■ピーチボーイ![1巻]
□拾五「八彩」
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旅道中 拾五ノ巻
「八彩」
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八彩は逸る気持ちを抑え、路地を颯爽と駆け抜け、とある大きな屋敷の門前で足を止めた。
高ぶる気持ちを落ち着け、うっすらとしか灯りの灯されていない屋敷内へと足を踏入れる。
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「おお!待っていたぞ、雉子!
…して、“冬隠”作の備前焼を手に入れたとは本当か!?」
座敷に、どかっと胡座をかき構えていた身なりのいい髭男は、現れた八彩に向かってそう問いかけた。
「お初に御目にかかります。…遠間秋忠様」
八彩は男の前に静かに正座し、礼儀正しく一礼する。
「堅苦しい挨拶は良い!
それより、さあ!備前焼をここに…!!」
男・秋忠は、八彩を急かし始めた。
八彩は、こくりと静かに頷き、
「こちらです」
赤褐色で見事な模様を纏った備前焼を手前に差し出した。
「おおー…、素晴らしい…」
秋忠は、差し出された備前焼を食い入るよう見、顔をにやつかせている。
その間、八彩は自前の茶器と茶道具を用意し、茶を立て始めた。
シャカ、シャカ、シャカ。
心地よい音と薫りがたちまち部屋中に広がっていく。
茶を立てながら八彩は口を開き、
「こう見えて名のある茶人である私を、なかなか招いて下さらなかった秋忠様との交換条件、しっかりと果たしてきました故」
そう、静かな口調で述べる。
「ふむ、
“そなたを家に招く代わりに、《冬隠作の備前焼》を持って参れ”という約束か…。
なるほど、可愛いやつめ」
そう言って、にやりと笑みを浮かべる秋忠。
それに答えるように八彩も、ニコリと微笑んだ。
「はい。
裏の世界の陶芸作家“冬隠”の作品は、名だたる大名であらせられる秋忠様では手に入れるのも困難ですものね」
「そうじゃ。
裏の世界に手を出しては、我が地位を狙っておる弟の春忠に知られてもしたら、要らぬ秘密を握られ戦の火種になりかねんからのぅ」
そう話し、険しい表情になる秋忠。
そして八彩は立てた茶を彼に渡した。
秋忠は作法に従って茶を飲みほす。
うんうん、と頷き、とても満足しているようである。