眠らぬ街のシンデレラ

□真夜中のプロポーズ*遼一
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はあ〜  



何度目のため息だろうか…


あぁ、もう。


何もかもが嫌だった。


仕事が山積みなことや、


遼一さんと全く会えていないこと


…何もかもが嫌だった。




「名字も気をつけて帰れよ。」


「…」


「名字?」


「あ、はい…」


編集長が去っていった


なんか言っていたけれど耳に入らない。


「…よし、仕事しよう」


いろいろな邪念を振り切るために、名無しさんは仕事に没頭した。


 ・・・・・


 
いくらかか時間がたって

ふと気がつく。


「あ…れ…もう真夜中だ」


あんなに山積みだった仕事は、もうほとんど片付いている。


(ずっと何も考えずに仕事してたらこんな時間になっちゃった…)


「あ、終電…」


「…いっちゃった」


夜遅くなってしまい、電車はもう無かった。


このまま一晩過ごそうかということが一瞬頭をよぎるが、

朝に出勤してきた他の社員と出くわすのはまずいと感じてその案はすぐに却下となった。


「歩こう…。」


タクシーでも呼べばいいのだが、
疲れやストレスで頭が回らない状態の名無しさんは家までの長い道のりを歩くことにしたのだった。





カツ、カツ、カツ…


暗い夜道にヒールの音が響く。


カツ…カ…ツ…


その音がゆっくりになる。


「…」


こうして歩いていると、遼一さんのことを思い出してしまう。


(やだな…仕事してるとなにも考えずに済んだから良かったけど…)


何か考えることがないと、余計なこと考えちゃう…


最近は遼一とは会えず、連絡もないし、不安ばかりが募る毎日だった。



自分から連絡する勇気も出ない…
だって、別れようなんて言われたらどうしよう


なんて考えている自分がものすごく嫌だった。


「私、現実逃避しているのかなー…」


でも…


「あの廣瀬遼一が、私を好きだなんてやっぱり…ありえない…よね」


「こんなただの地味な…」


『…悪いか』



「え…?」



『廣瀬遼一が、ただの地味な女が好きじゃ悪いか』



そこには、なぜだか遼一さんが立っていた。



「遼一さん…なんで…」


『なんでじゃねーよ。お前こそなんでこんな夜遅くに歩いてんだよ。』



「遼一さんには…関係ないじゃないですか」


嬉しいはずなのに…私はとことん素直じゃない。


『関係ないワケないだろ…』


そういって遼一さんは私のことを抱きしめる。


「遼一さんの…バカ。」


つい、募っていた不安から八つ当たりをしてしまう。

なのに遼一さんは、私の髪をやさしくなでてくれる。


『なんか言いたいことがあったら言いなさい。なんでも聞くから。』


遼一さんがそっと尋ねてくれる。


「うう…」



(そんなにやさしくされると…)


つい、本音がでてしまう。


「最近、遼一さんとは会えないし…」


『うん』


「連絡もないし」


『…悪かった』



「私、嫌われたんじゃないかと思って…」


今までため込んできた想いが一気にあふれ出て来て…


これ以上このままだと遼一さんにもっと八つ当たりしてしまいそうで、


私は遼一さんから離れようとした。



「あの…離してください!」


『…』


「遼一さ…」


彼の顔を見上げてびっくりする。



彼…遼一さんは今までに見たことのないような顔をしていた。


悲しそうな


…今にも泣きそうな…顔。



『なに言ってんだよ…』


「…」


『お前のこと嫌いにだなんてなるかよ』


「遼一さん…」



『オレがお前を不安にさせてたんだよな…ごめんな』


「うぅ…」


その優しさに
私の目から涙が零れる。



遼一さんは私の涙を唇で拭い、


私のことを強く抱きしめた。



『オレが好きなのは、地味でドジで単純だけど…
素直でまっすぐな女、名無しさん…お前だけなんだよ』



こんなにも想ってくれていた遼一さんに当たってしまったことに、

なんだか罪悪感がこみ上げてくる。



「遼一さん…ごめんなさい」


私は遼一さんの背中に手を回す。



『いや、なんの連絡もしないで、今回はオレが悪かった。お詫びといっちゃなんだけどさ…』


そういって、小さな箱を渡される。



(え…?)



そっと包みをあけると…



「これって…指輪ですか…?」



『ああ…』



指輪にはふたりの名前が彫られている。



『この宝石を見つけるところから始めたんだ。海外に行って、土の中から探した。』



(うそ…)



『そのせいで連絡もとれなくて…』


(なのに私…)



「ごめんなさい…そしてありがとうございます…本当に、本当に…ぐすん」



『あーあー、分かったから泣くなって』



遼一さんが笑う。



『それに謝るのはもう止めなさい』



そういって遼一さんはおもむろに手を出した。


『それ貸してみ。』



遼一さんは私の手から指輪を奪うと、


私の指にそっと嵌めた。


『やっぱり似合うな…』



そう呟くと遼一さんがふと真剣な顔になる。



『名無しさん。』



「はい…。」



『俺と…結婚しなさい』



とても嬉しいのに、遼一さんらしい言い方に…可笑しくなってしまう。


「ふふっ…ぐすん」



『なに泣きながら笑ってんだよ…… で、お前の答えは?』



「こちらこそよろしくお願いします…っ」


『ああ…』



ほっとしたように息をすると、遼一さんが急に顔を近づけてくる。
 


そしてすぐに唇が重なる。


(ん…)



唇は熱を帯びていて、とろとろに溶けてしまいそうだった。




そしてそれは甘く、甘く、ふたりの未来を暗示しているようでもあった。







午前二時の真っ暗闇の中で、


私は…最愛の人と結ばれた。


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