イベントSS

□三つの願い事。
1ページ/5ページ



「……………ナニコレ」

 飛段は手に握らされた紙に視線を落とし、小さく呟いた。
 その紙は細長く、一定間隔でミシン線がつけられている。

 だが、紙自体は白紙で何も書かれておらず、一見ただの3枚綴りの回数券…といった感じである。

 飛段は、その謎の紙を手渡してきた相棒の顔を見遣る。

「なんだよ、これ」

 再度尋ねると、角都は相変わらずの感情の読めない表情で、こう答えたのだ。

「お前への誕生日プレゼントだ。有り難く思え」

「ハァ――――!? なんだよ、その『有り難く思え』ってのはよォ!!…って言うか、こんな真っ白の紙貰っても全然嬉しくないんデスケドォ!? どうせくれるんなら、ジャシン様に捧げる贄でも持って来いっつーの」

「……………………………」

 飛段は馬鹿にしきった表情で指で摘んだ紙片を捨てかけ、ふと目の前から漂う殺気に「…ハッ」と気づく。
 角都が怒っている。本能でそう感じた飛段は、次の瞬間、明らかな愛想笑いで、必死に言い繕おうとした。
 つい猫撫で声で角都の機嫌を取りにかかる。

「…………ッ角都ゥ、冗談だって!! ほら、まさかお前からプレゼント貰えるなんて、ミジンコほども考えてなかったからさッ……そのッ 何てーの!? 嬉しくて、ちょーっと…………そのぅ…………………」

「……………………」

「―――――――………ッ………」

 角都の無言の圧力に、飛段は顔を強張らせる。
 唇を「ヘ」の字に曲げて、上目遣いで角都を窺う。

「……………ゴメンナサイ。イイスギマシタ」

 飛段のその棒読みの謝罪に、角都は大仰に頷く。

「今日はお前の誕生日だ。因って、今日は特別に三つだけお前の言う事を聞いてやろうと思う。俺にして欲しい事をその紙に書いて渡せ。可能な限り、お前の言う事を聞いてやる」

 つまりは「飛段の我が儘を三つ聞いてやる」というのが角都からの誕生日プレゼントのようである。
 だが。

(…………何でわざわざ紙に書いて渡さなきゃならねーんだよォ)

「お前に直接お願いすんのはダメなのかよ」

 わけがわからないと言った表情で問う飛段に、角都はただ一言「紙に書け」と答えるだけである。

「ちなみに、有効期限は日付が変わる迄だ。それまでに三つ書け」

「有効期限、短けェなァ!!」

 あと10時間しかない。何故昼になってからこれを渡そうとしたのか。わざととしか思えない。

「…………とりあえず………今一個目書いて、夕方に一個書いて、そんで夜に最後の一個………」
 飛段は指を折りながら考える。
 そもそも、角都が命令の通りに動いてくれるなど、今までにない。有り得ない。
 だから、一個一個慎重に考えなければ。
 飛段がそこまで考えた時、お腹の虫がぐぅと鳴った。

(そう言やぁ………ここしばらく肉食ってなかったなぁ……………………肉、食いてぇ…………)

 飛段は白紙の紙を見つめる。この紙切れ一枚で、角都は何でも言う事を聞いてくれると言うのだ。何と言う魔法の紙だろう。

(…………………肉)

 沸き上がった生唾をゴクリと飲み込む。
 一個目の願い事(命令書?)をこんな事に使ってしまっていいのだろうか。
 だが今の飛段の頭の中には、香ばしい湯気を上げ、こんがりと良い感じに焼かれた肉に甘辛いタレを絡めた、見るからに食欲をそそるスペアリブの山が白い皿の上にデデンと鎮座している光景が浮かび上がり、余計に空腹を誘う。

「うぅぅ……………ッ」

 本当はもっと、角都が羞恥のあまり逃げてしまいたくなるような恥ずかしい願い事を書いてやりたい。
 だが、空腹には勝てないのだ。

(…………もう、野草と干し飯と干し肉の雑炊は飽きたし、それに今一個使っちまっても、まだあと二個も残ってるし、大丈夫だよなッ)

 飛段は意を決して用紙をミシン目で切り取った。
 いざ文字を書こうとして悩む。

(………ただ単に『肉を食わせろ』って書くのもつまんねーし…………)

 飛段は紙に何やら書き付ける。角都に比べると、明らかに普段字を書き慣れていないのが窺える汚字である。

「……………ほらよ」

 飛段は角都に紙を押し付ける。チラと目をやると、そこには汚い字で所狭しとこう書かれていた。


『肉食いたい。角都がオレに「アーン」って食べさせる』


 どうにか判読できる字を読み、角都はチラと飛段の顔を見遣った。
 飛段は顔を赤く染めて、角都を睨んでいる。

(野郎同士で、しかも人前で「アーン」で食べさせるなんて、恥ずかしくて出来やしねーよなァ)

 さぁ、俺を罵れ! 無理だと言え!
 ところが、飛段のそんな思惑はあっさりと外れてしまった。
 角都が、紙きれを懐にしまいながら平然と「了解した」と告げたのだ。

「………………あ、あの、か、角都、マジで?」

 今更、肉は食いたいけど「アーン」は無しで!!などとは言えない。しかも、どうやら紙に書いてしまった事を取り消す事はできないらしい(何しろ、書いた紙は既に角都の懐の中にあるからだ)。

「行くぞ、飛段」

 角都はいつものようにそう言うと、一番近くにある宿場町へと足を向けた。

(ホントに何でも言う事聞いてくれるんなら………もっと真剣に考えたら良かったぜ………ッ)

 後悔先に立たず。


 飛段はノロノロと角都の後を追った。





 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ