進撃の巨人

□愛してるのはお前だけ
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目が覚めたペトラは自分を抱きしめているエレンの腕をそっと外した。

子供だと思っていたけれど、ペトラは抱かれて初めてエレンが子供じゃない事を理解した。
だけどいつまでもこんな関係を続けていてもエレンのためにはならない。

リヴァイとの関係もそうだ。
終わらせなくちゃいけない。

そう強く思うようになったのは、ジニーに似ているジャン・キルシュタインに会ったからかもしれない。
『また、お話を聞かせてください。』
あの時のジャンの自分を見るまっすぐな目はジニーの迷いのない目に似てた。

守りたいものがあったから、調査兵団に入った。
いつまでもこんな事を続けていたらいけないと思う。
巨人を絶滅させる事が自分の一番したい事なんだから…。

ペトラはエレンに脱がされた軍服を拾い集めると身につけた。

そしてエレンの部屋を出て行く。
地下室の階段を登ると、起床時間までにはまだ間があるけれどもう夜が明けていた。

だけどもう寝る気になんかならない。
ペトラは何となく外の空気を吸いたくなって庭に出ることにした。
庭に出て空を仰いで、今日も晴れそうだな、そう思って笑った時だった。

「あの…」
いきなり声をかけられてペトラは飛び上がるほど驚いた。
後ろを振り返るとなぜかジャンが立っていた。

「え?
なに、こんな早くにどうしたの…?
一人できたの…?」
ペトラはジャンの姿を見て目を見開く。

「はい。
先輩にリヴァイ兵長の忘れ物を届けるように言われました。」
「兵長、まだ戻ってきていないみたいだけど…」
ジャンが差し出した皮袋を受け取りながらペトラは首をかしげた。
ここから見える厩舎にはリヴァイの馬はいない。

「どこかで馬に飼葉でも食べさせているんじゃないですか?
オレも兵長が戻るより前にここに着くとは思わなかったです。」
ジャンの答えにペトラは納得し、そして笑っていた。

「そうだよね、普通はそう思うよね。
ありがとう、わざわざ本部から来てくれて。
時間があるなら、お茶を飲んでいく?
……お菓子もあるよ。」
「はい!」
ペトラの笑顔にジャンも笑顔になる。


本部に泊まったリヴァイは、夜が明け始めたと同時に
「帰る。」
と言い出して、厩舎に繋いでいた自分の馬を取りに来た。

今日、厩舎の当番はジャンとコニーとアルミンとライナーとベルトルトで、夜明けと共に馬の世話をしていたら急にリヴァイが厩舎に現れたので全員が驚いた。
リヴァイはなぜかジャンを睨んだ後、飼葉を食べさせている途中だった愛馬に乗って古城に向かってしまった。

その後姿を驚いて見送っていたら、先輩兵士が皮袋を担いで走って来た。
「リヴァイ兵長が忘れ物をしていったんだけどもう行っちゃった?」
と聞く先輩に
「はい。」
と頷いたら
「これ、兵長の私物のスーツなんだよね…。
スーツだけなら問題ないんだけど、宝石を使ったタイピンとかもあるから、ご本人不在の本部に置いておいてもし何かあったら困るし…誰か旧調査兵団本部まで持っていってくれない?」
と言われ、じゃんけんで負けたジャンがその役目を果たす事になった。

だけどじゃんけんで負けてよかった、ジャンはそう思った。

ペトラの後についてジャンは旧調査兵団本部の中に入っていく。
ペトラが通してくれた食堂の椅子に腰掛けて
「今、お茶入れてくるから待ってて。」
というペトラに頷いて、ジャンは食堂を見回す。
旧調査兵団本部は庭も、ここに来る途中も、もちろんここも、綺麗に掃除されていて塵一つ落ちていなかった。
調査兵団本部もきちんと清掃されているが、ここは本部より片付いている。
リヴァイ班は6人しかいないはず。

こんな広いところを6人で掃除するなんて大変だろう、ジャンがそんなことを考えているうちにペトラが紅茶とドライフルーツの入ったパウンドケーキをお盆にのせて持ってきた。
「お待たせ。」
ペトラの笑顔はとても綺麗で、ジャンは一瞬だけ見ほれた。

そんなジャンの様子に気が付かずにペトラはジャンの前に紅茶とパウンドケーキを置く。
「この間のお休みの日に内地に買い物に行ったの。
その時に材料がたまたま買えたから焼いてみたんだ、パウンドケーキ。
味がなじむように焼いてからおいておいたから、食べるのはジャンが初めてだよ。
感想聞かせてね。」

自分より年上のはずなのに上目遣いでそう言ったペトラは可愛らしくて、ジャンは少しだけエレンが羨ましくなった。
一口食べたケーキもお酒の風味がほどよくきいていて、フルーツは甘酸っぱくてジャンは
「うまいです!」
と叫んでいた。

「しっ!
まだ、起床時間前だから、他の人たちは寝てるのよ。
でもありがとう、褒めてくれて。」
唇に指を当てたまま微笑むペトラが綺麗でジャンは自分でも顔が赤くなっていくのがわかる。
それをごまかすようにパウンドケーキをもくもくと食べた。
ペトラの視線を感じるけれど、ジャンはそれに気が付かないふりをする。

その時、ペトラはジャンを見つめて質問してきた。
「ねぇ、ジャンはどうして調査兵団に入ったの?」
「大事な友人をトロスト区奪還作戦で失いました。
友人は他の人と火葬されてもう誰のものかも分からなくなってしまったけど、その骨にがっかりされたくないと思って調査兵団に入ることにしました。」

「そう。
きっとそのお友達、ジャンのことを誇りに思ってるわ。」
ジャンの話を聞いたペトラは手を伸ばしてジャンの頬を撫でた。
そのまま
「食べかす付いてるよ?」
と笑って口元を拭ってくれる。

「ジャンってしっかりしてそうなのにこういうとこはまだ子供なんだね。」
ペトラのまなざしが子供を慈しむ母親みたいに見える。

それにカチンときてしまったジャンは思わず
「子供じゃないです!」
と言ってしまった。

ペトラに子供だと思われることがいやだった。
「オレだって男です!」

ジャンがペトラに向かって言い切ったのとほぼ同時に
「てめえがなんでここにいる?」
食堂に響いた声にジャンもペトラも時を止めてしまった。

二人は声の主…調査兵団兵士長のリヴァイを見る。
眉間の皺は深く、不機嫌そうを通り越し殺気すら感じるリヴァイの顔にジャンの顔からは血の気が引いていく。
理由は分からないけれど、リヴァイの怒りがなぜか自分に向いている事は分かったからだ。

「兵長、おかえりなさい。
彼が兵長の忘れ物を届けてくれましたよ。」
青ざめるジャンにとっては即座に立ち上がって笑顔を作り、リヴァイに近寄っていくペトラだけが希望だった。

リヴァイが審議所でエレンにした『躾』のことは噂で知っている。
自分もあんな躾をされたらたまったものではない。
なんで自分が躾をされるかは分からないけれど…。

「ああ?
それでなぜここで茶を飲んで菓子を食ってやがる。」
ペトラが差し出した皮袋には目もくれず、リヴァイはジャンをじっと見ている。

「私が、お礼にと思ってお茶とお菓子を出したんです。
だって兵長の忘れ物を届けてくれたんです。
私がその人に感謝するのは当たり前じゃないですか。
お菓子は一昨日焼いたものです。
味をなじませるためにおいておいたものを彼に味見してもらったんです。
兵長においしくないものを食べさせるわけに行かないので…」
上司の事はここまで立てないといけないのか…ジャンはぼんやりと思いながらペトラとリヴァイを見る。
殺気まで放っていたリヴァイは徐々にだけれど穏やかな顔つきになっていた。

「そうか、なら俺にも持ってこい、お茶とその菓子を。」
「朝食の前にですか…?」
ペトラがリヴァイに聞いた時
「あれ、兵長、もうお戻りですか?」
「ジャンがなんでここにいるんだ?!」
グンタとエレンが食堂に入ってきた。
ペトラは二人が今日の食事当番だった事を思い出す。

エレンはジャンの前にある紅茶のカップとケーキのかすだけがあるお皿を見て、ペトラがジャンに紅茶とケーキを出したのだと思った。
そして、オルオが言っていたペトラの期の首席だった人に似ている104期生がジャンだと思った。
カンだけど、このカンはあたってる。
エレンは確信していた。

「兵長の忘れ物をジャンは届けてくれたの。
兵長は、先ほどお戻りになったわ。」
ペトラは笑顔でグンタとエレンを見たけれど、その顔はどこか強張っていた。
グンタは気が付かなかったけれど、エレンはそれに気が付いた。

ペトラのことを誰よりも自分は見ている。
気が付かないはずがない。
ペトラがチラチラとジャンの事を見ているのにも気が付いている。
きっとジャンがどうしたらリヴァイに怒られずにすむか、考えているんだと思うと腹が立つ。
「用が済んだなら帰れよ、ジャン。」
エレンはジャンを睨んでいた。

「エレン、そういう言い方はよくないわ。
私は彼を玄関まで送っていきます、お茶はその後でよろしいですか、兵長。」

リヴァイは送らなくていいと言いたかったけれど、グンタの手前そうは言えない。
それで
「同期なんだからエレンが見送ってやれ。」
ともっともらしい理由をつけた。

「大丈夫です、一人で。」
ジャンはこの空気に早く帰れといわれている気がしてそう答える。

「命令だ、この男を玄関まで送っていけ。」
だけどリヴァイがエレンに言い放ったので、仕方なく二人は一緒に歩き始めた。

「ありがとう、ジャン。」
その直前に笑ったペトラにジャンも笑顔を返したけれど、自分に注がれるリヴァイの視線にすぐに真顔になって食堂を出て行った。

「俺は部屋にいるから、茶は部屋に持ってこい。」
リヴァイはエレンとジャンが出て行った後、ペトラに命令して自分も食堂を出て行く。

「まずかったんじゃないか、ここに部外者を入れたことが。
機嫌悪そうだったぞ、兵長。」
リヴァイが出て行った後、グンタはつめていた息をはいてペトラを見た。

リヴァイの機嫌がひどく悪い事はグンタにも分かった。
理由は分からないけれど、潔癖症なリヴァイは部外者がここに立ち入った事が我慢できなかったのだろうとグンタは思っていた。

「そうだね…気をつけるね…。」
ペトラはグンタに頭を下げ、お茶を入れるためにキッチンへと歩きながら気分が重かった。
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