黒子のバスケ

愛妻家達の幸福な日々
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ACT.緑間

目が覚めたら、目の前に緑間の顔があった。
「目が覚めたか?」
思っていたよりずっと優しい声で聞かれ、さつきはこくんと頷く。

そうだ、朝、きーちゃんの代わりにミドリンがここに来て、若干無理やりではあったけど食事を取って、そしたらベッドの中に服を着たまま入った緑間が
「疲れただろう?
もう少し寝るといいのだよ。」
と言って自分の隣を指差したから、眠かったさつきは何も考えずにベッドに潜り込んだ。
そのまま緑間に抱きしめられて、さつきはあっという間に眠ってしまったのだった。

自分が寝てる間、こうして緑間はなにもせずにずっとそばにいてくれたのだろうか…そう思ったら涙が出てきた。
ミドリンなら、きっと大丈夫、分かってくれる。
だって大ちゃんともきーちゃんとも違って、私の事を考えてくれたもの。

自分の涙を拭う緑間の手をギュッと握ってさつきは言った。

「ここから出して、お願い、ミドリン。」

目が覚めた時、自分を見ていた緑間の目は優しかった。

だけど出して欲しい、そう言った瞬間、緑間はとても冷たい目をさつきに向けた。

「桃井、お前、青峰にも黄瀬にもここから出してと言ったそうだな。
なんでそんなにここを出たいのだよ?」

「なんでって…なんで私がここにいたいと思うと思うの?」
さつきは泣きながら聞き返す。

自分の意思で来たんじゃないんだよ、ここに!
泣きじゃくりながらそう思っているさつきに緑間は
「お前はオレ達に愛されて幸せだろう?
なのにどうしてここから出たい?
オレたちに愛されて、オレたちとずっと一緒にいられるんだ、これ以上の幸せはないだろう?」
諭すような口調でさつきの髪を撫でる。

「幸せってなんなの?
ミドリンにとっての幸せってなんなの?」
諭すような口調も、自分を見る目も優しい緑間にさつきは逆に聞き返していた。

「オレの幸せはお前と一緒にいる事なのだよ。
帝光の時からずっと、オレはお前を見ていた。
お前には大事なものや好きなものが色々あったようだが、オレにとって大事なものは少ない。
お前はその少ないものの中のひとつなのだよ。
だからお前とこれからずっと一緒に入れることがすごく嬉しい。」
緑間がはにかんだように笑む。

それは本当に幸せそうな顔で、そして自分の幸せがさつきの幸せであると信じているかのような顔だった。

だけど、それは私の幸せじゃない。
「それは、ミドリンの幸せで私の幸せじゃないよ…」
さつきは泣きながらそう言ってた。

そう、私の幸せはみんなとこうして一緒にいる事じゃない。
こんなところに閉じ込められる事じゃない。

やりたいこと、たくさんある。
スポーツに関する勉強がしたくて今の大学に入った。
理学的なことや、データの活用、トレーニングや栄養学なんかを学んで、バスケじゃなくてもいいから何かスポーツに関わる仕事をしていきたい、ぼんやりとだけどそんな将来を描いていたし、それは幼馴染の青峰、帝光中で緑間を始めとするキセキの世代のみんなと出会ったこと、中学から高校、大学とずっとマネージャーをしていたからというのが大きな理由だ。
なのに、その人たちが自分をこんなところに閉じ込めている。
そう思うと悲しかった。

緑間は泣きじゃくっているさつきをしばらくじっと見ていたが、中々泣き止まないさつきをそっと抱き寄せた。
「なぜ桃井が泣くのか分からないのだよ。
オレ達がこんなに幸せなのだから、お前だって幸せなはずだ。
確かにもう大学にはいかせてやれない。
両親にも会わせてやれない。
それは少しかわいそうだが、それ以上に幸せだろう?
それに勉強ならオレや赤司が教えてやるのだよ。
だから大丈夫だ。」

そういうことじゃない!
そう思ったけれど、しゃくりあげているさつきは何も言う事ができなかった。
自分を抱きしめている緑間の体温はあたたかい。

だけど、それが逆に怖かった。
自分には分からない理論を言っている緑間の体温が、付き合っていた時の桜井と同じようにあたたかいのが怖かった。

みんなは…桐皇の後輩でさえ、桜井のことを気弱な人だと思っていた。
だけど、桜井良という人間は気弱そうに見えながら、芯のしっかりとした男の子だった。
じゃなかったら実力至上主義の桐皇で、一年からレギュラーを射止める事ができるわけない。

黒子とはちがう。
紫原ともちがう。
二人とは違うけれど、桜井も最初のうちは、さつきにとっては掴みどころのない人だった。
いつも謝ってて、半泣きで生きててすみませんなんて言うのに、負けん気は強い。
『だって…ボクの方がうまいもん』
と言われた時は桐皇メンバー全員が
『もんって…もんって…何?!』
とつっこんだけれど、でも桜井の芯の強さだけは伝わった。

第一、同学年にキセキの世代がいるのだ。
絶対的な力の差があるキセキの世代が同学年にいて、それでもその圧倒的な差に絶望せずにバスケを続けてきた。
それだけで自分達と同学年でバスケを続けた人たちの意志の強さ、芯の強さが分かる。
高尾にしても、桜井にしても、自分だけの武器を使ってキセキの世代の所属するチームで一年生の時からスタメンを勝ち取ってきたのだから。
誰よりも長く練習をし、努力をする…そんな桜井をさつきはいつの間にか好きになった。

桜井もさつきを好きだと言ってくれた。
抱き合うたびに、幸せだと思った。
あったかいなと思った。
心が強くてそして、あったかい。
そういう人だから良くんに抱きしめられるとあったかいんだ、さつきはそう思ってた。
幸せだった。

その桜井と、緑間の体温が変わらない。
変わらない…

「やだっ!!
離して!!」
そこまで考えて、さつきは緑間の腕の中でもがいて声を上げていた。
やだ、やだ、やだ!
だって私を抱きしめてるの、良くんじゃない!
「離してっ!!
離してミドリン!!」
さつきの声に緑間の目がスッと細められた事にさつきは気が付かず、もがいていた。

緑間が本気で怒っている、それに気がついたのは緑間がさつきをベッドに乱暴に押し倒したからだった。

「お前はそんなに桜井が好きか?
3Pシューターとしても、バスケットのプレイヤーとしても、あいつよりオレの方がよほど優秀なのだよ!!
なのになんでお前はあいつを選んだ?!
オレはずっとずっとお前を愛して、お前のために勝ちたくて、そのためにひたすら練習してあの3Pを身につけたのだよ!!
お前がオレのシュートはキレイだと言ってくれたから、だからオレはよりキレイなシュートをより遠くから決める事ができるように練習をしたのだよ!
なのになぜ、3Pシューターとして誰より優れてるオレより、お前はあの男を選んだのだよ?!
桃井と別れろ、そう言いに行った時、あいつは最初はいやですと言った。
けど、青峰が凄んでみせたらあっさりと分かりましたと言ったのだよ。
その程度にしかお前を想っていなかった男のどこがオレに勝っているというのだよ?!」

「良くんは…自分がミドリンより勝ってるとか劣ってるとか考えてないもん!
自分と戦ってる人だから自分の方がうまいとか言う時もあるけど、人を貶めたりしないもん…。
帰して、家に帰して。
返して、良くんを返してよ。
お願いだから私に良くんを返してよ…。」

自分を押し倒している緑間を見上げてさつきは訴える。
その目がどんどん冷えていくのを見て、さつきは身震いをする。
怖い…本気で怒ってる、ミドリン。

さつきの腕を押さえつける緑間の手は熱い。
だけど自分の体からは体温が失われていていくような気がする。

「帰さない。
桃井を家に帰したりしない。
6年以上、お前を想っていたのだよ。
オレだけじゃない、赤司も青峰も紫原も黄瀬も黒子も全員がお前を想っていた。
だからオレ達はお前とはいい友達でいようと決めた。
お前を誰のものにもしないで、みんなのものにする、そのために抜け駆けをしない。
オレ達はそういう約束をした。
だけどお前はそんなオレ達の気持ちを裏切って他の男と付き合ったんだ。
しかもよりにもよって3Pシューターとして、オレに劣るあんな男と!
それは許せない事だが、過去のことはもういいのだよ。
大事なのは今だ。
今、桃井がここにいる。
今オレ達と共に桃井がいる、それでよしとするのだよ。
桃井、愛している。
愛している。
だからお前を帰さないのだよ。
ずっとここにいればそれでいい。
お前はそれで幸せになれるのだからな。
いや、幸せにする。
オレ達みんなでお前を幸せにするのだよ。」

緑間の冷えていた目が、話をしているうちに徐々に熱を帯びていく。
あんな冷たい目の緑間を見た事はなかったけど、こんなに熱を帯びた目をする緑間も知らない。
誰なの?
知ってるようで知らない人ばかり。

青峰はそれこそ赤ちゃんの頃から。
赤司、緑間、紫原、黒子、黄瀬とはまだ子供といっても差し支えないような年に出会い、離れていた時期もあったけど、一緒に大人になってきた。
誰よりよく知ってる人のはずなのに、誰だか分からない。

呆然としているさつきの唇に緑間の唇が重なる。
口の中に舌が差し込まれて、さつきの舌を絡め取っていく。
頭がぼんやりとするほど激しいキスに、酸欠で死ぬかもしれないと思った頃、緑間の唇が離れていった。
さつきと緑間の間を唾液が糸を引いてぷつりと切れた。
見上げる緑間の口元が光っている。

もう一度緑間の顔が近づいてくる。
「やめ…」
言いかけた言葉ごと、緑間が吸い取っていく。
緑間の指がさつきが着ていたキャミワンピの肩紐にかかる。
肩から肩紐が抜けて、次に緑間がさつきから離れた時、さつきはもう服を着ていなかった。

「綺麗だ、桃井。」

『綺麗です、さつきさん。
すみません、ボクなんかにはあなたはもったいないです!
ボクなんかが彼氏ですみません!
でも綺麗です、さつきさん。』
自分の上で微笑んでいる緑間に、いつも自分を抱く時に微笑んだ桜井が重なる。

「綺麗じゃないよ…」
さつきの唇から言葉が零れ落ちた。
無意識のうちに。
綺麗じゃないよ。私。
だって私、もう良くんにだけに誠実でいられないから。
良くんは綺麗だって言ってくれたけど、もう私、綺麗じゃないよ…。

「綺麗だ。
オレはどんな桃井だって綺麗だと思うし、美しいと思うし、愛している。」
緑間がさつきの首筋に唇を寄せる。
閉じたまぶたからこぼれた涙が頬を伝って冷たかった。


「桃井さん、起きてください。
もう、九時ですよ、桃井さん。」
軽く揺さぶられて目を覚ますと黒子が目の前にいた。
昔好きだった人の顔はわずかに微笑んでいる。

身支度を終えたらしい緑間は
「ジンクスを守らなかったのは初めてだが、こんなに目覚めがいいのは初めてなのだよ。」
と言うと、さつきの唇に触れるだけのキスを落とす。

「緑間君!
もう九時は過ぎてます!
さつきさんは今は僕の奥さんですよ!
君、昨日黄瀬君に怒ったらしいですが、結局自分も桃井さんに無理をさせたんですね。」

黒子が緑間を睨むけど緑間は肩をすくめて見せただけだった。

「黄瀬の言う通りだったのだよ。
一週間分のラッキーアイテムは手に入れられなかったが、桃井を手に入れられた、それがオレの人生最大のラッキーアイテムなのだよ。
それじゃ桃井、また日曜日に。」
何も言わないさつきに微笑みかけて緑間は部屋を出て行く。

「すみません、桃井さん。
先に謝っておきます。
疲れていると思います。
だけど僕もずっと好きだった桃井さんにやっと触れる事ができるんです。
できるだけ気をつけますが、優しくできなかったらすみません。」
ベッドに横たわってるさつきに黒子が近寄ってくる。
唇に落とされたキスはその言葉を裏付けるように激しかった。

あんなに好きだった時は振り向いてくれなかったのに、どうして今頃なのテツくん。
さつきは寝起きでぼんやりした頭でそんなことを考えていた。

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