■ピーチボーイ![1巻]
□拾六「怪異な夜と一寸法師!」
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旅道中 拾六ノ巻
「怪異な夜と一寸法師!」
―――――――――――
― とある京の夜 ―
「よいか、お玉。
京でも指折りの美女と噂されるおまえは怪異に狙われてもおかしくない…。
夜の間はこの部屋から一歩も出てはならぬぞ」
上質の着物を着た男の話に、男の娘であろう同じく身なりの良い少女は、こくりと頷いた。
「はい、父上…」
そして、娘の居る部屋から立ち去る父親。
「…本当に怪異など起こるのかしら…」
娘がそう不安げに一言呟いた、その時であった。
「―…これはこれは、本当にお美しいお嬢さんだ」
突然部屋の中に、若い男性の声が響き渡ったかと思うと、
ボゥン…。
一つの姿が現れた。
「いやっ…!誰ですか!?」
灯されていた蝋燭の火が突然、ふっと消え、部屋は真っ暗闇になる。
「やめてっ!近寄らないでっ!」
「そんなに怖がらなくても大丈夫さ…。
“死ぬ”わけじゃないんだから…ね」
そう謎の声が言い終えると、
ポンッ!
小槌のような高音が部屋に木霊した。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
そして同時に娘は、赤い煙に包まれ、娘の叫びは屋敷内に響き渡る。
「ふはは!
…ではさようなら。
“人間”だった美しい人」
そう言い残し、謎の声は本体ごと虚空へと消える。
そのすぐ後に、娘の叫び声を聞き付けた父親と母親が駆け付けふすまを勢いよく開けた。
ザッ。
が、しかし…。
「お、お玉…!?」
娘の姿は綺麗さっぱりなくなっていたのである。
「ぉ、お玉…。
まさか本当に怪異に…?」
父親はがっくりと地面に膝を付き落胆する。
すると、チョロチョロと動き回る小さな鼠が視界に入ってきた。
『…ちうえ!…はうえ!』
小さな鼠は父親と母親の回りを走り回り、何かを訴えているかのようである。
「なっ!なんだこの小汚ない鼠は!我々を馬鹿にしおって!」
父親は憤怒し、鼠の尻尾をつまみ上げた。
『いやっ、いやっ!父上!!』
そして父親はそのまま小鼠を庭先へと放り投げた。
ドゥッ。
小鼠は庭の石に叩きつけられ、気絶してしまう。
「うぅ…、お玉よ…。
私の可愛い愛する娘よ…。どこに連れていかれたのじゃ…、うぅ…」
父親と母親は一晩中泣き通した。
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―――
「相変わらず人は心が狭いねぇ…、可哀想にこの子。
“鼠”になった愛する娘が、必死で父と母を呼んでも気が付かないなんて、本当にこの娘を愛していたんだろうかねぇ」
闇夜に浮かぶ先ほどの男の姿。
気を失った小鼠に目をやり、ほぅ…と溜息をつく。
「君をこの“打出の小槌”でおとぎ人に変えてあげたよ。
目が覚めたら、“おとぎ人”の気持ちをよ〜く味わうんだよ?元・人間の娘。
そしてたくさん、人間に恨みを持って、我ら“鬼”の力になっておくれよ…」
そう小鼠に言い残し、謎の男は再び闇夜に消えた。