ブレーメン!

□2.昼顔と街
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ユーゴー達の住む大州エウロパを含め、この地球には2000年前以前の歴史がない。正確には、誰も何も知らない。
だが、そんな事誰も不思議に思わなかった。平和であれば、人の心などその程度のものなのであろう。
学者と呼ばれるものは世界の事よりも、銃の性能を上げる事を優先して研究する傾向にある。それも対人の殺傷を左右するためではなく、性能を高める事で機能美を追求するためだけのものだ。

そして、そんな未曾有の歴史を知る唯一の手掛かりと言えるものがこの世には存在する。
それこそが、怪盗ブレーメンが求めているもの「世界5大俗物」である。
彼らが狙う世界5大俗物、通称5大≠ニは、5つの歴史的な美術品の事である。
この地球の歴史を象徴、あるいは歴史の忘形見といったような存在で非常に貴重な存在である。しかし同時に5つのどれをとっても深い謎を秘めていて、一部の学者達はこの美術品の歴史的意味を研究中である。
何故彼らがそれを求めるのか・・・。
参謀ハサウェイが5大俗物の収集を強く欲しているからである。
もちろん、そんな名誉な美術品であればユーゴーも怪盗として放っておけない。
それぞれとある理由でハサウェイに大きな借りがあるユーゴー・アヴリル・マリリンの4人は、彼女が求める世界5大俗物を探してやりたかったのだ。
そんな彼ら怪盗ブレーメンは、夜は怪盗として街を暴れまわり、昼は各々暮らしている。顔は変えないが、皆、装いと職業を変えて街に溶け込むように過ごしているので、怪盗ブレーメンだとばれた事は一度もない。彼らはそういうところもカリスマなのだ。

昨晩の怪盗劇から夜が明け。
街にオレンジの朝がやってきた。

朝が明け、人々が朝食を済ませ、食後のティータイムを満喫して一息ついたであろう頃、街の西では行列が出来ていた。毎日見られる光景で、この街の名物でもある、その名もティータイムアフター行列。この行列の終着点にあるもの、それはサーカスだ。
キルクスと呼ばれる円形競技場にそれを覆うほどの大きな天蓋を張ったもので、中は円形の劇場仕立てになっている。
このキルクスを拠点に活動しているのはサーカス「ハーナウの月」。
ハーナウの月はエウロパで大人気のサーカス団で、エウロパ全土からこの街に足繁く貴族や紳士淑女が通いつめるほどだ。
そんな名の知れたサーカス団の団員達は、開演されるまでの残り短い時間の中でも予習を怠っていなかった。
そんなサーカス団のトップスターこそ、あのアヴリルである。
アヴリルの昼間の顔はサーカス団員。そして、サーカス団員の時に名乗る称号が「無邪気な子猫」である。
この称号の意味は、後ほどわかる事になるだろう。

開演時刻。
拍手喝采の元に、舞台の幕が上がった。
幕開けと共に更に会場は盛り上がり熱を帯びた。
団長兼司会進行の男が話術で人心を捉える。巧みな会話構成と進行で人は芸が始まる前からすでにこのサーカス団に飲み込まれている。
熊やライオンなどの猛獣のショーに、道化師のパフォーマンス。
観客のボルテージは上がり続け、そしてトリは現れた。

「それでは良い子のみんな、大きなお友達のみんながお待ちかねの、うちのトップスター無邪気な子猫<Aヴリルの登場だー!」

司会の男が口上を言うと、少女が天井から空中回転で下降してくる、そして、見事着地。
今までにない程の歓声が沸き起こった。
ニコニコとはちきれんばかりの笑顔で手を振るアクロバットな少女こそ、アヴリルである。
夜の怪盗の時とは違い、サーカスならではの派手で露出の多い衣装を着ていて、髪をサイドアップに縛っている。元気な印象を与えるようだ。

称号無邪気な子猫
この時のアヴリルはさながら猫のようにしなやかに、そしてアクロバティックな軽快な動きで観客を魅了する。まさに、陽だまりの中をじゃれ回る子猫のようだ。

アヴリルが観客に向かって可愛らしく一礼する。
華麗な体操ショーの始まりであった。
舞台の上には鎖に繋がれていないライオンと虎が現れた。
調教されて人間に慣れているので、アヴリルを襲う演技をする。
それをアヴリルが軽やかな身のこなしと空中回転でかわしていく。誰がどう見ても、人間離れした身のこなしは、老若男女を惹きつける。
そんな演舞が、派手な演出を織り交ぜながら続き、すべての演目が終了する頃には観客はアヴリルに骨抜きにされていた。

サーカス・ハーナウの月の本日の公演は終了。
カーテンコールに現れた団員達に大きな拍手が送られた。
最後に、子供限定でファンとの交流会が行われるのだが、それにも長蛇の列が出来た。
アヴリルは子供達一人一人とお喋りをしたり、サインを書いたり、ハグをして多大のサービスを提供した。彼女はそれは苦ではなく、楽しくてやっている事なのだ。
行列の最後の子供の帽子にサインをし、笑顔で見送った。
終わった!と思いたい所だったが、大きなお友達が1人残っていた。

「サインを頼む」

大きなお友達ーーー180pは軽く超える長身の若い黒髪の男が、至って真面目な顔でそう申してきた。

係員は「交流会は14歳以下のお子様に限りますので、大人の方はご遠慮ください・・・」と説明したのだが、男はジッとアヴリルを見つめたままである。
困惑する係員をよそに、男は断固としてそこを動かない。
すると、アヴリルはニコッと男に対してシャイニングスマイル。

「常連さんだよね?いつも最前列で応援してくれてる!だから、特別ね!」

人の子とあれば例に漏れず卒倒すると言われる(団員談)アヴリルのシャイニングスマイルを浴びても、男は僅かに微笑えむに留まった。
男は応援団扇を手渡す。
手作りなのであろうか、レースをカッティングしたもので「アヴリルラブ」、裏には「こっち指差して!」などとデコレーションしてあった。
この男、かなりのキモヲタである。
アヴリルは気にせず団扇にサインをしていたが、周りの係員や他の団員、檻の中の猛獣達までもがドン引きしていた。

「次の公演も来てね!」
「ああ、必ず来る」

アヴリルが手を握ると、男は満足そうな顔で答えた。

「背は高いし、顔もいいんだけどねぇ」
「あの人、いつもいつも来てるけど仕事はしてるのかしら・・・」

噂話の的になっているとは梅雨知れず、少女とキモヲタ、2人の握手は接着剤で装着したのかと思うくらい、しっかりと握られていた。主にキモヲタの方の圧力によって・・・。
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