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□第一歩を踏み出す
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毎年、夏の終わりにはみんなで花火大会へ行くことになっている。
「みんな」というは勿論テニス部の面々や六角予備軍の子供達のことで、いつ、誰が言い始めたのかはわからないけれど、俺達は必ず並んで花火を見る。かき氷やリンゴ飴なんかを食べながら。

「ねぇサエさん、僕の舌青くなってる?」

隣には剣太郎がいる。でもまだ幼さの残る彼には花よりナントカというやつで、散々かき氷を頬張った後に大きく口を開けた。

「ブルーハワイ?」

「そう!サエさんもどう?」

それはもう、飛びっきりの笑顔で。
花火にも負けないくらいにキラキラしているもんだから、思わず息をのむと剣太郎を挟んで右側にいる亮がクスクスと笑った。ああ恥ずかしい。

「俺はこれがあるから」

今が夜で良かったと思いながら右手にあるリンゴ飴を掲げてみせる。そういえばまだ一口しか食べていなかった。
剣太郎はそれを見ると、ふうんと一言返してまたかき氷を食べ始めた。



最初はただの可愛い後輩だった。
「六角予備軍」という言葉があるくらいだから、その中の一人であった彼を当然のように可愛がった。
それがいつから恋愛の対象として見るようになってしまったのか。
例えばバネさんとこんな話をしたことがある。

「あの子のことを考えると、なんだか胸が痛いんだ」

たまたま二人で一緒に帰った時のことだ。夕焼けのオレンジが青に変わる、一日の中で最も短く幻想的な時間。
俺は少しオーバーリアクション気味に、左胸の辺りを抑えながら言った。
そうでもしないと本当に心臓がどうにかなりそうだったから。

「どっかの漫画みてぇな台詞だな……。まあ、その気持ちはわからなくねぇけど」

「それってダビデのこと?」

「他に誰がいんだよ」

だから、とバネさんは続ける。
二人が付き合っていることは知っていた。でもそれは自分とは全く関係ないところで起きている出来事で、いまいち現実味がない。
それでも、実際に胸の痛みを感じているのだから言い訳がましく聞こえてしまうけれど。

「おまえが剣太郎を思う気持ちも同じだって俺は思うぜ。好きなら好きって、素直に認めちまえよ。その方が断然楽だ」

「経験論か……」

そう言って苦笑いをすると、バネさんも同じような笑い方をした。
彼が言いたいのは、結局、経緯などどうでもいいということだ。
一度好きになったのなら最後までその想いを貫けばいい。諦めにも似たそれはとても難しいことのように思えたけれど、今のところ俺はまだあの子を想い続けている。
いや、そうすることしかできなかったんだ。

「今夜、告白しようと思うんだけど」

花火大会の会場に来る前に俺はバネさんに言った。
けど、と言っても求めてるのは意見ではなく同意で、それに気付いたバネさんはスッと親指を立てた。



時間が経つのがやけに遅い気がする。
どうせならラストのいちばん大きい花火をバックに告白したいけど、あと何分何秒待てばいいのか。
やはりまだ一口しか食べていないリンゴ飴を見つめていると、不意に剣太郎がこちらを向いた。

「ねぇサエさん、僕の舌赤くなってる?」

「え……あ、イチゴも食べたのかい?お腹壊すよ」

「大丈夫だよ!」

どうやら剣太郎は、俺が物思いに耽っている間に二杯目のかき氷を平らげてしまったらしい。彼の後ろでは再び亮がクスクスと笑う。
途端に俺は剣太郎を抱きしめたい衝動にかられ――正確に言えば、抱きしめたのを見て亮は笑った。

「サエさん?」

腕の中には愛しいあの子。違う。順番が逆だ。
俺は慌てて言った。

「俺と剣太郎以外の人間はみんな死ねばいいのに」

そしてタイミング良く本日最後の花火が盛大に打ち上げられる。うん、なんて最高なシチュエーション!今なら何だって出来る。
ややあって少し離れたところに居るバネさんが

「そうじゃねぇだろ!」

と言っていたような気もするけど、まあ幻聴だろうと思い抱きしめる力を強めた。
願わくば来年の夏は君と二人で――俺の一世一代の告白に小さな悲鳴を上げたことも、いつか後悔するくらいに好きになってね。





110830

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