short
□狂者の宴
2ページ/2ページ
「時間、延長しますよ」
セスはそう言うと、返事を待たずに素早く俺の唇を塞いだ。
「ねぇ、アラゴさん。僕はあなたのことを好きになってしまったみたいなんです。本当ですよ。そしてあなたも僕のことを好きになる」
「自信家なのか?」
「いいえ、事実です」
そうして女のような華奢な手で全身を弄られ、生理的な声を漏らした。
ジョーさんのもとで男娼として働くようになり、なかなか俺は良い具合に堕ちてきたと思う。
ユアンが死んだ後にしばらく手放せなかったあいつの制服も、ここ最近はクローゼットにしまったままだ。
だが、一つだけ問題なのは、思いのほか俺の精神力が強かったということ。
どんなに乱暴に抱かれても俺は泣かないし、泣こうとも思わない。
幸いユアンにそっくりなこの顔は絶え間なく客を惹きつけてくれるが、どうも俺は、寂しくてどうしようもない人間に好かれてしまう質らしいのだ。
奴らは心に空いてしまった穴をセックスで埋めようとする。
そんな事をしても意味が無いのに。
或いはそれに気付いている上で、欲に溺れようとする。
多分、セスもその一人なんだろう。
コイツはプライドが高い分泣いて縋ったりはしないが、強がって見せる笑みは逆に痛々しい。
例えば全てに勝ち誇った笑みで、
「僕はあなたのこと、好きになってしまったんですよ」
なんて言われてしまっては、傷ついた顔をして悲しい娼婦を演じたくなってしまう。
***
結局、セスから解放されたのは明け方近くになった頃だった。
こんなに長時間働かされては当然体も怠いし腹も空く。
だが、やはり、あの目がいけない。
俺を庇って死んだユアンのように、いつの間にかぽっと消えてしまうような気がして。
「どうだ、アラゴ。あの子は元気だったかい?」
金を受け取る為に事務所へ行くと、朝早いのにも関わらずジョーさんは煙草をふかしていた。
なあ、俺にはわかるよ。
あんたも寂しい男なんだろ?
「何も変わりはねぇよ。相変わらずふてぶてしいっつうか。ていうかあいつ、タチの方が似合ってんじゃねーの。ここまで歩いてくんのがやっとだぜ」
「ほう。それはなかなかに興味深い意見だね」
「はっ……」
思わず鼻を鳴らす。
そもそも、喜んでネコになる男などどこに居るというのか。
だからこそ男娼には価値がある。
誰にも相手にされない男に俺は抱かれる。
全くもって良く出来た仕組みだ。
「これ、今日の分ね」
差し出された茶封筒はいつもの倍近く膨らんでいた。
俺はそれを素早く内ポケットに仕舞い、代わりにライターを取り出す。
今日の分の金はどこに寄付しようか。
俺もあいつのように通帳に入れてやりたいが、死んだ人間の名義は使えない。
「ユアンは」
カチッという安っぽいライターの音が響く。
煙草は、いつか客が寝てる間に失敬したものだ。
「あいつはやっぱり、馬鹿な男だよ。俺なんかの為に死ぬ必要なんてなかったのに。こんな事をしてるから頭がおかしくなっちまったんだ」
「君が言えたことかな、アラゴ?」
「だからだよ。多分俺も、そのうちおかしくなる。……いや、なってもらわねぇと困るんだ」
やれやれとジョーさんが肩をすくめた。
『ユアンは君のことが好きだったんだよ』
『僕はあなたのことを好きになってしまったみたいなんです』
不意に記憶の声が重なり、俺は一筋の涙を流す。
目の前の男に抱かれる日も、そう遠くない気がした。
狂者の宴
(さて。この俺は、正常だと言えるのだろうか?)
110629
何これみんな別人過ぎる←