哀願〜あの時あなたさえ来なければ〜

□蛇の道
2ページ/10ページ


再び北海道に逃げるようにして移り住んだ仁美の家族は、以前にも増して人目を避けるようにして暮らした。

2ヶ月が過ぎ、北海道に深々と降る雪とともにやってきたクリスマスの晩、仁美の両親は旅館の献立の材料を取りに車で出掛けたが、夜になっても帰ってこなかった。

心配した旅館の人が警察に捜索願いを出したが、仕入れ先で材料を積み込んだあとの足取りがぷっつりと消えていた。

まんじりともできない夜が明けると、警察から一本の電話があった。

仕入れと旅館を結ぶルートから5`ほど離れた海岸線の路肩から車ごと海に転落し、仁美の両親は亡くなっていた。

仁美は両親が安置されている警察署に旅館の人に付き添われて駆けつけたが、両親の変わり果てた姿をみると、ただ無表情になって床にへたり込んだまま動けなくなった。

仁美の両親の事故は、新聞の片隅に小さな記事として載り、旅館の支配人が小さな葬式も出してくれた。

仁美はその間、能面のように表情を強ばらせたままただぼーっとしているだけだった。

「どうして死んじゃったの?」

「私だけ独りぼっち?」

そんな言葉がグルグルと仁美の頭の中を駆け巡った。

無表情だった仁美は、唯一、火葬場で両親が荼毘に賦される直前に狂ったように泣き叫んだ。

声が枯れるまで周りの目を気にせず泣き叫び、支配人が仁美を抱きしめて止めるのが精一杯だった。

仁美は独りぼっちになってしまった。

旅館の支配人は、そんな傷心の仁美を優しく慰め、旅館の従業員の人たちも仁美を励まし、暖かく接してくれた。引き続き旅館で働くように勧めてもくれた。

しかし、お葬式のあと、怪しい電話が旅館にくるようになり、営業妨害まがいのことまで幾つか置き始めると、仁美は身の危険と、これ以上旅館に迷惑をかけられないとの思いが強くなり、支配人に東京へ出ることを告げた。

支配人は嫌がらせや営業妨害など気にせず留まるよう諭してくれたが、仁美の決心は固かった。

諦めきれない支配人や暖かい従業員に礼を言うと、仁美は両親の遺骨を持って旅館をあとにした。

支配人は

『これは仁美ちゃんの給料とご両親の退職金。僅かばかりで申し訳ないがけど持って行って。何か困ったことがあったらいつでも連絡してきなさい。仁美ちゃんはこの旅館の娘なんだから。』

といって封筒を仁美に渡した。

仁美は青森に向かう電車の中でその封筒を開けた。

中には50万円の現金と『苦しくなったら帰ってきなさい』と書かれた便箋が一枚添えられていた。

仁美は溢れるほどの人の優しさに感謝し、便箋の文字が涙で滲むまで泣いた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ