本4 ジノバキ

□またまた今日はワンコ
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「…うわ……ッ」



 ネットを通り越してグラウンドの外へ飛び出したボールを拾いに来た宮野は木陰へ足を踏み入れ視界に入ったものに大声を上げかけて慌てて口を塞いだ。



 木陰といっても時間的にそこは木陰とはならない。木があるから風が避けれてバッチリ太陽があたるから冬場は有り難いポカポカスポットである。



 とはいえ、練習時間真っ只中の選手達はそんな場所を知る由は無い。知っているのはただ一人くらい。




「大声出さないでよ、ミヤーノ」



 自分の唇に「しー」と人差し指をあて今だ口を押さえたままの宮野を諌めるのは、その唯一このスポットを知るであろうジーノだった。



 コクコクと口を押さえたまま頷く宮野は、そーっと手を離す。小さく「すみません」と謝るとジーノは爽やかそうな笑みを返した。…いや、その笑みは宮野に返されたものでは無かった。



 宮野だって、いくら何でもジーノがそこに居たくらいじゃ大声は上げない。



 ジーノの少し先にある動きを止めたボールをチラリと見て、見ないようにしつつも何故か視界に入る光景にギクシャクした。



 そう、ジーノが居るくらいなら驚きもここまででは無い。



 木に背を凭れさせ日なたで心地良さそうに座るジーノの膝を枕に寝てる白いふわふわした耳と尻尾付きの椿がいなければ…(しかし、犬仕様の椿で無くても驚きは同じだ)。




「…つ、椿、大丈夫なんですか?」



 ジーノが微笑みを向けながら、本当に犬でも撫でているように椿の背で手を往復させている。何か話でもしないと、この場の空気に耐えられそうに無くて、宮野が口を開く。この光景を目の当たりにし飛びかけた記憶を呼び戻し数分前の出来事を絞り出す。




 数分前は、練習に出ていたジーノと椿。今日の椿は珍しいくらいフラフラだった。見た感じ不調の波では無い。詳しい理由はジーノに…との事だったが恐くて誰も聞けない。つか、察した(笑)。



 ジーノは殆ど動かないかベンチに居るので、それ程の疲れは見えない。しかし、あらゆる場面で全速力で走る椿は練習も後半にさしかかる頃はグダグダだった。ベンチでゆったり座るジーノと達海と「程々にしろっつの」「ふふ、気をつけるよ」…なんて会話も嫌だが聞こえてしまった宮野は入ってはいけない領域の会話だったと、複雑な顔をした。その時、勢い良くボールが横を掠めた。驚いて飛んで来た方へ声を発したら「悪ーぃ」と手を合わす石神がいた。そして、背後でバスン!と、鈍い音はドサリと続く。まさか、と思ったが予想を裏切らない。振り返った後方で倒れた椿と横にボール。当たったんだと誰でもわかる。



 それから、石神に文句を言うジーノは(←ボールの事故も2回目だし・別話参照)「暇だから医務室連れて行ってあげるよ」と言いフラフラの椿を連れて行った。今の椿に多少(多:少→ジーノ:石神)の責任を感じているのだろうか…?因みに「暇じゃ無いだろ、練習しろ」なツッコミはいつも通り軽やかにスルーされていた。





 で、医務室へ行ったと思っていた二人はここにいる。




「大丈夫だよ、ぶつけたの顔面みたいだし」



 ジーノに言われ宮野が遠くからだが覗くと椿の鼻の辺りがうっすら赤くなっていた。




「医務室に居ると思ってました」




「うん、マダムのおしゃべりの邪魔しちゃ悪いと思ってこっち来たんだ」



 医務室に誰か居たって事かな?だからってこの状況は何だろう…。直ぐそこにはグラウンドがあるのに宮野の中では迷いの森に来てしまったような心境だった。



「椿…寝てるんスか?」




「そう。気を失ってるわけじゃ無いから心配いらないよ」




「そうスか…」




「寝不足だから静かな所の方が良いと思ってね」




 ジーノの話を聞いて、こんな所にいる理由もわかり「成程」と宮野も納得する。つか、寝不足の原因は王子では…、宮野もその辺りにはツッコミは出来ない。色んな意味で、えらい所へ足を踏み入れてしまったと、練習のせいでは無い汗が出てきた宮野はボールを拾い足早にグラウンドへと向きを変えた。




「………ん」




 ぴくりと椿が身じろぎ、ぼんやり目を開けた。




「あ、椿…大丈夫か?」



 一瞬目が合った気がして声をかけた宮野だったが椿は寝ぼけていて気付いて無いようだ。




「まだ寝てて良いよ。それとも寒いかい?」




「…ん、…あったかい…ス」




 相当な疲れと眠気で普段なら恥ずかしがって下手をすればパニックになるのだが、大人しくジーノの膝に懐いてひなたぼっこしてる椿にジーノもふわりと優しく笑う。



 やわやわと感触を楽しむように犬の耳へ触れると、きゅと心地良さそうに目を閉じて、ふわふわ揺れる尻尾に思わず笑みが零れる。



 飼い主に甘えてる犬そのものである。時折、揺れる尻尾がくるんと丸まったり、ぴるぴる耳を跳ねさせるのが何だか可愛いくて、うとうとする愛犬を少しだけ促して、その頭を乗せた膝を上げて互いの顔を近づけた。




「ふふ、鼻の所少し擦りむけてる」




「……ん…っ……痛…」



 ちゅ、と鼻筋に口付けてボールの当たった所へ唇が触れると椿がぎゅうと目を閉じる。ぴり、と痛みが走ったようで眉を下げて見上げてくるのが更に可愛いからゆっくりもう一度顔を近づけた所で、視界の端の人影に気づく。




 椿はどうやら今だに気付いてはいない。ジーノの視界に入った宮野に、まだ居たの、と同時に早く戻れの念を込めた視線を送る。後は構わず続行するジーノに必死で硬直を解いた宮野は逃げるようにその場を後にした。




 他人が見てても続けるんだな…、一瞬冬の冷たさ以上の冷気を感じたが多分気のせいでは無い。





 それにしても…






「あの場所、異様に暖かかったな…」





 小春日和みたいだった。






 王子の力だろうか…、






 まさかと思いながらも、そう思わずにいられ無い宮野だった。















おわり
 
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