黒子のバスケ

Dear マネージャー様!
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ダークグレーのシャツにライトグレーのスラックスを着て足を組んでる実渕にカフェの女性の視線が集中している。

しゃべればオネエな実渕だが、黙っていれば線の細い感じはするが長身のイケメンだ。
足を組んで文庫本を読みながら時折前髪をかき上げる仕草も様になっていて、恋人と一緒にいる女性すらチラチラと実渕を見ていた。

その時、カフェのドアが開いて、恋人と一緒にいる男性の視線が一斉にその人に集中する。
入ってきたのはピンクの長い髪をした女の子だった。
夏用の制服姿だったから胸の大きさとか腰の細さがよく分かる。
夏なのに肌は白く、整った顔立ちの人目をひく女の子で、カフェの男性客は見とれていた。

女性客の視線を集めていた実渕が顔を上げる。

そして入ってきたさつきに気がつき、組んでいた足を解き、さつきに向って手を振った。
「さつきちゃん、こっちよ!」

実渕に見とれていた女の子たちは驚いた顔をするが、さつきは気にした様子もない。
「すみません、遅くなっちゃって。」
実渕の向かいに座り、頭を下げた。
「いいえ、こちらこそ、呼び出してごめんなさいね。」
実渕はさつきに向ってメニューを差し出しながら笑った。

「IH優勝おめでとうございます。」
それを受け取ってさつきも微笑む。
「青峰くんが出場してたらどうなってたか、分からないけどね。」
「そうしたら赤司くんだってスタメンで出場してたんじゃないですか?」
さつきは苦笑してウエイターを呼んでアイスピーチティーを頼んだ。
実渕の前にあるアイスコーヒーが半分以上減ってるのを確認して、それも追加する。

ウエイターが去った後、実渕はオネエと分かってしまった女の子たちでも惚れ惚れするような笑顔を浮かべた。
「さつきちゃんって本当に気がきくのね。
ありがとう。」

「いえ、それより京都に戻るの、遅いんですね。
IH終わってすぐに戻るのかと思ってました。」
さつきの言葉に実渕はため息をついた。
「征ちゃんがね…帰りたくないって駄々をこねてるのよ。
気持ちは分かるのよ、久しぶりに地元に戻ってきてお父様にも会いたいだろうし、あいつらとも会いたいって言ってたからね。
征ちゃんからさつきちゃんにも連絡、来たでしょう?」
「はい。」

さつきは運ばれてきたアイスピーチティーのストローに口をつける。
艶やかな唇がストローをくわえ、アイスピーチティーを吸い上げるのを綺麗な光景ねなんて考えながら実渕は見ていた。
この綺麗な少女も、征ちゃんの大事な大事な存在だ。


だからこちらに戻ってきて、一人しかいない家族の父親や、中学で一緒で自分を理解してもらい、自分も理解しているメンバーと久しぶりに会って帰りたくないと言う征ちゃんの気持ちも分からないでもない。

でも京都に戻らないわけに行かないし、主将を置いて戻るわけにも行かない。
それじゃ他の部員に示しがつかない。
それで困った実渕はさつきを呼び出したのだ。

「どうしたらいいかしら?」
「赤司くん、あれでも一人で色々頑張っているんですよね。
当たり前みたいに人を従えてるけどまだ一年生ですもん、色々考え込んじゃう事もあるんですよ。
いきなり子供返りしちゃうっていうのかな?
帝光時代もたまーにありましたよ?
いきなり突拍子もないこと言い出して周囲を困惑させる事が。」
さつきの言葉に実渕は意外に思う。
征ちゃんってそんなタイプに見えないんだけど。

「ふふ、そんな風に見えないですよね?」
それに気がついたのか、さつきが笑った。

「ええ、そうね…」
「でも、誰かがうんうんって話を聞いてあげるとそのうち気がすんで元に戻りますよ。
IH優勝で気が抜けちゃったのかな、きっと。
帝王洛山の一年生主将ですから、気を張ってたと思うので。
だから、帰りたくないならいいのよって言ってあげて下さい。
征ちゃんの気のすむまでここにいていいのよ、って。
だけど、洛山のみんなに征ちゃんは必要なのよって言ってあげれば、きっと戻るっていうと思いますよ。
要は誰かに甘えたいんです。
だけどそれを赤司くんは周囲に上手に伝えられないだけなので。」

さつきの言葉に実渕はああ、なるほどと思う。
確かに一年生で主将の重責はたまに投げ出したくなる事もあるだろう。
忘れそうになるが、彼はつい数ヶ月まえまでは中学生だったのだから。
そう考えれば、少しのわがままくらいは許そうとも思う。

やっぱりこの子に相談してよかった。
実渕はにっこりと笑う。
「ありがとう、さつきちゃん。
やっぱりあなたに洛山に来て欲しかったわ。
そうしたら征ちゃんももっと精神的にラクだったと思うし。」
「赤司くんは弱音をはけない人なんです。
はかないんじゃなくて、はけないんです。
人にどうやって甘えていいか分からないんです、多分。
でも同じ年の人に甘えるなんてきっと赤司くんのプライドが許さないでしょうから、私がそばにいるより、実渕さんみたいに年上の優しい人が一緒にいた方がいいと思います。」
さつきは実渕に笑顔を返す。

「あなたは本当に征ちゃんのことをよく分かってるのね。」
「そうでもないですよ?
実渕さんの方がきっと赤司くんの気持ちとか分かってると思います。
大丈夫ですよ、実渕さんなら赤司くんの支えになれるって、私は思ってます。
だから赤司くんをよろしくお願いします。
けど、もし実渕さんが弱音をはきたくなったら、その時はメールでも電話でもいいから下さいね。
話聞くだけなら、私でもできますから。」

実渕はさつきの言葉に胸になにかがこみ上げてきて、さつきの手を取ってぎゅっと握っていた。

癖の強い征ちゃんの対応の仕方を教えてくれるだけじゃなく、アタシのことも気にかけてくれるなんて…!
何ていい子なの、実渕は本気でそう思った。

そして握った手は柔らかい。
バスケ部のマネージャーで酷使してる手とは思えない。
髪は長いけど綺麗だし、肌だって色が白くてしみもにきびもないし、きっと忙しい日々の合間に時間を見つけて自分にも手をかけているのだろう、実渕はそう思った。

この子が相手の成長率まで予測するデータを作成するような子には見えないけれど、これであのえげつないデータを作成して作戦を立てるのだから人は見かけによらない。
だけど、だからこそ、誰より女の子らしくいながら、誰にもできない自分だけの武器で選手ともに戦うこの子に実渕は尊敬にも似た感情を抱く。
そして素の彼女を可愛らしいとも思う。


「あなたの恋人になる人は幸せね。」
実渕はそう呟いていた。

「どうもありがとうございます。
そんな事、言われた事ないからとっても嬉しいです。」
照れたように笑うさつきも可愛かった。
「やっぱり今からでも遅くないわ、今吉さんは反対するでしょうけど、洛山にいらっしゃい!」

自分の一番近くにいて欲しい、そう思ってさつきの手をさらに力を込めて握る。

その時
「玲央。
そんなに強く握ったら、さつきの手が折れる。」
「赤司くんっ?!」
「征ちゃん?!」
いつの間にかその場に赤司がいて、実渕もさつきも目を見開いて驚く。

「ちょっと!
どうして征ちゃんがここにいるの?!」

びっくりしている実渕のさつきの手を握っている手を無理やり離させ、赤司はふてくされたような顔をした。

「さつきに会いたくて会いに行ったら、さつきのお母さんが出かけたって言うから。
どこにって聞いたら、ここの場所を教えてくれたんだよ。」


さつきの家は青峰の家の隣にある。
帝光時代、夏休みの宿題が終わらない青峰と黄瀬のために、赤司や緑間や黒子や紫原が青峰の家に泊りがけで宿題の手伝いに来ていた。
三年間、ずっとだ。
家が隣のさつきはさすがに夜は自分に家に帰るけれど、昼間は赤司たちと一緒に宿題の手伝いをした。

その関係でさつきの母もキセキの世代と幻のシックスマンのことはよく知っている。
特に赤司は礼儀正しく、さつきの母は赤司くんはできた子ねぇなんていつも褒めていて、赤司も褒められて悪い気はしなかったのか、さつきの母とはよく話をしていた。

そしてさつきは今日、出かける際に母にどこに行くのか聞かれ、カフェで人と会うと答えた。
そのカフェの名前を聞かれ、答えたら帰りにそこのチーズケーキをテイクアウトしてきてと言われて、お金までもらったのだ。
母はここのチーズケーキをどうしても食べてみたかったらしい。
そんな母がここの名前を覚えているのは当然で、赤司に聞かれれば答えるのも当然だろう。

「赤司くんはうちのお母さんと仲いいもんね…」
ぽつりと呟いたら
「さつきのお母さんはいい人だからね。
なんていってもさつきを生んでくれた人なんだから、感謝しているよ。」
と赤司が答えた。

「征ちゃんはさつきちゃんに何か用だったの?」
二人の世界に入りそうになる前に実渕は赤司に聞いた。

「たださつきに会いたかったんだ。
京都に帰る前に。」
赤司の言葉に実渕の顔がぱっと輝く。
「やっと帰りたいと思ってくれたのね!
いい子ね、征ちゃん!」

「玲央、人を子ども扱いするんじゃない。
さつき、一緒に京都に行かないか?」
実渕を押しのけて赤司はさつきの向かいに座り、さつきの手を握る。

「ううん、京都にはいけないの、ごめんなさい。
私はここにいるよ。
ここで待ってるの、みんなが戻ってくるのを。
戻ってきた時に、戻ってきてよかった、そう言ってもらえる場所を作っていたいから。
赤司くんの戻ってくる場所、ちゃんと作ってここで待ってる。
だから赤司くんは、やりたいことやりたいだけやってても大丈夫だよ?」

赤司の誘いを断って、だけどさつきは赤司の手を包むように握り直した。

「さつき…」
「いってらっしゃい。」
微笑むさつきに赤司は頷いて立ち上がる。

「玲央、なにをぐずぐずしてるんだ、京都に戻るぞ。」
その顔はもう、洛山高校主将・赤司征十郎の顔だった。



青峰、黒子、緑間、黄瀬、紫原はその日の夜、赤司からのメールを受け取って、難しい顔をしていた。
『さつきが僕と付き合う気になるまでは、しっかりとさつきを他の男の魔の手から守って欲しい』

「ざけんな、さつきはオレのだっつーの。
けど赤司にそんなこと言えねーし…」

「桃井さんは僕に好意を寄せてくれてるんですが…でも赤司君にそんな事は言えませんし…」

「なぜ赤司と桃井が付き合うこと前提になっているのだよ?!
オレだってできれば桃井と…しかし赤司にそんな事は言えないのだよ…」

「はぁぁっ?!
桃っちと付き合うのはオレっス!!
けどそんなこと赤司っちに言えないっスね…」

「オレがさっちんと付き合いてーし…
でも赤ちんにそんなこと言えねーし…」

悩んだ挙句、5人は
『さつき』
『桃井さん』
『桃井』
『桃っち』
『さっちん』
『『『『『はしっかり守る』』』』』
とだけ返信した。



同時刻。
一応交換しておこうか、そんな理由でさつきのメアドを聞いた時、主将同士もメアドを交換していた。
そのメアドに一斉で送られてきた実渕のメールを確認した、今吉、日向、大坪、笠松、岡村は吹き出した。

『というわけでさつきちゃんは本当にいい子よ!
あんな子が恋人だったら幸せだと思うの!
それでアタシ、さつきちゃんと付き合いたいんだけどどうしたらいいかしら?』

『桃井はワシのもんや言うてるやろ!』

『あんた女が好きなんですか?!
っつか桃井はあんたには合わねぇよ、このダァホが!』

『あの子には実渕みたいなタイプじゃなくて男らしい子が似合うと思う!
そして遠距離恋愛じゃかわいそうだから、お前は諦めろ!』

『お前、男が好きなんじゃねぇの?!
っつか桃井はお前にはもったいないだろ?!
あいつは女が苦手なオレが唯一しゃべれる女子だぞ?!』

『お前、女が好きじゃったのか!
でも桃井は諦めろ!』

「見てなさい、必ずさつきちゃんをアタシの恋人にして見せるわ!
その時になって吠え面をかけばいいのよ!
とりあえず、こいつらより現時点での最大のライバルは征ちゃんね!」
各主将からの返信を見て実渕は呟いた。

with実渕 END

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