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□底なし沼
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どうしてこうなってしまったのか、よくわからない。
午後二時のカラオケボックスで、俺はひたすらに削除削除削除、携帯電話の中に入っているありとあらゆるデータを消している。
傍らにはここに来る前にドラッグストアで買った一瓶の風邪薬。
一曲歌ってはドリンクバーのジュースと共に十錠飲み干し、携帯電話を弄るのだ。
異常だろうか。でも、別に、そんなこと。
薬を飲み始めて数十分が経った。
歌う。飲む。消す。歌う。飲む。飲む。消す……途中から面倒くさくなって、一回に飲む薬の量を三十錠に増やした。おかげで瓶の中は底をつきかけている。
あと何錠飲めば死ねるのだろうか。そればかりを考えているのに、不思議なことに体調に殆ど変化はない。
だから俺は繰り返す。歌う。飲む。消す。歌う。飲む……先に携帯電話の中身が空っぽになった。
部活ばかりをやっていた所為か、流行歌には疎い方だと思う。
前に一度、俺がまだ正常だった頃にレギュラーメンバーでカラオケに来たことはあるが、あの頃はまだ楽しかった。楽しいのだと思い込んでいた。
「本当のおまえは」
そんな俺に真田は言う。どこかで聞いたことがあるような、陳腐な台詞を。
「本当のおまえはどこに在る、幸村」
「どうだっていいだろう」
知りたいのは俺の方だって、どうして気付いてくれないの?
瓶の中身がなくなった。どうやら人間の身体というものは思いの外頑丈に出来ているらしい。むかつくな。
俺は立ち上がった。
ふらり、ああ、立ち眩みがする。
早く家に帰りたい。ベッドで寝たい。泣きたい。
電車の中は地獄だった。座っているだけで意識が朦朧とする。でもここで吐くのは僅かに残っている理性が許さなかったので、ぎゅっと目を瞑って耐えた。
家に着いて部屋に入った瞬間に、ピピピッと無機質な音が響いた。そういえば初期設定はこんな音だったかもしれない。
「体の方は大丈夫か?」
真田からだ。彼にだけは早退することを伝えていた。
「だい」
大丈夫、と言おうとして吐いた。
ジュースで飲んだのが悪かったのかな。
メロンソーダの色をした胃液の中に溶けた薬が混ざっている。うわあ、気持ち悪い。
「幸村……」
「どうして」
「うん?」
「どうして、こうなってしまったんだろうね」
理由など探せばいくらでもあった。
ありすぎていて、ふと、死のうと思った。
しかしこの世は、俺にとって死にづらいようだ。
それから俺は一晩中吐き続けた。
吐き続けた結果、救急車に乗せられ病院に向かった。
今、俺は真っ白なベッドの上で大量の点滴を打っている。
二日間の絶食期間を終え、今晩には普通の食事――と言っても流動食に近いものらしい――を食べてもいいと医者が言っていた。
涙は出ない。あと何回これを繰り返せば俺は救われるのか、まあ、別に「どうでもいい」が。
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