黒子のバスケ

HYPNOTIC POISON U
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ブラックのスリットスカートにベビーピンクのフリルシャツ、ブラックのシンプルなジャケット姿のさつきはヒップホルスターから銃を抜いて構えた。
その隣で黄瀬も銃を抜いた。

「最近は日本も物騒だよね、拳銃なんて手に入れられるんだから。」
「そうっスね、何でなんスかね?
どこで買うんだろう、一般人が拳銃なんか。」
軽い口調で話してはいるが、さつきも黄瀬も顔は真剣だ。

発砲事件があり、捜査一課の3係の捜査員は現場に急行した。
機捜の報告を受け、廃ビルに逃げ込んだ発砲した犯人を3係の捜査員達は黄瀬とさつき、紫原と灰崎、黒子と青峰に分かれて追っている。

「それとも被疑者は一般人じゃないのかな?
組織犯罪対策部の管轄かな、被疑者。」
「ああ、マル暴っスか?
でも捕まえてみないとわかんねっスね。
マル暴か、一般人か。」
「一般人ならどこで手にいれるのかな、拳銃。
公安ならそういうルートも知ってるのかな?」
そう言いながらさつきは手近なドアのノブに手をかけた。

公安…そう聞いて黄瀬は飲み会の時にさつきと仲良さげに話していた花宮真の顔を思い出す。
公安の警視正の男。
だけどそれをさつきに隠している男。
なにが目的かは分からない。
けどもし花宮がさつきを本気で好きだったとしても、花宮が公安の刑事であるから自分達は花宮がさつきを本気で好きだなんて信じられないし、さつきだって花宮が情報収集のために自分に近寄ったんだと思うだろう。
だからこそ、花宮とさつきをこれ以上近づけてはいけない、そう思う。

「きーちゃんっ!!」
花宮とさつきのことを考えていた黄瀬は、完全に警戒を怠っていた。

さつきの叫び声の後、銃声が2発響き、黄瀬は反射的にしゃがんだ。

しばらくして顔を上げると、さつきの拳銃から煙が上がっているのが見えた。
それをぼんやりと見ていた黄瀬はさつきがさっと拳銃をしまい、走り出したのを目で追ったことで自分の背後で倒れている男を見つけた。

「10:18、銃刀法違反の現行犯で逮捕します。」
さつきは手錠を取り出すとそれを犯人の両手にかけた。
そして携帯を取り出す。

「ミドリン?
被疑者は確保したんだけど、発砲しちゃった。
私達の背後で引き金に手をかけてたから、私も構えたんだけど、全然威嚇にならなかったの。
発砲されたから、こっちも発砲して彼の手から拳銃だけ弾き飛ばしたの。
だから外傷はないけど、捻挫とか、最悪骨折くらいはしてるかも…うん。
……はい、申し訳ありません、警部。
はい、よろしくお願いします。」
さつきはそういうと携帯を切る。

その頃には銃声を聞きつけた他の捜査員たちも駆けつけてきていた。
「桃井さん!」
「さつき!」
「さっちん!」
「サツキちゃん!」
四人は口々にさつきの名前を呼ぶ。

さつきはどこか疲れたように
「被疑者は確保したよ。
連行してもらってもいいかなぁ?」
と灰崎に被疑者の身柄を引き渡した。

被疑者はまだ呆然としている。
黄瀬にも何がおこったかよく分かっていないが、電話での話を聞いている限りじゃ、さつきは自分の背後にいた被疑者が発砲したので自分もすかさず発砲して、拳銃を相手の手から弾き飛ばしたらしい。

そんなこと、黄瀬は狙ってもできない。
さつきの射撃の腕前は捜査一課でもトップレベルだ。

初動捜査をするために拳銃を常時携帯している機動捜査隊に異動の話があったが課長の赤司がつぶしたという噂も、本当かもしれない。
そんなことを思っていた黄瀬はさつきに
「黄瀬巡査。」
と厳しい声で告げられて姿勢を正した。
「はい。」

さつきの厳しい顔つきと声に、被疑者を連行した紫原と灰崎を除く、青峰と黒子も思わず顔を引き締めた。

普段は部下と上司なんて関係を気にする事のないさつきだが、本当に怒った時には部下を階級で呼び、上司の顔になる。

「拳銃を所持している被疑者を追って自分達も拳銃を携帯しているのに、警戒を怠るってどういう事か説明してくれる?」
「なんの弁解もできません。
自分の不注意です。
本当に申し訳ありませんでした。」
黄瀬は深々と頭を下げる事しかできなかった。

もし、被疑者の発砲した銃弾が自分に当たっていたら…いや、さつきに当たっていたら…それでもしさつきに何かの事があったら…。
そう思ったらひざががくがくと震えそうになるのを黄瀬はこらえる。
自分のしたことがどれだけ浅はかだったか、改めて思い知らされた気がした。

さつきの怒った顔は、普段がニコニコとしてるだけに本当に怖い。
だけど美人は得だなぁなんて黒子は思っていた。
怒っていたって桃井さんは綺麗だなぁ。
黒子はそんなことを考えていたのだ。

「反省してるならいいけど、刑事の仕事って怖いんだよ。
自分の命に関わることだってあるんだよ。
それでも自分より誰かを守る事を優先する、それが刑事の仕事だと私は思う。
だから拳銃所持してる被疑者に対して、拳銃携帯して警戒を怠るなんてこと、もうこれっきりにして。
捜査に出てるときは、常に緊張感を持って。
それができないなら、辞表出した方がいいと思うよ。」
さつきの言う事はとても厳しい。
けどその通りだから誰も反論できなかった。

「すみません、警部補。
今度からは、気をつけます。」
黄瀬は誠心誠意、謝る事しかできなかった。

厳しい顔で黄瀬を見ていたさつきの顔がふっと緩む。
「うん、厳しいこともいうけど、きーちゃんにケガして欲しくないから、言うんだよ。
次からは気をつけてね。
それじゃ、この話はもうおしまい。
鑑識さんを警部がこっちに送ってくれることになったから、被疑者が発砲した銃弾を見つける位はしておこうよ。
はい、捜索開始。」

さつきは切り替えがとても早い。
手袋をはめ、銃弾の捜索を開始する。
それに黄瀬と黒子と青峰も続く。

「桃っち、かっこいいなぁ…。
昔からあんなかっこいい女の子だったんスか?」
黄瀬は銃弾を探しながら青峰に小さな声で話しかける。

「ああ?
かっこよくはねぇだろ、女だぞ。
でも同僚の殉職とか、助けられなかった命とか、そういうのたくさん見てきたから。
オレと、あいつは。」
青峰の言葉に黄瀬と、その言葉が聞こえていた黒子も息をのんだ。
そしてため息をつきたくなるのを堪えた。

幼い頃からずっと一緒の幼馴染。
二人で見たドラマで刑事に憧れ、一緒に警察官を目指し、同じ係で一緒に働く青峰とさつきの間には誰も入っていけないようなそんな気がしたからだ。


捜査一課の第二強行犯捜査3係の女刑事が発砲して被疑者の拳銃だけを弾き飛ばし、見事に被疑者を逮捕したらしい、被疑者は怪我一つしてないって。
自分も発砲されたのに、すぐに被害を最小限に抑えて発砲するなんて大した女刑事だよな。

そんな話はすぐに花宮の耳に入り、花宮は愕然とした。
それがさつきのことだと花宮にはすぐ分かった。
なんて危険なことを、そう思うと花宮はいますぐにでも捜査一課に駆けつけたい気分だった。
だけどそんな事はできない。

まず発砲した事、された事を花宮が知っているのが不自然だ。
自分は商社の営業マンとさつきに言ってあるし、さつきも自分にはOLだと言って刑事である事は隠している。

だから花宮は携帯を手にすると
「今日も仕事がいそがしいけどお前はどうだ?
バァカなことしてねぇか?」
とメールをした。

だけど、返信はこなかった。
デスクに置いた携帯を常に気にしながら仕事をしている花宮には、普段の集中力なんてものは皆無だ。

公安の優秀な警視正である自分が、たった一人の女にここまで感情をかき乱されている。
ケガはしなかったと聞いても、発砲されて発砲したと聞いたら不安で仕方ない。


さつきからの返信がきたのは午後の七時過ぎだった。
午前中にメールをしたのに今頃返事をしてくるなんて、本当に色々と大変だったのだろうと思う。
だけど、ずっとずっと彼女の事が心配で仕事が手に付かなかった。

まだ自分達は恋人ではない。
花宮はさつきのことは知っていたけど、さつきは自分を知らない。
そんな状態で、本当に偶然に自分たちは出会い、今の様に時間が合えば二人で過ごし、メールや電話のやりとりをし、恋人ではないけれどそれに近い関係を築いてきていると思う。
だけど、それ以上に踏み込む気はなかった。

いや、踏み込めない。
自分は相手を知っているけど、相手は自分を知らないという今の状態、まして自分は公安の刑事。
さつきと出会ったのは偶然だったけれど、自分が公安の刑事だと知ったらさつきは出会いすら花宮が仕組んだのだと思うに決まっている。
何かの情報を自分から聞きだすために花宮が自分に近づいたと思うに決まっている。

決まっているけれど、認めるしかないようだ。

「好きだ、バァカ。」

『バァカなことは何もしてません、元気だよ!
差し入れのケーキ食べてるよ!』
という本文と、それに添付されたコンビニで買ったものらしいケーキの写真を見ながら、花宮は思わず呟いていた。

その呟きが聞こえた実渕がため息をついたのも知らず、花宮はさつきにケーキが好きなら今度一緒にケーキバイキングに行くかと返しながら、浮かぶ笑みを抑えられなかった。

END

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