銀魂

□私立・万事屋学院高校の体育祭・全体練習初日
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そこからの借り物競走は大変白熱したものになった。

借り物に入ってますと名指しされた三人は、せめて少しでも生徒に借りられる距離を短くしようと、借り物の紙のところに諦観した顔で立っていた。

「当たった!!」
と喜ぶ生徒が九兵衛のところに来て、
「抱っこしますよ!」
と九兵衛を抱き上げる。

「くそー、外れた!!」
「柳生先生お姫様抱っこと変わってくれよ!」
それ以外の借り物を当てた生徒は当てた生徒で騒いでいる。

もはや悟りを開いたかのような顔で黙って運ばれていく九兵衛と全蔵と辰馬を他の教師達は同情しつつも、自分じゃなくてよかったと思いながら見ていた。

その間、銀時はお登勢に猛抗議をしていた。
「可哀想だろ、みろよ、全員やべー顔してるだろうが!
だいたい、あいつ、既婚者だぞ、なんっでそれを男どもにお姫様抱っこなんかされなきゃなんねーんだ!」

「それで盛り上がるなら別にいいだろ、減るもんじゃないし。
見な、生徒の盛り上がりを。
大体、既婚者とかでかい声で言うんじゃないよ、今は誰もいないからいいものの、結婚の事がもしばれたらあっちじゃなくてあんたの方を辞めさすからね!」
しかしお登勢にあっさりとかわされてしまう。

その間にも
「九ちゃん、俺が姫抱っこしまさァ!!」
何て言って、総悟が嬉しそうに九兵衛を抱き上げた。
「スピード出すからしっかりつかまってなせェ。
ほら、俺の首に腕回して!」
と言っている総悟に、先に抱き上げて走ってた生徒と、九兵衛を借りられなかった生徒はブーイングをするが、ドSの総悟は気にしない。
すごい勢いで走り出し、九兵衛の方は落ちそうだと思わず総悟の首に腕を回してしまい、
「沖田、スピード落とせ!!」
と叫ぶが、
「クラスが優勝できなくてもいいんですかィ?」
と返され、黙ってされるがままだった。

「おい、もう痔がいたくなりそうだ、ここからは坂本先生と俺の運搬方法逆にしてくれ、せめてそうしてくれ。」
全蔵の訴えに
「それじゃ、次から坂本先生がおんぶで、服部先生がファイヤーマンズキャリーで!」
実行委員長がいい、三人はまた、紙が置かれたところまで戻る。

「「「東城が走る……」」」
三人は、次の走者に東城がいるのに気がついてそう言っていた。

走る前から
「柳生先生、待ってて下さい!」
と叫ぶ東城に九兵衛は待ってて下さいの意味が分からんと呟いていたが、自分のところに来たのが土方だったのでほっとする。

「先生、申し訳ないんですけど抱き上げますよ?
俺もスピード出すから、しっかり捕まってて下さい。」

「土方でよかった……」

九兵衛がそう呟いて、総悟の時に懲りたのか、最初から素直に土方の首に腕を回した。
土方の顔が赤くなったのが、銀時にも他の生徒達にも分かる。

土方でよかった、そのつぶやきに土方は赤くなったのだけれど、そのつぶやきは土方にしか聞こえなかったので、他の生徒はあれくらいで赤くなるなんて女に免疫ないんだなと思っていた。

「おのれ、マヨラー!!!!
変われ!!!」
と迫ってくる東城から逃げるように、土方はすごい勢いで走り出す。

「美男美女でお似合いね。」
いらついてる銀時の横に、いつの間にかあやめが来ていた。

「保健室からでてくんな!」
あやめに気がついて怒る銀時に、
「怪我人でてないんだもの。」
とあやめは返す。

レースが終わって、泣いてる東城を誰もが無視して(全蔵をファイヤーマンズキャリーで運んでいた)三人が諦観した顔でまた紙が置いてあるところに戻っていく。

次の走者の中には伊東がいる。
銀時は土方にもいらいらしたが、伊東にもいらいらしている。
伊東が九ちゃんをお姫様抱っこを引き当てませんように、と思っていたけれど、紙を開いた伊東が九兵衛の元に行って
「先生、失礼します。
落とさない様に気をつけますが、捕まっててもらったら僕も安心して走れます。」
と言って、九兵衛を抱き上げている。
九兵衛も素直に伊東の首に手を回している。
そして伊東は走り始めた。

「伊東君とも美男美女でお似合いね。
彼も、柳生さんを好きなのよね。
沖田君も高杉君も、河上君も多分、柳生さんを好きよね。
そんな柳生さんが、なんで……」
言いかけたあやめは口をつぐむ。

銀時が、殺気すら感じるような目であやめをにらんでいたからだ。
「黙れ、余計なこといってんじゃねぇ。」
うなるような低い声で言われ、あやめは黙って銀時の顔を見ていることしかできなかった。

「不愉快だ。」
はっきりとあやめに言い、銀時はきびすを返すと松平の元に歩き出す。

「理事長命令とは言え、まずいよな。
九兵衛も辰馬も全蔵も、三人とも、もうやべぇ顔になってるよな。」
松平が自分に近寄って来た銀時に言っているのが聞こえる。

「ああ、やべー顔してる。
なんとかできねーの、とっつあん。」
「オメーの気持ちは分かるけどよ……」
二人がそんな会話を交わすのを見ながら、あやめは九兵衛に視線を移す。

剣道部主将の北大路に抱き上げられ、首に腕を回して借り物になってる九兵衛。

銀時に愛されてる九兵衛がうらやましかった。

あやめは多くの人に愛されるよりも、ただ一人、銀時にだけ愛されたかった。
銀時がいれば、他の男なんかいらない。
でも、銀時が愛してるのは九兵衛だけなんだろう。

九兵衛だって、銀時を愛してるから結婚したんだろう。
大財閥の一人娘の結婚相手がただの教師だなんて、愛してなければそんなことできないだろう。

結婚のことを隠してたのは、別に二人に悪気があったわけじゃないのも分かっている。
だから、いい加減、銀時から離れてあげるべきだ。

でも、できない。

自分だって、銀時を愛してる。
銀時と一緒の職場で働きたくて、いろんなつてをたどってやっとここに勤められたのだ。
銀時と九兵衛が別れてしまえばいい、とかそんなことは思ってない。
きっと、周囲に自分たちの関係を隠さなければならないなんて、辛い事だと思う。
その辛い事を飲み込んでまで、二人は結婚すると決めて結婚したんだろうから。

それに九兵衛はいい人だと思う。
財閥のお嬢様なのに気取ったりお高くとまったりしてないし、生徒の事を何よりも考えている。
自分の学生時代、あんな人が担任の先生だったらなと思うような教師だ。
きっと、そんな人を自分は傷つけていると思う。

だけど、自分だって辛かった。
五年も前に結婚していたのに、それを隠されていたなんて辛かった。
その時に銀時の結婚を教えてもらっていたら、きっと、その時に諦めていたと思う。
だけど、その時に教えてもらえなかった。
だからこそ、既婚者と知らずに五年も追いかけてしまった時間のことを考えると、立ち止まってしまう。

「借り物競走、終わりでーす!
柳生先生、坂本先生、服部先生、ありがとうございました!
今後の練習と本番もよろしくお願いしまーす!
許可をくれた理事長、ありがとうございました!!」
そんなことを考えているうちに、借り物競争が終わっていた。

名指しされた三人の教師はげんなりした顔をしていた。
「もう勘弁してくれんかの?」
「本当ですね……」
「ふざけてんな、痔が悪化したらどうしてくれんだよ。」
どこかふらついた足取りで教職員用のテントに戻っていく三人。

「柳生先生!
次こそは先生をお姫様抱っこして走りたいでーす!」
誰かがそう叫んだ。
「次に借り物競走すんのは本番の時だけだからして。
教師をなんだと思ってんだ、ばかどもが!!」
松平がマイクで叫ぶ。

銀時と話し合った結果、今後の体育祭の全体練習では借り物競走は入退場だけやって走らない、本番だけはしかたないから我慢する、理事長命令だし、と言うことになったのだ。

「「「なんか、疲れた……」」」
ブーイングが飛ぶが、三人がぐったりと職員用テントの椅子に座っていたので、銀時は三人にさすがに同情(九兵衛だけでなく、辰馬と全蔵にも同情した)して、用意してあったウォータージャグから麦茶を入れ、それを渡してやった。

思えば、この麦茶を朝、出勤してから教師たちのために作ってくれたのも九兵衛だった。

「「「ありがとう……」」」
三人は受け取り、それを飲んだけれどぐったりしたままだった。
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