■ピーチボーイ![2巻]

参拾弐「失恋狸の分福茶釜!【下】」
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旅道中 参拾弐ノ巻
「失恋狸の分福茶釜!【下】」
―――――――――――


ドンッ、ドンッ。

「ごめん下さーい!ごめん下さーーいっ!!」

茶々は、ボロボロな民家の戸をドンドンッと容赦なく叩いた。

遠慮や礼儀とは無縁な彼ならではの行動である。

しばらく茶々が戸を叩きつけていると。

ガタタンッ!ガラガラ…。

鈍い音をたてながら、戸はゆっくりと開いた。
戸がずれているのだろう、とても開きにくいようだ。

「…何か、ようかな…?」

民家の中から顔を覗かせてきたのは、茶々を助けたあの青年だった。

自分の嗅覚は正しかった…、と茶々はホッと胸を撫で下ろし、そして口を開く。

「…驚かねぇで聞いてくれ!
俺は昼間罠にかかっていた所をあんたに助けられた狸なんだっ!
…正確には、狸のおとぎ人だ…。」

茶々は勇気を振り絞り、昼間の事と、自分の正体を全て青年に明かした。

恩返しをする為にー…。

茶々は青年の反応を待つ間ドキドキしていたが、青年の反応は意外なものだった。

今現在人間の姿である茶々が、昼間の狸自身である事。そして狸のおとぎ人であると聞いた青年の表情は、至って普通、何の変化も無かったのである。

茶々はとにかく必死に言葉を続ける。

「俺おとぎ人だけど、一生懸命助けてくれたあんたに恩返しするっ!」

すると、ふと青年は笑みを浮かべ、

「…そうか…、なるほど。おとぎ人か…、初めて見たよ…。
…それで、足は…大丈夫なのかい…?」

そう優しい瞳で茶々に問いかけた。

「…え。」

茶々は青年の言葉に思わず驚き、暫し言葉を失う。

人間とおとぎ人といったら、一度合間見えれば誹謗中傷の火種になるのが一般的な世の中。
茶々も、この青年に追い返される事を覚悟で自分がおとぎ人であると告げた。
しかしこの青年は、おとぎ人と名乗った茶々を追い返したりしようとするどころか、いともあっさりと受け入れた。

(…どうしてー…。)

茶々は少し戸惑っていた。

すると青年は、

「…取り合えず、中に入りなよ。
うち、貧乏だから何ももてなす事は出来ないけど…」

そう言い、茶々を家の中へと招き入れるのだった。


――――――――――――

青年の言った通り、そしてボロボロな家の外観通り、家の中は冗談抜きで何にもない。殺風景というかー…。

茶々は悟った。
この青年、貧乏でそして、孤独なのだと。

「…僕はこの通りただの貧乏人さ。
だから、わざわざ恩返しなんて考えなくていいんだよ…。僕はここでひっそりと暮らしていくんだからね…」

そう、フッと青年は笑うと、同時に悲しそうな表情を浮かべる。

「…寂しくないのか…?」

茶々は問いかけた。

「…寂しいよ。
でも、財産も無いし、女房をとる事も出来ないし、町に繰り出すお金も無い。友達が出来たとしても、付き合いの為のお金も無い…。
僕は貧乏人。貧乏人は貧乏人らしく、独り山でひっそりと暮らすしかないのさ…」

青年は話し終えると、ハァ…と深い溜め息をつく。

(ー…人間は人間なりに色々な問題があんだな。
…でもこいつは折角人間に生まれてこれたんだ。
おとぎ人のように、差別も何にもねぇ。

…こいつには、俺と違って“出口”がある。

ー…だったら俺が、その出口を作ってやる!
そうだ!恩返しだもんな!)

すると茶々は、バンッと勢いよく立ち上がり、

「恩返し、ちゃんときっちりさせてもらうぜっ!
…そうだな〜…。
おしっ!俺があんたを金持ちにしてやるよっ!」

そう熱く彼を諭すのであった。

青年は虚ろげな瞳を茶々に向け、首を傾げる。

「…一体、どうやって…」

「おうっ!閃いたぜっ!
俺は妖術が得意なんだ。だから、俺が高級な茶釜に変身するから、あんたが俺を高値で売り飛ばせばいいっ!」

茶々はそう案を述べるや否や、誇らしげな態度を取った。

しかし、その案を聞いた青年は、うーんと眉を八の字にし、

「…それは、悪徳商法になるんじゃないかな…」

そう小さく呟くのであった。

「気ぃにすんなって!!
俺に任せときゃ何もかも上手くいくって!
あんたは何も考えんなっ!」

「…分かった…。
そんなに自信があるなら、君に全て任せるよ。どうせ悪徳商法だとバレて捕まったとしても、迷惑掛ける身内もいないしね…」

青年は弱々しくそう言うと、ハハハッと苦笑する。

(…いちいち引っ込み思案な奴だなー…。)

茶々は青年の弱気な態度に調子を狂わされるようだったが、それ以上にやる気になっていた。
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