銀魂

□君がため
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そんなことを考えていた万斉は九兵衛の
「万斉殿は、食べないのか?」
という声に我に返る。
取り寄せた和菓子は二つ入っている。
一つ九兵衛が食べて、一つは残っている。
その残りの事を言っているのだろう。
「ああ、九兵衛殿のために取り寄せたんでござるから、九兵衛殿が食べていいでござるよ。」
「こんなにおいしいのに食べないなんてもったいない。」
「好きだから、九兵衛殿の喜ぶ顔が見たいんでござる。
だから九兵衛殿が喜んでくれれば拙者はそれで満足でござるよ。」
万斉の言葉に九兵衛の瞳の奥が揺れた。
それは、万斉にも分かった。
だけど、それに気がつかない振りをして、万斉は後ろから抱きしめてる九兵衛の肩に顔を埋めた。
九兵衛は万斉に泣き顔を見られることを嫌がる。

初めてお互いの気持ちを伝え合ったあの日、万斉に抱きついて泣いていた九兵衛は、泣くだけ泣いて落ち着いたあと、万斉に言った。
「こんな毎日の中で、それでも好きな人と出会うことが出来たから、これからは万斉殿といる時は笑っていたい。
会える時はずっとずっと笑っていたい。
だから泣くのは今日を最後にする。」

それが九兵衛の望みなのなら、万斉はその望みを叶えてやりたい。
だから、九兵衛の涙は見ないふりをすることに決めている。
九兵衛の肩はしばらく小刻みに震えていたが、やがてそれは止まり
「それじゃ、もう一つも食べる。
頂きます。」
と明るい声が聞こえてきて、万斉は顔を上げた。

九兵衛は笑顔で和菓子を口に運ぶところだった。
万斉はその姿をじっと見ていた。
こんなちょっとしたことでも万斉にとってはとても大切ですごく大切な時間なのだ。
一瞬たりとも九兵衛から目を離したくない。
いつもいつもそばにいることが出来るわけじゃないから、会っている時の九兵衛の事は全部覚えておきたい。
見つめていたい。
そして、何も出来なくても、少しの時間しか隣にいられなくても、一緒の時は受け止めることが出来るから。
本当は泣いた顔も、怒った顔も、弱音も、泣き言も全部、全部自分に見せて欲しい。

「おいしかった。
ごちそうさま。」
そう言って微笑む九兵衛の顎に指を添えて、自分の方を向かせる。
そしてその唇に自分の唇を重ねた。
どちらからともなく舌が絡み合って…九兵衛の舌はすごく甘かった。
「甘いでござる。
確かに美味い菓子でござった。
ごちそうさま。」
唇が離れた後、万斉がそう言ったら、九兵衛はおかしそうに笑った。
「こちらこそ、ごちそうさま。
綺麗でおいしい菓子だった。」
その顔が綺麗で、愛しくてたまらなくて万斉は九兵衛を強く抱きしめた。
そのままベッドに押し倒す。
九兵衛の足首で鎖がジャラッと音を立てた。
高杉が九兵衛がここから逃げないようにと繋いだ鎖…万斉はそれにそっと触れた。
九兵衛を繋ぐこの鎖と足かせをはずすことはすぐにできる。
だけど、九兵衛には目にはみえない鎖が繋がれていて、それは決して外すことはできない。
『高杉晋助』という、鎖は…。
そして、自分も鎖に繋がれている。
九兵衛という鎖に。
晋助がここまでしても手元においておきたいと執着している九兵衛のことが、万斉は好きで好きでたまらない。
『人斬り万斉』と恐れられた自分にこんな風に人を愛する感情が残っているとは思わなかった。
それでも自分はこの人を愛してる。

「何を考えている?」
九兵衛の手が万斉の頬に伸びてきた。
「どうすればこの鎖は切れるんでござろうな?」
「危険なことは何一つ考えないで欲しい。
こうして会うだけで十分だから。
だから危険なことはするな。
何もしないで…ただそばにいて…。」
そう言って万斉の頬に触れた九兵衛の目から涙が溢れ出して、零れ落ちていった。
その涙をそっと舌で掬い取る。
舌先に感じる塩辛さは、さっき感じた甘さを一気に消し去った。
「泣かないって言ったのに…すまん。」
嗚咽交じりに呟く九兵衛に
「泣いてもいい。
怒ってもいい。
どんな九兵衛殿も好きでござるぞ。」
と囁く。
「僕も好きだ。」
泣きながらそう囁き返してくれた九兵衛を万斉はしっかり抱きしめた。
抱きしめることしか出来なかった。
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