黒子のバスケ

春宵道中
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座敷に入るとそこにはすでに髪結いの福井健介が待っていた。

「お待たせしました。」
鏡台の前に座ると福井が
「寝起きだな?
頬に寝具の跡ついてるし。」
と笑う。

慌てて鏡を見つめ、さつきはふてくされた。
「確かについてるけど…そんなこと言わなくてもいいじゃない、健介さんって本当に意地悪!」

「まぁそんなとこも可愛いからいいだろ…」

福井は笑ってさつきの髪に櫛を通していく。
とても長い髪なのに、引っかかる事もなくするすると櫛が通っていく。

そう、彼女はとても可愛い。
だから
「他の男に抱かれるために、他の男に抱かれて崩れる髪を毎日結うのはやり切れねぇんだよ…」
福井はそっと呟いた。

「何か言った?」
さつきが振り返る。
大きな目をくりくりさせて聞かれると何もいえない。

「なんでもねぇ。
ああ、そういや珍しい柄の笄を見つけて、お前に似合いそうだなって思って持ってきた。」
福井は気持ちを切り替えて、袂から笄を取り出す。

「綺麗な笄ですね。」
福井から渡された笄をみてさつきは顔をほころばせ、
「今日はこれを使ってもらってもいいですか?
おいくらですか?」
と福井に聞く。

「あ?
オレは小間物やじゃねぇし、それはお前にやるよ。」
「え、でもこれ…」
「贈りもんだって言ってんだろ。
オレの選んだ笄を桃花太夫が付けてるなんて鼻が高いしな。」
福井はさつきの髪をくしけずる手を止めないでそう答えた。

「でも…」
「お前、客からの贈り物は素直に受け取るんだろ?
ならそれもありがとうって言って受けとりゃぁいいじゃねぇか。」
「だって健介さんはお客様じゃないでしょう?」
鏡の中から福井を見つめ、さつきは困ったような顔をする。

さつきのその言葉に福井の方が目を瞠った。
そして頬をかすかに赤くする。

化粧もしてないのに大きな目が可愛らしい。
その顔で健介さんはお客さんじゃないと言われると嬉しい。

福井は彼女が他の男に抱かれる事が面白くない程度には彼女を好いている。
そして自分は彼女の客じゃないから彼女を抱く事はできないけど、客としてじゃなくて福井健介として彼女が自分を見てくれているんだと思えるから、それが嬉しい。

「オレはお前の客になりたいわけじゃねぇし。
まぁそれは別として、男からの贈り物は笑顔でありがとうって受け取ればいいんじゃねぇの、女なら。」
福井は髪をすく手を止めないけれど、鏡の中のさつきは満面の笑みを浮かべた。

「ありがと、健介さん。
すごく嬉しい!」

さつきの笑顔に福井も自然と笑みを浮かべていた。

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