■ピーチボーイ![2巻]

参拾九「鬼王」
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旅道中 参拾九ノ巻
「鬼王」
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吹雪で丸一日足留めを食らっていた僕達一行は、ようやく旅路に戻る事ができ、宿を発ってから数時間の後、活気溢れる大きな町へと辿り着いた。


その町の茶屋で休憩を取ることになり、一行は各々座敷へと座る。

「お饅頭20個っ!!」

席につくなり、千宵は元気よく店の者に注文した。
その個数を聞いた店の者は、ギョッとし渋々店の中へと入って注文を伝えにいく。

「に、20個!?僕らは1人1個だとして…。
千宵、そんなに食べれるの…?って、こんな会話前にもした事あるようなー。」

僕が苦笑しながらそう述べると、千宵は“気にしない気にしない!”と僕の背中をビシバシと叩いてくる。

いてっ、いててっ…。
んー。何だか、昨日吹雪で足留め食らって宿に1泊してからの千宵の様子が変なんだよな―…。
空元気と言うか、無理矢理明るく振る舞ってる…というか…。

一方の佐々海はいつもより遥かに口数が少ないし、それに今日は千宵とまだ1回も口喧嘩をしていない。

本当の喧嘩でもしたのかな…?

そう。千宵と佐々海はボロ宿でのあの一件以来、お互いろくに口を聞いていなかったのだ。
お互いに避けあっているのである。

それは、あの一件以来、お互いを嫌いになったと言う訳では決してなく、むしろお互いを意識しての事であった。

佐々海の好意を再認識した千宵は、あえて彼と距離を置いていたのだ。

今まで目が合えば、口を開けば喧嘩ばかりだった相手が、自分を“好き”と想っている事に千宵は戸惑いを覚えた。
何より千宵には、佐々海ではなく桃太郎という想い人がいる。
だからと言って、佐々海の事を心から嫌いな訳ではない彼女。
その矛盾にも似た想いが、彼との距離を産み出したのである。

一方の佐々海は、千宵への好意がはっきりと彼女に伝わった事によって生まれたその距離感をひしひしと感じていた。

心のままに行動した自分を悔やむ一面、指を加えて彼女への想いを自分の内に留めておくだけと言うのも何とも歯痒い事であろうと、また佐々海も苦悩するのであった。

そんな二人の恋模様の変化をいち早く悟った八彩もまた、苦悩する者の一人。

(二人共、頑固と言うか何と言うか…。
もうちょっと素直になれないものかなー?)

などと二人の先行きを、まるで自分の事のように案じるのであった。

僕はと言えば、皆の間で何かあったとは思いもせず、一人幸せそうな顔でお饅頭をモグモグと頬張る。

そんな今は苦悩も何もない僕を見て、三人はハァ…と溜息をつき、

((呑気坊主―…。))

と心中で呟き、僕に熱いような冷たい視線を送るのであった。

「えっ!?何!?どうしたの三人共!?」

不思議な視線で見つめる三人に、思わず慌てふためく僕。

何か悪い事でもしちゃったかなっ!?
ええっ!?もしかして“こっそりもふもふ大作戦〜冬の陣〜”を企ててたのバレちゃったとかっ!?

皆が寝てる時にもふもふすると言うアレ。の厳冬版!

「…べ、別にー。」

「はい、何でもないのです、…誠に。」

「いや、この際ハッキリさせた方がいいんじゃないのかなー?」

三人は各々そう述べる。

―…“ハッキリさせる”?

八彩の言葉が何だか突っ掛かった。

「…ハッキリさせるって、何を…ですか?」

僕は恐る恐る八彩に問い掛けてみる。

…な、何だろう…。
僕を嫌いになっちゃったのかなぁ、皆…。

一気に不安な気持ちになる僕。三人の顔を面と向かって見る事が出来ない。

「ちょ!八彩、やめてよ!別にあたしは桃ちゃんに今ここで決めてもらおうなんて思ってないわよっ!」

「…何を決めるの…!?」

「あ…、その、だからさ…。」

僕の反応に、千宵は顔を真っ赤にしてうつ向く。

すると八彩は少し真面目な表情で僕へとこう問う。

「君の“今の”想い人はー、誰なのかな…?」

八彩の口から出てきた言葉に、僕は度肝を抜かれた。

「やっ、八彩さんっ!?
どーしてそんな事をっ…!?」

僕も千宵と同じく顔を真っ赤にする。

―…あれ。

どうして僕、顔を赤くするんだろう―…。

僕の反応を見た八彩は、表情を変えないままずっと僕を見つめていた。

(…やはり。開口一番に“つぐみ”の名が出て来なかった。

…桃太郎も想いはじめているんだ…。
つぐみ以外の誰かの事を―…。)

そう心中で呟く八彩。

そして、この何とも言いがたい気まずい空気を打ち破るようにニッコリと微笑む。
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