ブレーメン!

□3.ゴンドワナ
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「紳士淑女の諸君の皆様が安寧にたゆたう聖夜。
偉大な英知の宝庫にて、人智の栄光・俗物を我が手の欲するままに・・・。
怪盗ブレーメン=v

ダイアナ曜日ーー決行の日。
明星が昇りきった頃、怪盗ブレーメンの予告状は朝を告げ、街は慌ただしく始動する。
予告状の声明文をもとに警察がすぐさまゴンドワナ博物館に配備され、その報らせは夜警団の元にも入ったようで、彼らも来たる夜に向けて警察から許可を得た配置についていた。
今回、何故腐敗して職務を怠慢しているはずの警察が目の色を変えてまで動いているのかというと、そこには勿論・俗欲が付いて回る。
貴族や偽善団体から街の遺産でもある博物館を、世間で大悪党と称される怪盗から死守して欲しいと、目を疑うような大金を積まれたからだ。
そして、今回の警護の結果次第で今後も金が警察へ動き続ける・・・といったカラクリが。

今回、警察がゴンドワナ博物館の警護にあたる理由を、喧騒に包まれる昼の街を肌で感じ取ったファンティーヌの「破天荒な雄鶏」ユーゴー。
彼は金に群がるハイエナ共の思惑よりも、大金を動かしてまで歴史遺産を守り抜きたい貴族達の方に興味を抱いていた。

「そう言えば、貴族ってやつのルーツって一体なんなんだ・・・?
笑顔で笑ってお高くまとまっているが、奴らはいつからこの世を席巻してるんだろうな」

独り言の最後に、別にいいけどよと呟くと、ユーゴーはファンティーヌの看板をcloseに裏返した。
店の窓ガラスに映る自分を見て、ニヤッと嘲笑う。その様はまるで、破天荒な雄鶏ーー昼間の自分に別れを告げるよう。
彼はファンティーヌを後にした。

今回の目的はあくまでもゴンドワナ博物館のデータベースの資料類を写し取ること。
事前に報じられていた5大の情報は高確率で偽物だろうから。そう、ブレーメンを誘き出すための安易な釣り針だ。

怪盗決行の数刻前に、怪盗ブレーメンは街の中央・ハサウェイの屋敷に集結していた。
アンティーク調の長机にゴンドワナ博物館の見取り図を広げ、予定行動路を確認。
その後は、各々銃器類の手入れ、リロードを念入りに済ませた。
すべての支度が終わった頃に、マリリンは息巻くようにユーゴーを呼び止めた。

「あの、この間のような見苦しい失態は2度としませんから!」
「ああ、口論合戦の事か?もう慣れたもんだぜ」
「ユーゴー様を危険に晒し、あの日の私ったら本当に不甲斐ないです」

まぁ肩の力を抜けよ、とユーゴーは彼女をリラックスさせるつもりで肩に手を置き、この話を終わりにしたが、マリリンの中ではまだ終わってはいないようで、彼女は密かに打ち震える手と心情を握りしめていた。

深夜2時。街の東・ゴンドワナ博物館。
博物館はどの入り口も厳重な警護。
空からだろうと侵入は許されない事は十分承知だった。
となれば、ここはブレーメンの十八番・強行突破しかない。
獅子のレリーフで装飾された荘厳な石柱がそびえ立つ正面エントランスには、屈強な警官が軽く見積もって30人はいる。

彼らはブレーメンがいつ現れてもいいようにとアサルトライフルを構え陣取っていて、このライン上を突破するのは少々厄介だろう。

「マリに任せてください!」

マリリンは力強く頷く。そして、懐から慣れた手つきで手榴弾を取り出した。
マリリンの手榴弾の殺傷範囲は約10メートル。ここは相手を掻き乱すだけではなく、できれば手傷を負わせて追撃される事を阻止したい。
マリリンは決心すると、物陰から勢いよく飛び出した。
正面エントランスの警官の一群までは殺傷範囲射程までは遠いので、ならば足で近付くしかないと思っての行動だ。

「ちっ、マリのやつ無茶な真似を・・・!」

舌打ちするユーゴーをよそ目に、マリリンは疾駆を止めない。
警官は突如として現れ突撃してくる標的を見逃すはずもなく、ライフルの砲口を一斉に彼女へと向けた。
銃口から弾がはじき出されるか否かの刹那、マリリンは手榴弾を前方へと力一杯放り投げた。

ドムゥ。

手榴弾が地面に炸裂し、視界は一気に赤の世界へ染まる。爆風と同時に破片や塵がたちまち散乱する。
だがそれとほぼ同時に、パァン!パァン!と数多の筒音が耳をつんざいた。
マリリンの右肩を、脛を、腿を、ライフル弾が掠めたのだ。

「・・・う」

小さな呻きとともに、顔は痛苦に歪む。だが彼女は怯む事なく今度は背のホルダーからショットガンを取り出し構えた。
そこへ丁度追いついたユーゴーは、ブレーメンの魔狼の腕を強引に掴み、彼女を手繰り寄せた。

「ユーゴー様!?」
「もう十分だマリ。ったく、お前は1人行動禁止な?」

ユーゴーに優しく叱責され、マリリンはバツが悪そうに頷く。

マリリンの強引な突入だったが、成果はあったようで、最初の手榴弾の一発により入り口付近の警察部隊は壊滅したようだ。
だが、おいそれと中に突入する前に、マリリンの怪我の具合を見る事にした。
弾を掠めただけとはいえ、傷は軽いものではない。それも複数箇所。
ハサウェイが背中のリュックから取り出した止血帯で応急処置を施すも、それでも鮮血は滲んでいく。

「マリリンは今回は離脱した方がいいんじゃないかしら。
このままじゃ出血多量で死んじゃうわ」

ハサウェイの提案に皆賛同して頷くが、魔狼は必死で首を横に振った。

「こ、これ位大丈夫!
マリは足手まといになんてなりませんから・・・!血も止まってきましたし!ほら!ほら!」
「お前なぁ、その忠犬みたいな意地っ張りやめろよな」
「ユーゴー様に何と言われようがマリは一緒に行きます!」

ガルルル!と飼い犬に手を噛まれたように言い返され、ユーゴーはハァと大きくため息をついた。

「しょうがねぇな・・・。ほら、マリ」

そう言うと、彼女に背を向け屈み込む。

「乗れよ早く」
「え!?え!?」

背中に乗れと促すユーゴー。だが、マリリンは紅潮して戸惑うばかりで、一向に乗るそぶりを見せない。

「強情なお犬様だな。後でお仕置きだ」

ユーゴーは痺れを切らし立腹。強引に彼女の体を掬い上げ、俗に言うお姫様抱っこをした。

「ななななななーーー!?」

言葉にならず喚き叫ぶマリリンに、静かにしろっと不死鳥の檄が飛んだ。
マリリンは観念したように素直に応答。どこに視線をやったらいいのか分からず目が右往左往。次第には目を回してしまった。
フルーツトマトのように熟成した顔の赤みが今にも破裂しそうだ。

「いいなぁー。私もお姫様抱っこされたい!」

アヴリルは無邪気な声で所望するが、冗談じゃない!と一同のツッコミが返ってきた。

気を取り直して出発!とユーゴーが歩き出した時だった。

「マリ・・・なんであんな無茶したんだろ」

ハサウェイにだけ聞こえる声で尋ねるアヴリル。ハサウェイは、そうね・・・と観じる。

「この間の怪盗であなたと喧嘩になって夜警団のレンブラントにユーゴーが追い込まれた事への贖罪・・・じゃないかしらね」
「え・・・。だったら私もしょくざいしなきゃ・・・だよね・・・」
「・・・してしまった事を贖罪したくなる気持ちは痛いほどよく分かるわ・・・。だけど、無茶な頑張りのせいでマリリンやあなたが傷付いたら、私は良い気はしないわ」

ハサウェイの答えに、アヴリルはそっと己の拳を握った。

「強くありたい・・・」

アヴリルは感情に押し込まれそうになり、ハッと我に帰る。

(こんな気持ち、すごい久しぶりだ・・・)

この激情を懐かしく感じ、アヴリルは複雑な気持ちになった。

「置いていくぞ、子猫ちゃん」

ユーゴーの声で再びこの状況に呼び戻され、アヴリルは慌てて駆け出す。

爆発によって破損した入り口をくぐり抜け、一行は館内へ来攻した。
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