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□俺の嫁(旦那)はおまえしかいないよ
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夢を見た。
父親に手を引かれ、真紅の絨毯の上を歩いて行く夢を。
それが夢だとわかったのは、自分達の行き先で待ち構えているのがタキシードに身を包んだ仁王だったからだろう。
その隣には年老いた神父も立っていて、酷く慈悲深い笑みを浮かべている。
だが、いちばん信じられないのは自分がウェディングドレスを着ていることだ。
「おめでとう、幸村」
振り返ると愛しいひと。
それに応えようとしたところで幸村は目を覚ました。
***
「ありえない」
幸村はむしゃむしゃとサンドイッチを頬張りながら言った。
「うわ!きたねぇッスよ部長!物食べながら喋らないで欲しいッス!」
「あ?」
「………」
「それはさておき、精市。何がありえないんだ?」
赤也の失言にすかさず柳のフォローが入る。
幸村は逡巡したが、この二人に話しても害は無いだろうと判断し夢の話をした。
教会での結婚式。愛しの君に見送られ、ペテン師の嫁にさせられそうになるというなんとも不快な夢だ。
相手もそうだが、幸村が最も『ありえない』と感じるのはやはり自分が受け側であることだった。
「受け……?」
まあ、赤也には害どころか意味すら通じてなかったようだが。
そんなお前もかわいいよ、と赤也の頭をくしゃりと撫でる。
その際に柳に凄い目で見られたのは多分気のせいだと思いたい。
その柳は、赤也と違いちゃんと意味が通じたようで首を傾げた。
「夢は欲望の現れだとも言うが……」
だとすれば確かに『ありえない』な。
幸村は大きく頷く。
「だろう?仁王は柳生の嫁であって、決して俺の旦那じゃあない」
「それはおまえの勝手な憶測だろう……」
「と、兎に角!俺が好きなのは――」
その時、タイミングが良いのか悪いのか仁王がこちらにやって来るのが見えた。
「あ!仁王先輩も一緒に飯どうッスかー?」
悪気がないとはわかりつつも、幸村が赤也を殴りたくなったのは言うまでもない。
仁王は勧められるがまま赤也と自分の間に腰をおろし、購買で買ったであろうメロンパンにかじりついた。
「ん?どうしたぜよ幸村。そんなに見つめてもこれはやらんぞ」
「ちがっ」
「ほう、そうか?」
あれっ、墓穴?
意味ありげな視線を受けて幸村は思ったが、いや、別に意識する必要なんてないじゃないか。
あの夢は願望なんかじゃない。
幸村はゆっくり呼吸した。
だが、何でもないと言う前に仁王が続ける。
「そういえば昨夜、奇妙な夢を見たぜよ」
「奇妙な夢?」
柳が聞き返すと赤也も興味を持ったのか身を乗り出した。
「いやなに、結婚式の夢でな。真田が袴を着てるまではわかるんじゃが、白無垢を着てたのが柳生でのう。意味わからんだろ?真田のやつ受けっ子の分際で」
「……それで?」
「花嫁奪取」
飄々と答える仁王。
自分もそうしたかったのだ!と『奇妙』な偶然に賛同する幸村は納得する。
目が覚めるタイミングだけが悪かったのだ。うん、そうに違いない。
「まあ、どっちにしろ……」
それが『願望の現れ』なら、奪略愛を好む二人は嫌な性癖だ。
柳が呆れてることに気付かない幸村の頭の中は、既に『愛しの君』のことでいっぱいなのであった。
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