黒子のバスケ

愛妻家達の幸福な日々
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ACT.黄瀬

青峰が出て行った後、ぐったりしてるさつきを抱き起こして黄瀬は服を着せてくれた。

黄瀬が選んだらしい、ワンピースだった。
足に足かせが付いてるせいか、頭から被って着られるシンプルなデザインのものだったが、それがさつきの体のラインを綺麗に際立たせ、黄瀬は満足げに笑った。

「似合ってるっスよ、桃っち。
すっごい綺麗っス。
やっぱ桃っちは綺麗っスね。
だから、もう離さないっス。」

その言葉にさつきは黄瀬を見上げた。
その笑顔は中学のときから全然変わっていない。
モデルをしてる時とはちがう、大好きなバスケに打ち込んで楽しんでいる時の笑顔。
だけど、状況があの頃とは全然違う。

買い物に行く途中で拉致されて、ワケの分からない家に連れ来られて曜日ごとに別の人と…ずっと『仲間』だと思っていたみんなとすごして日曜日は全員一緒にすごそうと言われて、青峰に抱かれた。
大事な幼馴染だけれど、異性として好きなわけではないのに。
それは黄瀬への気持ちも同じで、大事な友達ではあるけれど恋愛感情ではない。

「きーちゃん…お願い、ここから出して。
私、きーちゃんのことは大事だよ。
だけど、こんなのおかしいよ。
いきなり連れ去れて一緒に暮らしましょうなんて言われてもはいそうですね何て言えないよ。
きーちゃんだっていくら自分のファンだからって言われても、好きでもない女の人と一緒に暮らせないでしょう?
お願い、ここから出して!」

さつきは黄瀬に懇願していた。
が、その言葉に黄瀬の笑顔は瞬時に凍りついた。
冷たい目でさつきを見下ろす。

黄瀬のこんな顔を見たことのないさつきは思わず身震いをしていた。
怖い…この人は誰なの?
本当にきーちゃんなの?
顔を青ざめさせるさつきに黄瀬は冷たい目のままで言う。

「好きでもない女と暮らせるわけないっしょ。
っつか、それよりもオレたちとオレのファンを一緒にするなんて…ありえないっス。
オレのことなんかなんも知らないファンと、桃っちのことなら何でも知ってて桃っちを愛してるオレたちとじゃ全然違うっしょ?
オレたちは桃っちの全てを愛してるんスよ?
それこそ小指の爪から髪の一本まで。」
黄瀬の指がさつきの髪を掬い上げそっと髪に口付ける。

変わらないよ、人の気持ちは無視してこんなことするの、きーちゃんの気持ち無視しておっかけてくるファンと変わらないよ…。
さつきは泣きながら思うけど、そんなこと黄瀬に言えない。

「桃っちってば泣くほど感動してくれたなんて嬉しいっス!」

だけど黄瀬にはそれは感動の涙に見えたらしい。

どうしてみんなこんなになっちゃったの?
大ちゃんも、きーちゃんもミドリンもテツくんも赤司君もムッくんもどうしてこうなったの?
どうしてこんな事、考えるようになったの?
どうしてこんな事、実行したの?
私、こんな事、望んでない。
自分が好きだと思う人と一緒にいたい。

「ふーん。
じゃ、桃っちの好きな人って誰っスか?」
泣きながら心の中でだけで言ったつもりだったのに、その気持ちは口に出てしまっていたらしい。

黄瀬の冷たい声にさつきは再び身震いする。

「好きな人がいるんしょ?
大学のバスケ部の主将っスか?
それとも桜井君っスか?
それとも誰か別の人っスか?」

黄瀬は冷たい顔のままだ。
美形が無表情にしてるところは本当に怖い。
怖くて涙が止まらないさつきの肩を黄瀬が掴む。
その力が強くてさつきは思わず短い悲鳴を上げていた。
それでも黄瀬はさつきの肩を掴んだままだ。

「いない、今はいないけど…これからできたかもしれないじゃない…!
痛い、きーちゃんはなしてっ!」

「だからそのこれからがこないように、桃っちはここにいるんじゃねっスか。
ずっとここにいて、オレら以外の誰とも出会わなければ、もう誰も好きになんねーっしょ。
それにオレたちはもう一生、桃っちだけいればいいし。
女の子は愛されるより、愛されたほうが幸せになれるっスよ。」

黄瀬の肩を掴む力は緩まないのに、顔にはまぶしいくらいの笑みを浮かべていて、さつきは体から力が抜けていた。

怖い…。
青峰も自分の知ってる幼馴染の大ちゃんじゃなかったけど、この人ももう自分の知ってる黄瀬涼太じゃない。

なんでこうなったの?
どうして?
頭の中が混乱して泣きじゃくり始めたさつきを、黄瀬はギュッと抱きしめた。

「大丈夫っスよ。
もう、怖い思いも辛い思いもオレらがさせないっスから。
桃っち、大好き。
愛してる。
愛してるよ、桃っち。
やっと言えた。
ずっと、中学の時からずっと、言いたくていえなかったけどやっと言えたっス。
愛してるよ、桃っち。
世界中の誰よりも。
だから桃っちもオレたちだけを見て。
オレたちだけを。」

窒息しそうなくらい強く抱きしめられてさつきはぼんやりと考える。
このまま窒息しちゃったほうがもしかしたらラクかもしれない。

けど…最後に良くんに会いたいよ。
会って聞きたい。
私のこと、嫌いで別れたの?
って。
だって、ずっとずっと大事に想ってたんだよ、良くん。

さつきの脳裏に桜井の頼りなさげな、だけど本当に好きだった笑顔が浮かぶ。

好きだったの、本当に好きだったの。
頼りなくて、気弱でも、それでもバスケに真剣なあなたも、料理が上手なあなたも、かっこいいところも、情けないところも…全部知ってて、全部ひっくるめて好きだったの。

「あっそ。
でも桃っち、もう桜井には会えないっスよ。
それと、オレだからいいけど、
『頼りなくて、気弱でも、それでもバスケに真剣なあなたも、料理が上手なあなたも、かっこいいところも、情けないところも…全部知ってて、全部ひっくるめて好きだったの』
なんてこと赤司っちとか緑間っちとか黒子っちの前で言わないようにね。
桜井殺しに行っちゃうっスよ?」

黄瀬が自分をベッドに押し倒して、見下ろしている。
それでさつきは自分が想っていた事をそのまましゃべっていた事を知る。

「きーちゃ…」

「どうせ青峰っちのことだから、体力に任せてガンガン桃っちのこと抱いたんでしょ?
それじゃ気持ちよくないっスよね。
オレは桃っちをいっぱい気持ちよくしてあげる。
そんで、もう桜井のことなんか考えられなくなるくらい、オレでいっぱいにしてあげる。」
黄瀬自身が選んだはずのワンピースを黄瀬が力任せに引きちぎる。

「っと、その前に一緒にお風呂に入ろっか?」

さつきの肌に指先を滑らせて笑った黄瀬は、さつきの知る黄瀬涼太だった。
だけど自分の肌をなぞる指先も、自分の唇に重なる唇も、さつきの知る黄瀬涼太のものだとはどうしても思えなかった。



「桃井、起きるのだよ。
朝食を持ってきた。」
声をかけられて目を覚ますと緑間が自分の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫か?」
心配そうに自分を覗き込んでる緑間はあの頃からずっと変わってないような気がして、ホッとしてさつきの目から涙が溢れてくる。

「黄瀬、桃井に無理をさせるなとあれほど言っただろう!」
さつきの涙を指先で拭いながら緑間が怒る。

「そのつもりだったんスけど、つい…。
だってやっと桃っちと愛し合えたんスよ。
緑間っちも絶対、無理させると思うっス!
もし桃っちに無理させないでいられたら、これから一週間、ラッキーアイテムはオレが揃えてあげるっスよ。」

だけど黄瀬の言葉に、緑間も自分をここに閉じ込めた一人だったということを思い出し、さつきは絶望的な気持ちになる。

「分かったから早く出て行け、邪魔なのだよ。」
緑間は出口を指差す。

「はいっス。」
身支度を終えた黄瀬は携帯を弄りながら
「またね、桃っち。」
と笑顔でさつきに手を振って出て行った。

黄瀬の愛撫は丁寧で、優しくて、だけどじらしたり、どうして欲しいか聞いてきたり、少しだけ意地も悪かった。
それは桜井とすごく似ていた。
黄瀬に抱かれている間も桜井のことを思い出してしまって辛かった。

体より精神的に疲弊してるような気がする。
それでベッドから起き上がれないさつきの髪を緑間がそっと撫でる。

「疲れて食欲もないかもしれないが、食事は取ったほうがいい。
起きれるか?」

首を振るさつきの髪をもう一度撫で、緑間は持ってきたトレーの上のスープを自分の口に含むとさつきの唇に自分の唇を重ね、そっとスープを流し込んだ。

「帝光にいた頃からずっと、お前を愛している。
だからオレはお前を大事にしたいのだよ。」

スープを飲み込んださつきを見て緑間は笑った。
こんなところに閉じ込めて一方的に好意を押し付けて、大事にしたいなんておかしいよ…。
さつきは綺麗に笑う緑間を見ながら背筋が寒くなった。


さつきの部屋をでて階段を登りながら黄瀬は着信履歴を確認する。
マナーモードにしておいた携帯には笠松から何件も着信が合ったことを示していた。

リビングに入ってきた黄瀬の表情を見て、その場にいた赤司が
「どうかしたのか?」
と声をかけてきた。

「赤司っち、おはようっス。
みんなは大学っスか?」
「ああ、そうだ。
僕は休講になったから家にいるが、他のみんなは大学だ。
それよりどうかしたのか?」

「笠松先輩からすごい着信があるんスよ。」

「昨日、大輝のところにも桐皇の先輩からさつきの行方を知らないかと電話があったらしい。
かけなおしてみたらどうだ?」
赤司に言われ、黄瀬は着信履歴から笠松にコールバックする。

笠松はすぐに出た。

「おはようっス、笠松先輩。
なんかあったんスか?
何度も電話くれてたみたいっスけど、オレ、昨日は携帯マナーモードにしちゃってたみたいで。
だからスマホって使いづらいっスよね。
ちょっと触っただけで知らない間に設定変わるから。」
一方的にしゃべる黄瀬を笠松が制する。

「少し黙れ。
桃井が行方不明になったのは知ってるか?」
笠松の声は低かった。

「ああ、青峰っちに聞いたっスよ。
昨日、青峰っちのとこに桐皇の先輩から連絡あって聞いたっス。
今、オレ、みんなとルームシェアしてるんで。」

「ああ、それは今吉から聞いた。
オレは今吉と大学が同じだからな。
それよりお前、本当に桃井の行きそうなところに心当たりないのか?」
笠松が黄瀬に聞く。

「幼馴染の青峰っちにないのに、オレにあるわけないっスよ。
でも、桃っち、今の大学のバスケ部の主将と仲いいらしいってのは聞いたことあるっスけど。」
黄瀬の答えに笠松は
「そうか。
もしなにか思い出したら連絡くれ。
今吉も心配してるし、知ってるやつが行方不明なんてオレもなんだか落ち着かないからな。」
といって電話を切った。

「笠松さんの電話、なんだって?」
訝しげな赤司に黄瀬は笑う。

「桃っちが行きそうなところに心当たりないかって。
知らないって言っといたっスよ!
だって、桃っちはもうどこにも行かないっスからね。
どこにも行かないで、ずっとオレたちのそばにいてくれるんスから。」

黄瀬は本当に嬉しそうに笑う。

「そうだな。」
赤司も黄瀬と同様、本当に嬉しそうに笑った。

ACT.黄瀬 END

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