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□手が出せない理由
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ゴホッ。喉から一つ咳が漏れ、マフラーを少し上へずらした。
風邪だろうか。思い当たる節は一つだけあった。
昨日の放課後のことだ。いつもより白熱した試合形式の練習。熱くなるのは好きではないが、多分、相手がいけなかった。
ネット際で対峙した刹那、男は言い放つ。
「すまんなぁ財前。俺も男やから、好きなヤツにだけは負けられへんのや」
「謙也さんうざいっすわぁ……」
口ではそう零しながらも、その一言で心拍数が上がってしまったのは内緒の話だ。
好きなヤツ。えぇ、そうっすよね。あんたは昨日、俺のことを好きやと云うた。
せやけど、先輩。俺も男やって忘れてません?
「おっ。財前気合い入っとるなあ」
試合は拮抗した。部長の白石がふと漏らした言葉に皆が一様に頷き、或る者は囃したて、また或る者は何を思ったか自分達のラブラブっぷりをアピールする。
恥ずかしいという気持ちは先制された時点で消え失せていた。
この男に勝ちたい。勝って、認めてもらいたい。
それが財前の原動力で、結果としてタイブレークに突入する。
試合の終わりを告げたのは勝利のコールではなく、顧問の練習終了の合図だった。
「財前また強くなったんちゃんかー?」
もう十二月だと言うのに、汗でユニフォームが肌にべったりと張り付く。
謙也に肩を抱かれて更に体温が上がった気がした。
「あんたが好きとか言うから……」
「照れとんの?」
「ちゃいますよ」
「まあ、これからやしな」
何がやねん……。財前は言いたかったが、それもまた自分と同じ気持ちであることに気付き、すんでのところで止めた。
謙也が笑う。幸せそうな顔しよって、むかつく、けど、そんな顔が好きで好きでたまらないんです。
***
「すぐに体拭かんかったからや」
学校に着くと、財前は真っ直ぐに謙也のいる教室に向かった。
ゴホッ。また咳出る。
それを見た謙也はやっぱりな、という表情で自分のマフラーを財前の首もとに巻いた。
「ちょ、絞め殺す気っすか。自分ので足りとるわ」
「アホ!酷なったらどないすねん。それに『彼氏』の言うことはちゃんと聞くもんやで?」
「それが恥ずかしい言うとんのや……」
顔が赤くなる。指先まで熱が通る。
でも、それを言うならここに来てしまった自分が悪かった。(そう、惚れてしまった自分が)
胸がきゅうんと音を立てて、痛い。痛い。バッと謙也の制服の裾を掴んだ。
「あかん。風邪治ってからや、な?」
レスポンスは含みのある厭らしい微笑み。
そんなん言われたら、ああもう、あかん、一生勝てる気せぇへんわ。
財前は俯き、ぎゅっとマフラーに顔をうずめた。
110714
《水玉模様の憂鬱》様提出。
関西弁が怪しいのはご愛嬌で……。素敵企画ありがとうございました。