進撃の巨人

□あなたとあなたが想う彼へ
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恋ぞつもりて

リヴァイが調査兵団に入団したのは、都のごろつきをしているより、兵士の方がいい暮らしができると思ったからだ。
それに巨人相手ならいくら暴れても誰も文句を言わないからだ。
その結果、いつの間にか人類最強とか人類の希望とかそんな賞賛を人から受けるようになり、兵士長になっていた。

兵士長の肩書き押し付けられた時、同時にエルヴィンから
「幹部には部下というか、副官を選ぶ権利が与えられる。
誰か指名したい兵士はいるか?」
と言われ、兵士長なんて肩書きを押し付けられたことへのあてつけに、リヴァイはエルヴィンの補佐をしていた女性兵士を部下に指名した。

兵士長なんて責任ある立場を自分に押し付けたエルヴィンに対する嫌がらせみたいなものだった。ペトラ・ラルを自分の副官に指名したのは。

エルヴィンの補佐をしているだけあって書類整理は得意だし、団長室に行くたびにペトラが入れてくれるお茶は悪くなかったけれど、リヴァイには部下も副官も要らない。
死んでいく兵士を背負うのだけで手一杯だ。
生きている兵士を背負う事はできない。
だから部下も副官も要らなかった。

副官何ていったって、事務仕事だけさせていればいい。
そんなリヴァイの考えを読んでいたのか、エルヴィンは
「俺の大事で優秀な補佐役を自分の副官に選んだのだから、大事にしろ。
ペトラを埋もれさせるな。
彼女はあれで兵士だ。」
とリヴァイに告げてペトラを呼んだ。

「ペトラ・ラル、三日後より調査兵団兵士長リヴァイの部下になることを命じる。
リヴァイが直々に君を副官に指名した。
私としてはペトラを他の幹部に引き抜かれるのは残念でならないが、リヴァイの元での方がきっとペトラの力を活かせると思う。」

エルヴィンからそういわれたペトラはエルヴィンに向かって深々と頭をさげた。
「今までお世話になりました。
本当にありがとうございました。」

それは心の底からエルヴィンに感謝をしている事がリヴァイにも分かる態度だった。
ペトラはきっとエルヴィンを敬愛して、自分のできること全てをやってきたのだろう、リヴァイはそう思った。

なんだか悪い事をしたような気分になる。
本気できちんと仕事をこなしてきた人間を、自分はくだらない理由で副官に指名してしまった。
しかも生きてる部下を背負う気はないから、事務仕事だけさせればいい、そんなことを考えているのだから。

だけどその考えは、エルヴィンに向かって下げていた頭を上げたペトラがリヴァイを見つめた時に霧散した。

「ペトラ・ラルです。
よろしくお願いします、リヴァイ兵士長。
私は訓練兵になった時にこの心臓を人類に捧げました。
ですから、上官であるリヴァイ兵士長には心臓を捧げる事はできません。
ですが、私の忠誠と献身をこれからはリヴァイ兵士長に捧げます。」

まっすぐで迷いのない視線で、ペトラはリヴァイがしたことのない、手本みたいな美しい敬礼をして見せたからだ。
ペトラがリヴァイの副官になるのをエルヴィンが三日後としたのは、今ペトラがやっている仕事の引継のためだ。

だけど彼女は翌日の夕方にリヴァイの執務室に来た。
兵士長になって今までよりも大きな執務室がリヴァイには与えられる事になり、部屋の移動をしていたのでペトラが来てくれたのは助かったが、早すぎやしないだろうか。

「お前、引継は終わったのか?」
そう聞いたらペトラは頷いた。
「はい、思ったより早く済みました。
リヴァイ兵長は執務室が変わられると聞いたので、お手伝いできる事があればと思ってきたんですが、何か私にできることがありますか?」

自分で副官に指名しておきながら、お前呼ばわりしたリヴァイに文句を言う事もなく、ペトラは持参したらしい三角巾で髪をまとめ、口を覆った。
用意のいいペトラにリヴァイは驚くと共に、改めてエルヴィンが優秀だと言っていた意味が分かったような気がした。

「とりあえず、この調査兵団の今までの作戦書の整理と、調査兵団兵士のファイルを本棚にしまっておきます。」
ペトラは積み上げられていたファイルを手に取る。
過去の作戦書は班長になると過去のものも全部保管しておくことが義務づけられるし、分隊長以上になると、調査兵団の兵士全員の個人情報が書かれた書類を与えられるようになる。
それは膨大な量だけれど、ペトラは手際よくそれを整理していく。

もともと神経質なリヴァイはそれらをきちんとファイリングしていたけれど、ペトラは兵士の個人情報を期ごとにわけ、それを名前の順に並べて棚にしまってくれた。
きちんとラベルを貼りながら。
ラベルの色が各期ごとに色分けされ、見やすい。

それがすむとペトラはリヴァイの執務室を出て行った。

戻ってきた時にはお茶と焼き菓子の乗ったお盆を手にしていた。
「少し休憩にしませんか、兵長。
憲兵団の同期が送ってくれた焼き菓子も持ってきました。
あ、兵長は甘いものはお好きですか?
申し訳ありません、副官に指名していただいたのにそこまで確認をしていませんでした…」
本当に申し訳なさそうなペトラにリヴァイは
「構わん。
俺は地下街のごろつきだったからな。
食い物で好き嫌いはない。」
と答えた。

「よかった。」
ペトラはふんわりと微笑む。
まるでそこに陽だまりができたかのような、気持ちがあたたかくなる笑顔でリヴァイは目を見開いた。

こんな風に微笑む女は今までリヴァイの周りにいなかった。
なんなんだ、こいつは…こんな風に笑うのか…?
それになんで他人の笑顔なんか見て、俺は幸福感を感じているんだ?

リヴァイはそれを表情に出すことはなかったけれど戸惑っていた。
戸惑っていたけれど、確かに自分が今、ペトラの笑顔で幸福感を感じていることを認めざるを得なかった。



翌日、朝起きて身支度を整えたリヴァイは兵舎の食堂に向かった。

調査兵団の兵士は幹部から新兵までみんなが兵舎で寝食を共にする。
個室が与えられるか、相部屋かなどの待遇は違うけれど、全員が兵舎で生活している。

食堂に入ったリヴァイはペトラの姿を探していた。
昨日見たペトラの笑顔がリヴァイの頭から離れなかった。

それに入れてもらったお茶もやはり悪くなかった。
ペトラの同期の憲兵が送ってくれたという焼き菓子も上品な甘さでおいしかった。

片づけがあらかた終わった頃に夕食の時間になり、その後でペトラは食後のお茶をリヴァイの執務室に持ってきてくれた。
昼間は焼き菓子を食しながら呑んだので気が付かなかったが、この時はお茶だけを口にして、団長室で出された紅茶と微妙に違う気がしたので、そのことを聞いたら
「団長はあまり渋いお茶は好まれませんので、キャンディという紅茶をお出ししています。
団長室でお飲みいただいていたのはそちらです。
兵長はいつもお茶をお飲みになる前に香りをかぐので、香りがいいお茶の方がお好きなのかと思い、ダージリンをお出ししました。」
と答えた。
その細やかな気遣いにも驚いた。

リヴァイの周りにはそんな細やかで繊細な気遣いをしてくれる女は今までいなかった。
自分でも呆れるが、たった一日でペトラを部下に指名してよかった、リヴァイはそう思った。

だから自然と目がペトラを探していたが、ペトラの姿はなかった。
ペトラの姿がないことにリヴァイは落胆し、今度は落胆した自分に驚く。
なんで俺はあいつの姿が見えないだけでこんなに落胆しているんだ?

そんな自分に自分で驚きながら朝食を終えて執務室に向かう。
執務室のドアを開けてリヴァイは驚いた。
「兵長、おはようございます。」
リヴァイの執務室にはすでにペトラが居たからだ。

「お前、朝食はすんでいるのか?」
真っ先に聞いたのはそれだった。

ペトラはあっけにとられたような顔をした後
「はい。
私は朝食は朝早く、食堂が込む前に済ませてしまいますので。」
と答えた。
その手には一輪挿しがあり、白い花が活けてある。
よく見れば、執務室の掃除もすでにすんでいるようだ。

「兵長の今日の予定ですが、午後から訓練兵の訓練の見学があります。
ですので午前中は書類整理や執務室の整理に当てていただいて大丈夫です。
午後は一時に本部を出る予定です。
今、食後のお茶をお持ちしますね。」
ペトラは一輪挿しをリヴァイのデスクにおいて笑った。

昨日のような、ふんわりとした笑顔。
花を抱えて綺麗に微笑む女なんか、今までリヴァイの周りにはいなかった。
笑うだけで人を幸せにしてくれるような女はいなかった。

部屋を出て行くペトラの後姿を見ながらリヴァイはエルヴィンはよくあいつを手放せたなと思う。
たった一日だけど、俺には無理だ。
もう、あの笑顔を他の幹部になんてやれるわけがない。
リヴァイはそう思った。



ペトラが副官になって、三週間が経った。

食後と三時の休憩時にペトラが入れてくれるお茶はリヴァイにとって何よりもの楽しみだ。
それに執務を始める前にはすでに執務室の掃除が終わっているし、デスクの上には一輪の花が活けてある。
スケジュール管理もきっちりとされていてリヴァイはすごく動きやすい。
ペトラは優秀な副官だった。

だけど以前、エルヴィンが言っていたように彼女は兵士だった。
訓練での動きは班長クラスと遜色なかった。
エルヴィンが彼女は兵士だといった意味がよく分かった。


兵士として強くて、部下として上司をたてて仕事がしやすいようにと気を配ってくれる。
そして女性として美しくて可愛らしい。

今、目の前にいるペトラはダークパープルのフルレングスのカクテルドレスにショールを羽織り、髪はサイドを編みこんで華やかな髪飾りで留めていた。
商会主催のパーティに出席するリヴァイがペトラに自分のパートナーとしての同伴を命じたのだ。


三週間の間にペトラは何度も何度もリヴァイに向かって笑ってくれた。
リヴァイに優しさと、幸せな気持ちをペトラは何度与えてくれただろう?

たった一人の人が微笑み、気遣ってくれるだけで自分がこんなに幸せな気持ちになるなんてリヴァイは知らなかった。
そして、ペトラを片時も離したくないと思うようになった。
だから、内地で行われるためにウォール・シーナに泊まらなければならないこのパーティにペトラを連れて行くことにした。

「やっぱり、分不相応です、兵長。
このドレスも、兵長のパートナーを勤めるのも、私には分不相応だと思います…」
リヴァイが真っ白な手袋を手にしたところでペトラがリヴァイにそう言った。

リヴァイはペトラに視線を移す。
「なぜお前がそんなことを思うか、俺には分からない。」

リヴァイの目から見てもペトラは美しいと思う。
ペトラの支度を手伝ったハンジとナナバは、二人ともペトラを綺麗だと絶賛していたし、
エルヴィンもドレスも髪型もペトラに似合うと言っていた。
なのになぜ、ペトラがそう思わないのかがリヴァイには分からなかった。

「だって…」

「お前自身を信じる必要はない。
お前を美しいと言う俺を信じればいい。」

言いかけたペトラを制してリヴァイはペトラの頬に手を寄せる。
リヴァイの言葉にペトラが頬を染め上げた。
頬を染め上げながらも、ペトラは潤んだ瞳でリヴァイを見つめた。

「あの…ありがとうございます。
兵長を信じます…。」
ペトラの頬に寄せたリヴァイの手にペトラが自分の手を重ね、リヴァイに微笑みかけた。

その瞬間、リヴァイの中で何かが切れたような気がした。

リヴァイは綺麗に紅を塗られたペトラの唇に自分の唇を重ねていた。
柔らかいその感触は心地よくて離れがたい。
リヴァイはペトラの口の中に舌を入れていた。
逃げるペトラの舌をからめとって夢中で貪っていたが、ペトラの息遣いが苦しそうなものになってきたので仕方なくペトラを開放した。

綺麗に引かれていた紅は滲み、ペトラはリヴァイを涙目で見ている。
「なんでこんなことを…」
困惑したような顔をしているペトラの唇に、今度は触れるだけのキスを落とすとリヴァイはペトラを抱きしめていた。

「お前を愛している。
お前が俺の部下になってからの三週間、お前が俺のためにしてくれる事が、気遣いが、その一つ一つが、俺を幸せにしてくれた。
お前を愛しいと思った。
そんな小さな気持ちが積み重なって、今はもう、お前を何よりも愛している。」

「え?
うそ…」
自分の言葉は信じられないらしいペトラの顔を覗き込み、もう一度
「愛してる。」
とリヴァイは告げる。

目を見開いていたペトラはやがてリヴァイの背中に腕を回して呟いた。
「私も兵長を愛しています。
ずっと、ずっと憧れていました。
部下に指名していただいて、その憧れが憧れ以上になるのを止めることができませんでした。
こんなの、部下失格です。
そんな私でも、兵長はよろしいんですか…?」

「お前が部下失格だというのなら、俺は上司失格だな。
だが、そうだとしても…ペトラ、お前を愛している。」

リヴァイの言葉にペトラは笑みを浮かべた。
それは、リヴァイに幸福感を与えてくれる、あの陽だまりのような笑みだった。
リヴァイの顔も自然と緩む。
「愛してる。」
ペトラの耳元に囁いて、リヴァイはもう一度ペトラの唇に自分の唇を重ねた。



筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて ふちとなりぬる

たった少しのお前への想いが積もり積もっていって、今ではお前をこんなにも愛しいと思い、愛する俺がいる
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