本7 その他CP

□気になるもの
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ハマキヨ





「何だよ?」

練習中、…いや思い返せばもっと前から視線を感じて居た清川は少々不機嫌になり乍クルリと後ろを振り返る。
始めは気のせいかと無視していた。次にはファンからの視線かと内心浮かれる。しかし、今日は公開されていなかったのをフェンス外の静けさを目で見て確認し、そう聞いていたのも思い出し首を傾げた。何時もなら確かに自分に声援も送ってくれるファンが居て、其処で素直に激励を受け止め深くは考え無かったが…じゃあ今視線を感じるのは何故なのか?気の所為か?自意識過剰なのか?…疑問しか巡ら無い。考えても仕方無いか、と練習に集中し様とするが如何にも視線を感じる。
そんな妙な気持ち悪さにモヤモヤとしてると、はた、と視線が合う。視線の先には石浜が居た。

石浜とは同期だし、直ぐに仲良くなった。結構周りに打ち解けるのが早い清川だが、石浜は本当に気易い。良く一緒に遊ぶし、相談や他愛無い話もする。だから言いたい事があれば言うだろうし"言えずにいる"とは考えが行き着かず、今日の纏わり付く様な視線の主が石浜であるとはこの時清川は全く気付いていなかった。

其れから暫くして、冒頭の台詞となる。2度3度ばかりでは無い。何度と無く視線が合えば"自意識過剰"では無く自分を見ていると確信しても良いだろう。

「言いたい事があれば言えよ」

何でも話す、と言う位の仲なのに一向にその気配も無く黙ったままの石浜にいい加減我慢も限界となり清川がピシリと口を開く。若しかすると、そう思っていたのは自分だけかと悔しさも少し込み上げた。こんな風に口をきくのは後輩にも少々躊躇う。本当に明け透け無く話をするのは石浜くらいだ。

「…俺、何かした?」

黙ったままの石浜にムッとなりつつ、一応冷静に己を振り返り石浜に尋ねる。とりあえず、自分に思い当たる節は無い。ならば気付か無い内に石浜に何かしたか言ったかと言う事になる。非があるなら改めると清川は石浜へと向き直った。

「いや、無いよ」

「じゃあ、何で睨んでんだよ」

「睨んでは無いだろ」

「兎も角、言いたい事があんだろ?」

「うーん…」

唇と顎を覆う様に手を当てて、石浜が暫く考え込む。清川は大人しく石浜の返答を待つ。早くこの悶々とした鬱陶しさから解放して欲しいが故、内心では早く話せと急かした。

「…えっと………悪い‼」

「へ⁈」

石浜は清川が何かしたか如何かは、キッパリと否定する。只、何だか歯切れは悪く謝り乍逃げる様に石浜は清川の横をすり抜けて行った。勝手にそうしていたと云えばそうなのだが、気を遣い、大人しく返答を待っていたその時間は何だったのかと、清川は苛立つ。

「何なんだよ、もー!!」

良く分からないだけに余計モヤモヤする。

しかし、今は練習中。

「ボール蹴りてぇぜ!コンニャロー‼」

モヤモヤの行き場は機動力に変換させた。

「練習が捗るわ!」

…実際そうか如何かは置いておいて、清川は練習に没頭するのだった。






「で、何なんだよ」

「…まだ聞くのか?」

「聞く!だって、何かモヤっとすんだろーが」

「そうか。…そうだよな。…んー……いや、あー…」

矢張り気になるものは気になる。

練習も終えて、着替えも済ませるとしつこいのは承知の上、と開き直り石浜に理由を問う。しかし、相変わらずハッキリしない答えを返す石浜に清川は無言のまま引っ張りクラブハウスの屋上へと向かう。そんな清川に怒りもせず引っ張られている石浜は其れなりに自分に申し訳無い気持ちでもあるのかも知れ無いと前進し乍清川は片隅に過ぎらせる。…聞いて良い事なのか…?言い渋る石浜にそうも思えてくる。半ば意地になって聞き出すのも子供の様だと自己嫌悪する。

何かもう良く分からなくなってきた。

ロッカー室はまだメンバーも残っている。初夏の陽気とはいえ、夕方になれば大分涼しいし話難い事の様なので尚の事此処のが良いだろうと、問答無用で連れて来た。問答無用は自分にもかも知れ無い。
問い詰めるが、石浜は未だに口篭る。そんな言い難い事って何なんだろう…、怒りと不安で頭の中がゴチャゴチャする。

「言え無い事なのか?」

俺にも、と思わずポツリと語尾に付けてしまった。はっとなり石浜を見れば、小さい声だったが聞こえた様で石浜が目を丸くするので、つい視線を逸らした。その表情は拗ねてるみたいで石浜は小さく唸り頭を掻いた。

「引く?」

困り顏で石浜が短くそう聞くので、清川はキョトンとした。しかし、その一言では石浜が何を言えずにいるのか全く予測もつかず怪訝そうな顏をする。

「え、……わかんないけど…。…引く様な話なのか?」

「…わかんないけど…」

「…………」

「…………」

変な沈黙に、清川が複雑な顏をする。間に耐え切れ無いタイプなので、思わず手でどうぞと話をする様促した。

「…じゃあ…言ってみるかな」

石浜の視線は宙を彷徨い清川で止まる。
意を決したのかつかつかと近付いて来る石浜に、やっと話す気になったらしいと見上げた清川は、予期せぬ程近付いた石浜との距離に一瞬たじろいだ。


「近ッ…Σ…え、な…何…?」

「覚悟してするんだからな」

「は?する?"言う"んじゃ無ぇの?」

石浜の指が耳に触れた。掌が頬を掠める。

「……にゃわ!」

「……ぷっ。……色気無ぇ声」

さらりと髪を除けられ、何事かと反論の間も無く、覚悟を決めたからと言ってあろう事か石浜に項に口付けされ清川が変な声を上げる。いや、上げるなと云う方が無茶だ。目の前で笑う石浜が何時もと同じで、それには何だか内心安堵しつつ、あるわけ無ぇだろ!と首を押さえて清川が叫ぶ。

「練習中さー、髪上に括ってたじゃん?」

「…あ、暑いからな」

「項がもー、気になって気になって」

カラカラと今日の視線の訳を話す石浜に清川は呆気に取られ言葉も発せずパクパクと口を動かした。

「やっぱり、嫌だろ?」

口元は笑っているが、そう口にした石浜は諦めたみたいな様にも見えた。離れて行ってしまいそうな風にも見えて清川は思わず石浜の服の裾を掴む。

「…そ、そんな事無ぇけど」

片方の手は熱くなった首を押さえたまま、清川が答える。石浜が再び目を丸くするのがちょっと悪く無いかも、何て思う。

「そんな事言われると続きとか、するけど?」

「続っ…⁉……続っ…て、続…ッ⁈」

「キヨ…」

吃り過ぎで何言ってるかわかんないぞ、て石浜が苦笑する。

「そそそ、そんなの…急に、考えられ無い…って」

清川が困った表情で頬を赤くするのが、可愛いなと密かに思ったが内心に留めて石浜は口元を緩めた。

「それはまぁ、追い追いで。一先ず…宜しく、で良いの?」

「…そ、それは…良い」

コクリと頷く清川。

言ってみるもんだなぁ、と石浜は人生最大の奇跡じゃ無いかと密やかに感心するのだった。








おわり
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