銀魂

□桜姫
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ここでは話しづらいこともあるのかと思い、妙はそれを承知する。
九兵衛が連れてきてくれたのは、かぶき町の中にある小さな神社だった。
その神社にある、枝垂桜の木の下で九兵衛は足をとめた。
「妙ちゃん、枝垂桜の花言葉って知ってる?」
九兵衛の質問に妙は首を振った。
妙はキャバ嬢という仕事柄よく花はもらうのでもらったことがある花の花言葉なら知っているが、もらったことがない花の花言葉はしらない。
九兵衛はすでに花の散った枝垂桜を愛しげに見上げている。
その横顔に妙はドキッとする。
それは妙のまったく知らない九兵衛の顔だった。
九兵衛が自分の知らない人になったみたいで、妙は不安に押しつぶされそうになる。
「枝垂桜の花言葉は優美っていうんだって。
僕にそれを教えてくれた男がいる。
彼は、僕の剣術をまるで枝垂桜のようだって言ってくれたんだ。
剣を握っていても、男のように振舞っていてもお前は女だ、剣が枝垂桜のようだって。
まるで、舞ってるようだって。
僕は彼に恋をした。
彼の右目に、すべてに恋をしたんだ。
人を好きになるって、恋をするってすごいね。
すべてが輝いて見えるんだ。
見慣れた景色も、何もかもがキラキラして見えるんだよ。
僕は彼を愛したんだ。
彼も同じだったと思う。
でも彼は遠くに行く事になったんだ。
最後の日、彼は言ったんだ。
『何年かかるかは分からない。
けど必ず迎えに来る。
待つか待たないかはお前次第だがな』
って。
僕は彼を待つよ。
何年でも待つ。
そう決めたんだ。
だから家を継がない。
継がない以上、柳生家にお世話になるわけには行かないから、家をでる。
でも僕は幸せなんだ。
だって、彼のためだけに生きていくことを選べたんだもの。
この桜の下で、彼を待ちながら生きていくんだ。
柳生家次期当主・柳生九兵衛としてではなく、ただの一人の女として。」
九兵衛の結われていない長い髪を風が揺らす。
太陽の光を反射してキラキラ輝くその髪をぼんやりと見ながら、妙は涙が溢れそうになるのを必死でこらえていた。
九兵衛の顔は柔らかくて綺麗で、でももし彼が迎えに来なかったとしても九兵衛はその思い出の中で生きていくことをすでに固く決めているのだと分かったからだ。
「だからね、妙ちゃん。
家をでたあと、僕がどこにいくかは誰にも言わない。
妙ちゃんにも言う気はないよ。
けど、月に一回、15日にこの桜の枝に手紙を結び付けに来るね。
僕が元気にやってるって妙ちゃんだけには知らせたいから。」
九兵衛の言葉に、ついに妙の目から涙が溢れ出した。
「もう逢えないの?
たった一人の、来るか来ないかも分からない人のために全てを捨てていってしまうの?
私の事も?
そんなのってないわ。
そんなの、ひどいわ。」
こらえきれずにしゃくりあげながら泣く妙を困ったようにみて
「でも本当に僕は幸せなんだよ、妙ちゃん。
本当に、本当に幸せなんだ。」
という九兵衛に抱きついて、妙は声をあげて泣いた。
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