるのだから。
人類最強の兵士でいるためには、自身を完全に押さえ込んで、怒りも憎しみも悲しみも全て、戦闘力に転化していかなければいけないのだから。

なのになんで、こんなに足が重いのだろう。
ああ、怪我をしたからだ。
だけどすぐにペトラが湿布を持ってきて貼ってくれるだろう。

そこまで考えてリヴァイは思わず廊下の壁を殴っていた。

もう、ペトラはいないんだった。
遺体すら持ち帰ってこれなかったんだった。
だってリヴァイが捨てさせたのだから。

自分の感情は完全に押さえ込めるはずだった。
そしてペトラは部下だった。
リヴァイの忠実で優秀な部下だった。

ペトラが自分を慕っている事は分かっていた。
その感情が、上司への感情だけではないことも分かっていた。
ペトラからリヴァイに向けられる視線は、時折ひどく熱を孕んでいた。
それに気が付かないほどリヴァイは鈍感ではなかったし、女性経験がないわけでもなかった。

それでも尊敬する上司としてリヴァイに接して、決して部下以上のことをリヴァイに望んでいないのだろうペトラをリヴァイはそばに置き続けた。

そこにリヴァイ個人の感情が介入していないといったら嘘になる。
ペトラから無条件に注がれる敬愛、忠誠、気遣い、そしてふとした時に垣間見える愛情。
全てを手放すことが出来なくなっている自分がいた。
他の上司の下にペトラを行かせたら、ペトラの敬愛、忠誠、気遣い、全てがその新しい上司のものになる。
それがどうしても許せなかったリヴァイが、頑なにペトラを手放す事を拒んだから、ペトラはリヴァイの部下であり続けた。

今はまだ、上司と部下でいい。
だけど巨人を絶滅させたその時には、全ての感情を解放してペトラと共にありたい。
そう思っていたから、自分のそばからペトラを離すわけにいかなかった。
そばにいさえすれば、ペトラはリヴァイ以外の男に心を奪われないだろう。
そんな気持ちがリヴァイにはあった。

そばにいさえすれば。

だけどもう、ペトラはリヴァイのそばにいない。

リヴァイが感情と共に押し込めていたペトラへの想いは伝えられないまま、ペトラは死んでいった。

彼女のどんどん女性らしくなっていく時をリヴァイはもらった。
なのにこれから女として成熟していくだろう時を守ってやれなかった。
ひたすら自分を敬愛し、忠誠をささげ、気遣ってくれて、ひそやかに自分を愛してくれたペトラに何も返してやれないまま、自分はペトラを死なせたのだ。

足が重い。
こんなところで止まってられないのに、もう進めない。



その場にへたり込みそうになった時、ミケほどではないけれどそれなりに敏感なリヴァイの嗅覚が香りを捉えた。
ペトラがいつも入れてくれるお茶と同じ香りだ。
ペトラがリヴァイのために淹れてくれる紅茶は、香りはいい方がいいけど渋みがあるのはイヤだという子供みたいなリヴァイの味覚にあわせて、ペトラが自分でブレンドしてくれているもののはずだ。
だからリヴァイはペトラがいない時はお茶ではなくて水を飲む。
他の誰にも、ペトラと同じ紅茶は淹れられないはずなのに…。

驚いているリヴァイの前に現れたのはエレンだった。
エレンはお盆を持っている。
その上にはティーカップが6つ、載っていた。

それなのにエレンは泣いてる。
両手でお盆を持っているから拭う事もできず、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。

「クソガキ、これは何のマネだ。
そして顔が汚ねぇ。」
常より低いリヴァイの声。

だけどリヴァイに躾を施されて以降、どこかリヴァイにびくびくした感じで接していたエレンは今はそんな様子を見せなかった。
「ペトラさんが残してくれたものです。
いつかなくなってしまうけれど、それでもペトラさんは壁外調査の前は必ず、兵長専用にブレンドしたお茶を一回分づつ紙に包んで30日分、作ってました。
『だって壁外にいくのよ、何があるのか分からないじゃない?
もちろん生きて帰ってくるつもりだけど、壁外調査の後は忙しいから、こうしておけば30日分は楽できるでしょ?』
って言ってました。
それを思い出して、食堂の棚さがしたらでてきた茶葉で入れました。」
エレンは片手でお盆を抱え、リヴァイに向かってカップを一つ差し出した。
「オレはこれから、エルドさんとグンタさんとオルオさんの部屋にこれを置きに行ってきます。
ペトラさんは兵長のためにブレンドした茶葉だって言ってましたけど、エルドさんもグンタさんもオルオさんもそしてオレも、ペトラさんの入れてくれたお茶が大好きでした。
そしてオレは、ペトラさんが大好きです。
オレには姉さんがいないけど、いたらきっとこんな感じだろうなって。
あたたかくて優しくて、ペトラさんは素敵な人で。
だからその人が残してくれたものを……前を進むために…」

言いながらエレンはボロボロ涙をこぼした。
「やっぱそんなに強くなれません…
なんで死んじゃったんですか…、オレのせいですか、なんでペトラさんが、エルドさんが、グンタさんが、オルオさんが死ななきゃならなかったんですか?
オレが弱かったから?
オレが強かったら4人は死ななかったんですか、オレが強かったら今頃ペトラさんは生きててお茶を淹れてくれてたんですか、なんで死ななきゃならなかったんですか、あんなにいい人たちがなんで死ななきゃならなかったんですか。
なんであんなに綺麗で優しくて兵士より可愛いお嫁さんが似合うペトラさんが、兵士として死ななきゃならなかったんですか…」

声を上げて泣き始めたエレンの手からカップを取り上げ、リヴァイは一気に飲み干した。

「そうか、あの紅茶が悪くなかったのは、淹れたのがペトラだったからなんだな。
同じ茶葉のはずなのに味が違う。」
ぽつりと呟いてリヴァイはエレンの手からお盆を取り上げた。

「甘ったれんな、クソガキが。
泣いてあいつらが戻ってくるなら何度だって泣いてやる。
叫んであいつらが戻ってくるなら何度だって叫んでやる。
名前を呼んでペトラが戻ってくるなら、何度だってペトラの名前を呼んでやる。
だけど死んだ人間は何をしたって戻ってきやしねぇ。
戻ってこなくてもな、お前が生きて、俺が生きて、忘れなければあいつらはここにいるんだ。」

リヴァイはそれだけ告げてお盆をもったまま自室に戻ってデスクの上にお盆を置いた。

エレンにああは言ったけれど、それでも声を上げて泣けるエレンが心底羨ましかった。
自分が泣くとしたら、それは巨人が全滅した時だと思う。
それまではまだ、この怒りや悲しみを戦う力に代えてブレードをふるっていかなければならない。
ペトラのいない日々を、ペトラに会えない夜を、それでも越えていなければいけない。

そして目的を達して人類に捧げた心臓を取り戻した時、ペトラのために泣こうと思う。
ペトラのために、生きていこうと思う。
ペトラと共に生きていく。
それまでは泣かないと決めた。

それでも自分の頬になにかが伝うのはきっと。
「紅茶が熱いからだな…」


本当はもっと、もっとペトラにそばにいて欲しかった。
もっとペトラのそばにいたかった。
ペトラに愛してると言いたかった。
ペトラの父が言うように、早すぎたとしても嫁にもらいたかった。
もっとペトラの名前を呼びたかった。

身も心も俺に捧げたくせにどうして今、お前はここにいない?
泣いて叫んで戻ってきてくれるなら、いくらでも泣いて叫ぶのに。
そうしてもペトラが戻ってこないことをリヴァイは知っている。

それでも呼ばずにはいられなかった。

「ペトラ…」

たった三文字の名前がこんなにも愛しくて美しく響く事を、リヴァイは初めて知った。

だから返事がなくても、その名前を何度でも呼ぶ。
そうしてリヴァイは、これからも、彼女と共に生きていく。

END

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