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□それでもあなたがいいんです
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今日から教室の冷房が使えるようになった。
ヒートアイランドの中心地に住む人間にとってこれほど有り難いことはない。
尤も普通教室以外の特別棟やカフェテリアなどは既に冷房がガンガンに点いているが、毎時間涼しい環境で過ごせるとなると話は別だ。

だが、それでもまだ今年の暑さは堪えるのだろう。
下敷きを扇いでいる女子を横目に、俺は去年の夏、跡部さんに告白された時のことを思い返していた。
いや、あれを告白と呼ぶのなら、俺の知っているそれはプロポーズと同等の意味を持つと思う。


「俺のこと好きなんだろ?」

自信満々の表情でそう言う跡部さんを、俺は凝視することしか出来なかった。
一体この人は何を言っているのか。
その自信は何処から来るのか。

「だが、それ以上に俺はおまえのことが好きだ」

「はあ…そうですか」

「あーん?もっと喜べよ。これ以上ない光栄じゃねぇか」

俺は返事を濁したが、結果としてそれは何の意味も持たなかった。
何をどう訳したらそうなったのか、次の日から俺は跡部さんの彼女になっていたのだ。
同じ部の先輩である忍足さんに「やっと両思いやな」と祝福された日には本気でシメてやろうかと思った。


「俺はあんたのことなんか、好きでも何でもないですよ。むしろ嫌いだ」

と、面と向かって伝えたのは関東大会が始まる少し前のこと。
跡部さんは一言「そうか」と返すと、次の日からは露骨に俺を避けるようになった。
これまた忍足さんに「倦怠期やな」と言われたので、こっそりスペアの眼鏡を割ったことは内緒の話だが。

しかし人間の、なんと単純なことか。
今まで散々言い寄られてきた所為か、それが全くなくなると余計に気になってしまうのだ。
気付いたら俺は跡部さんを目で追っていた。
それが末期になると、視界に入っていなくとも彼のことを考えるようになる。

嵌められた、と言えばそれまでなんだろう。
長い夏が終わり、二学期になるとすぐに今度は自ら告白した。

「やっぱりな。俺の言った通りじゃねぇの」

満足げに笑う跡部さん。
それに対し何か言う前に、何十年もそうしてきたかのような大人のキスで唇を奪われた。




「日吉、ご飯食べに行こう」

彼ではない誰かの声で俺は目を覚ました。
どうやら午前中いっぱい寝てしまったらしい。
冷房を点け、換気をしなくなった教室は色々な弁当の匂いが充満している。
顔を上げると、そこにいたのはチームメイトの鳳だった。

「寝てたの?顔に跡付いてる」

「ああ、すっかりな。夢まで見てた」

「へぇ。どんな夢?」

鳳はにこにこと好奇心丸出しの顔で訊いてくる。
別に隠すことでもないので俺は正直に答えた。
すると今度は酷く甘ったるい声で一言。

「日吉って本当に跡部さんが好きなんだね」




晴れて両思いになるまでは色々と大変だったが、俺にとっての災難は付き合い始めてからが本番だった。
まず第一として、跡部さんはモテる。それも桁違いに。
俺は知らなかったのだが、彼の恋人になった人間は例外なく虐めの対象になるのだと言う。
その辺はまだ良いのだ。
俺は男だから、理不尽な言い掛かりを付けてくるヤツがいてもどうってことないし、必要があれば返り討ちすることも出来る。

問題なのは同じ男から妬まれてしまった時。
嫉妬に狂った男は女よりも陰湿だ。
とりわけ、跡部さんとの仲をいちばん応援していた忍足さんに呼び出された時は、愕然とした。




カフェテリアは適度に混んでいる。
鳳が注文している間に席を探していると、窓際の席から俺を呼ぶ跡部さんの姿が目に入った。

「メール見てねぇのか?ここに居るって言ったろ」

「すみません。気付きませんでした」

嘘だ。

「鳳も来ますんで」

跡部さんの表情が僅かに曇る。

俺は、この一年間嫌というほど跡部さんのことを考えてきた。
結論から言えば、好きだ。
好きで好きでどうしようもなくて、彼が思うよりずっと依存している。

だが、それは裏を返せばとても危うい状態にいるといこと。
近頃、跡部さんよりも鳳との用事を優先しているのはその所為だ。
卑怯だとは思う。
が、俺が苦しんでいる分だけ同じように苦しんで、余裕なんかなくなってしまえばいい。


「おまえは俺のこと好きだよな?」

ただいま、という鳳の声を遮って跡部さんは言った。

「好きだから、こんなにつらいんですよ」

喧騒の中、何故か空調の音が聞こえる。
俺はこの先もずっと彼に苦しめられるのだろう。
誰に非があるとか、そんなんじゃなくて、強いて言えば美し過ぎるあなたが悪い。






110712
《跡日幸せ日常計画》様提出。
これ…ハッピーエンドになっているだろうか?←
その辺がちょっと不安ですが、素敵企画ありがとうございました。


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