銀魂

□仰せのままに、ご主人様
1ページ/1ページ

仮面で顔を隠した、サイドに深いスリットの入った、ビスチェタイプの黒いタイトなドレスを着て男と踊っている柳生九兵衛を見て、九兵衛と同じく仮面を付けた高杉は呟いた。
「完璧にマスターしてんな、ウインナワルツを。
見ろ、この会場の誰より優雅に踊ってる。」

「そうだねー、昨日一日特訓しただけであそこまで完璧にこなせるってどゆこと?」
仮面を付けた銀時もそれに同意する。

「あんなに高いヒール履いて、危なげなく踊ってるもんな。
神速の使い手、柳生家始まって以来の退魔の天才と称されながら、体に傷ひとつ作らないんだからたいしたものだな。
あるのは、左目の傷だけだからな。」
仮面を付けている桂もそう言って感心する。

「ほんじゃあきに仕える価値がある。」
仮面を付けた辰馬がそういった時、男が九兵衛の耳元に何かを囁いた。

九兵衛はわずかに顔を赤くし、頷く。
そしてさりげなく、四人に視線を送った。
音楽が終わったあと、九兵衛は男にエスコートされて歩き出した。
ビスチェタイプのドレスなので、胸元も背中も大胆に見せている。
真っ白で傷一つない背中がまぶしい。

男が九兵衛の肩に手をかけて耳元に何か囁くと、九兵衛は仮面を付けていても分かるほど甘やかな笑みを浮かべ、頷いた。
男の鼻の下が伸びる。

「男なんざ、単純なもんだよな。
俺だって若にあの笑顔で見つめられたらほいほいついていっちまうな。」
銀時の言葉に
「若が俺らにあんな顔で笑いかけるわけねェだろ。」
高杉が言った時、九兵衛が男に連れられ、部屋に入っていった。

「若はなんぼで売れるがよ?」
辰馬の言葉に
「龍、馬鹿なこといってんじゃない。」
桂が怒りを込めて辰馬を睨む。
「貴公子が怒ったぜよ。」
首をすくめる辰馬を銀時が睨む。
「おめーが怒らせたんだよ、バーカ!」
「てめーらはガキか!
黙っとけ!」
高杉が怒りの形相で二人を怒鳴りつけた。

「総督も怒ってるぜよ!」
「だからてめーが怒らせたんだよ、龍!」
「お前も黙れ、白夜叉!」
桂が呆れたように首を振った時、九兵衛の入っていった部屋からがたん、ばすん、とすごい音がした。

「ほらみろ、呆れて若が一人で何とかしようとしてるじゃねェか!!」
慌てた高杉が部屋に向かって走り出す。
三人もそれに続く。
部屋のドアを開け中に入ると、さらに電子キーの着いたドアがあった。
その向こうから、人の悲鳴や人が倒れるような音、何かが壊れるような音もする。

「派手にやってんなァ。
怒ってんなァ、若。」
高杉が額に手を当てた。

「馬鹿ども、さっさと解錠して中に入ってこい!
暗証番号は×○×○×○×だっ!
僕がこいつら全員殺す前になっ!!
こいつら、全員天人じゃなくて人間だから殺すわけにいかん!」
耳に付けたピアス型のインカムから九兵衛の怒鳴り声が聞こえて、高杉が大急ぎで暗証番号を打ち込んで解錠し、辰馬がドアを蹴倒す。

中には仮面を被った老若男女が数十人いたが、ほぼ全員が床に倒れていて、意識があるのは九兵衛が片手で胸ぐらを掴み上げている、九兵衛を部屋へと誘った男一人のようだった。
「なんで……なんでこんなことに……あんた、何者なんだよ!」
叫ぶ男に
「セレブな人と婚活できるなどと語ってパーティを開き、そこに来た人間を誘拐し、薬で自我を失わせて上流階級の人間に売るなど言語道断!
畜生以下の所業だ!
我が主の命により、貴様ら全員に制裁をあたえるのが僕の役目だ。」
極上の笑みを浮かべて九兵衛は言い、その笑顔のまま、男を殴った。
男は殴り飛ばされ、気を失う。

「早く全員拘束しろ、薬はそこの棚にあるから没収!
この扉の向こうにオークションにかけられる予定の誘拐された人たちがいるが、なにか薬を与えられている。
その人達も自傷したり、薬で我を忘れて誰かを傷つけないように拘束しろ!
それからすぐに救急車を手配し、通報してここを離れるぞ!」
九兵衛が言いながら、深いスリットから見える、白くて細い足で壁に擬態したかのような扉を蹴り飛ばすとぽっかりと入り口が開いた。
そこから高杉と桂が中に入る。
「龍、白夜叉、お前達早くこの『上級国民様』たちを拘束してしまえ!」
九兵衛が辰馬と銀時に言って、自分も高杉や桂に続いて中に入っていった。


この世界には、人間の他に『天人』と呼ばれる魔物が存在していて、悪さをすることがある。
この天人、特殊な祝詞を刀身に刻み込まれた退魔の剣という剣でしか滅することができない。
その魔物を滅する宿命を持つ家というのがいくつかある。

そのうちのひとつが柳生家だ。
退魔だけではなく、柳生家は遙か昔から、時の権力者に天人と戦う為の剣術を指南し、一般人にも天人から身を守るための剣術を教えながら、経済界を牽引する大企業柳生グループも運営している。
世界にも名の知られた名家だ。
一等地に広々とした日本家屋を構え、その敷地内に今も代々続く剣術道場とその門下生を住まわせる寮もある。

母屋も平屋にも関わらず広々としているが、今、九兵衛と四天王と呼ばれている高杉晋助、坂田銀時、桂小太郎、坂本辰馬がいるのはその広い敷地の奥深くにある、離れだった。
ドレス姿で仮面を取り、腕を組んだ九兵衛の前に四人は正座をしている。

「辰馬、僕はいくらで売れると思う?」
わぁ、人間ってこんなこわい笑顔をつくれるんだね、銀時が心の中でそう呟くくらい、九兵衛の笑顔はこわかった。

「検討もつかんな。
うーん、きっと高う売れる思うぜよ……」
小さな声で言った辰馬の頭に、九兵衛が拳銃を突きつける。
「そうか、安全装置が外れてしまったので、暴発したら事故だな。」

「「「「「もう二度と、任務中に無駄口は聞きません、任務に専念します。」」」」
四人がそろってそういったことで、九兵衛はようやく怒りを鎮めてくれた。

遙か昔から続く超セレブな柳生家には、時の権力者のために警察などが介入できない密やかに行こなわれる悪事を裏で解決する、始末屋としての顔もある。
柳生家は最初は天人を滅するだけだったが、天人と人が組んで悪事を起こしたり、人が天人を語って悪事を働いたりするようになっていき、いつからか時の権力者からの命で天人関係だけではない事件も解決するようになっていた。
今回の事件は天人が原因ではなく、人間が起こしたものだった。
セレブとの婚活パーティとうたい、それに来た人に薬を与え、自我を失わせてオークションにかけていた。
そこまで掴んでいたので、九兵衛は四天王と共に、その婚活パーティに潜入したのだ。

柳生家の現当主・輿矩の一人娘で柳生家の跡継ぎでもある九兵衛は神速の剣の使い手で、長い柳生家の歴史の中でも柳生家始まって以来の退魔の天才と称される。
剣術だけではなく、体術、射撃などあらゆる事に長けていて、天人に対する感知能力や戦闘力も高く、身体能力も人間離れしている。

それに、柳生家ではごく稀に生まれたときから神と呼ばれる存在の加護を受けて問答無用で天人を滅する事ができる力を持つ子がでる。
九兵衛はその加護を受けて生まれてきた子だった。
そのため今は裏家業のほぼ全ては九兵衛に任されている。

その九兵衛を支え、絶対的忠誠と愛情を捧げているのが、表の顔は柳生グループの四天王として会社の業務を支えている、リーダーはコードネーム総督の高杉晋助、コードネームが白夜叉の坂田銀時、コードネームが貴公子の桂小太郎、コードネーム龍の坂本辰馬の四人だ。
ちなみに九兵衛のコードネームは若だ。

四人ともやはり人間離れした身体能力があり、天人と戦える能力も剣の腕もある。
今日も、上流階級の人間が主催する婚活パーティで行方不明になる一般人がいるそうだから真相をさぐって、必要であれば制裁をという命がくだされ、そのパーティで(悪事を働くのに顔をかくすためだろう、仮面舞踏会という体を取っていた)九兵衛が美しい外見をいかして主催者に近づき、無事事件解決となった。

「もう、十時過ぎじゃないか!
明日の仕事は全員午後からの出社でいい、パパ上には僕からそう報告しておく。
風呂に入ってゆっくり休め、お前達のおかげで今日も無事に任務が終わったよ、ありがとう。」
相手に気がつかれないように細心の注意を払いながらの潜入をしてる時に、辰馬が九兵衛はいくらで売れるのかという軽口を叩いたことで怒りはしていたのだろうけれど、九兵衛はとても心優しい、尊敬できる使えるべき主であり、愛する女性だ。
この仮面舞踏会に出るために、たった一日で完璧にウインナワルツをマスターして踊れるようになったし。

今日だって、ほぼ九兵衛一人でオークションに参加していたくそやろうどもを制圧していたが、自分たちのおかげだと言ってくれる。
九兵衛自身もまだ大学卒業したばかりの23才なのに柳生グループの役員として名を連ね、会社の利益に貢献する働きをしているにも関わらずだ。

「「「「分かりました。」」」」
という返事に頷いて、輿矩にそのことを報告するためか部屋を出ようとしていた九兵衛の携帯が鳴る。
その途端、九兵衛の顔が明るくなった。
携帯の着信音は、キューピー3分クッキングのテーマソング。
九兵衛の『恋人』からの電話の時だけ鳴る、特別な着信音だ。

四人は顔をしかめるが、九兵衛はそんなことにも気がつかず、
「トシくん?
どうした、仕事忙しいんじゃないのか?」
と電話に出る。

九兵衛の恋人の土方十四郎は、特別警察真選組の副長を務めている。
九兵衛より10才年上の33才の男だ。
特別警察真選組は、対テロリストの為の組織で、その中には天人も含まれる事がある。
天人を相手にしなければいけないこともある組織の人間は、柳生流に限らず、天人と戦うことができる流派のもとで退魔の術を身につけることが義務づけられている。
土方は真選組に入った時に、退魔のすべを身につけるために柳生流の剣術道場に通っていた。
そこで九兵衛と出会った。

九兵衛の一目惚れだったけれど、土方の方も九兵衛に一目惚れしていたらしく、九兵衛が18才になったその日に、土方の方から告白してきて、二人は付き合い始めた。
土方は九兵衛や高杉たちのように人間離れした戦闘力はないけれども、常人よりはすぐれていたらしく、結果を出しつづけ、あっという間に昇進して真選組副長にまで上り詰めた。

九兵衛も勉強に仕事に裏家業にと忙しい身だからすぐに別れるだろう、九兵衛に忠誠と愛情を捧げている四人はそう思っていたが、なかなか別れることもなく、二人はお付き合い五年目に突入した。
土方の方は自身の職場の人間や家族にも九兵衛を付き合ってる女性だと紹介しているし、九兵衛も祖父と父に土方を恋人として紹介している(九兵衛の母は九兵衛の出産後に亡くなっている)。

「え、明日の夜?!
ちょっと待って!」
九兵衛は振り返ると
「晋助、明日の夜、僕、予定ないよな?!」
と聞いてきた。

四天王のリーダーである高杉は九兵衛の秘書のような役目もある。
「ねェよ、だから明日はゆっくり休んだ方が……」
高杉の言葉を最後まで聞かず、
「ないよ!
大丈夫、え、明日、休みになった?!
オフィスまで迎えに来てくれるのか!
嬉しい!」
と九兵衛は嬉しそうに言っている。

そしてそのまま、四人の事は気にも留めず、部屋を出て行ってしまった。
「うん、当り前じゃないか!
僕もトシくんを愛してるよ!」
なんて声がここまで届く。

高杉も銀時も桂も辰馬も深いため息をついた。
「俺らの事は完全に、ただの部下としか思ってねェからなァ。」
「まぁ、同じ四天王でも柳生四天王よりは、俺らの方が何倍も大事にされてるとは思うけどな……
俺らが欲しいのは、そう言うんじゃねぇからな。」
銀時が頭をかく。

柳生四天王というのは、剣術道場を仕切っている東城歩、北大路斎、南戸粋、西野掴の四人の事だ。
こいつらも九兵衛に忠誠と愛情を捧げているが、筆頭の東城歩が九兵衛大好きすぎて変態的なストーキングをするせいか、優秀な男であるが九兵衛にうざがられている。
筆頭がそうなので、他三人は普通に九兵衛に接しているけれど九兵衛の方は自分たちに接する時よりは柳生四天王に接するときの方が距離を取っている。
自分たちは名前を呼び捨てだけれども、柳生四天王の方は名字を呼び捨てにしている。

「早よう別れてくれんかな。
あの男、土方。
わしゃ、好きやないぜよ。」
普段、おおらかでいつも笑ってる辰馬も、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

「俺達がずっと大事にしてきた九兵衛を、あの男、あっさりとものにしたからな。
いい感情が持てるわけない。」
桂もそう呟いた。

愛する女性が愛する男など、大事にできるわけがないんだ。

「なぁ、どうしたらあの二人のデートを邪魔できっかな。」
銀時が小声で三人に囁く。
「九兵衛が残業になるように仕向けるとか?」
「何か、あの男が仕事に呼び出されるような事件が起こるとか……」
風呂に入ってゆっくり寝ろと言われたにも関わらず、四人は真剣に相談をし始めた。
しかし、なかなかいい案は浮かばない。

「何をしている!
風呂に入って早く寝ろと言っただろう!」
その時、いきなり声をかけられ、四人は慌てて顔を上げる。

そこには、もう入浴を済ませたのか、浴衣に着替えた九兵衛が立っていた。
真剣に話をしていたから、そんなに時間が経っていた事に四人とも気がつかなった。

「何をそんなに真剣に話してたのかは知らんが、疲れただろう、お前達に無理をして欲しくないんだ。
早く風呂に入って寝ろ!」
九兵衛は四人を心配そうに見ていた。

風呂上がりだからか、左目には前髪がかかってみえづらいけれど、多分眼帯は外してると思われた。
すっぴんでも、我らが主は本当に美しい。

そんな九兵衛に心配をかけたことを後悔しながら四人は返事をする。
「「「「かしこまりました、仰せのままに、ご主人様」」」」

END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ